若き案内人 その2

 ジョウリ市ってとこは、直線距離にして、ここの隣村の、隣の市とほぼ同じ。

 だが道路は山を迂回する感じだからかなり遠い、と思う。

 わざわざそんな遠い所に連れ出された。

 シアンの戴冠式んときは、用意されたのは竜車だったか?

 外観もだが、ありゃあ内装も見事なもんで、乗り心地も抜群だった。

 今にして思えば、だ。


「でっ! ……いてぇ……。ケツがいてぇ……。いてっ」

「ははっ! アラタ、大体馬車ってのはこんなもんだぜ? これが普通だぃっ! いてっ!」

「高速で移動できる乗り物にっ! てて……。乗れるだけで……もっ!」


 反動がひどい。

 ゴム製品ってのはないのか?

 シアンの時の乗り心地の良さは、車軸にクッションがあったのかな。

 いや、馬車にも乗ったことがあったような……。

 でも高速ってのはなかったな。

 だからいくらクッションがよくても、車体全体が悪路で跳ね上がりゃ何の効果もない。

 歴戦の勇士と言えども、痛いものは痛いらしい。

 我慢できるできないは別として。

 まぁむちうちになるほどではないが……。


「こんなのに一時間も耐えられねっ! いてっ」

「大雑把な計算っ! だっ! てて。三十分以上はかかるが、一時間あったらお釣りがくるっ! いて」


 車内には、俺とシュルツと、メイスと呼ばれた若い冒険者の三人だけかと思ったら、シュルツはパーティを組んで活動していた。

 冒険者での職業は、シュルツは剣士。もしくは拳士。

 メイスはメイスもしくはこん棒使い。

 他のメンバーは三人で、おにぎりの店でも何度か見た顔だ。

 魔術師のラージ。盾使いのイルド。業師のラッツ。

 業師って職業は、一般的に存在してない。

 そいつ本人が名乗ってた。

 戦闘になれば遠距離攻撃担当。通常時なら罠を見つけたり解除したり、索敵担当だったりするらしい。

 でシュルツはってえと、弟子入りを志願してきたメイスを引き連れているうちに、この三人のパーティから雇われて一時的に加入。

 メイスはそれまでは冒険者見習いの扱いだったが、この五人でのミッションでは、新人とはいえ初めて一人前の戦力と見なされたということだな。

 車中で、その三人とシュルツはそんな話をしてくれたが、俺を強引に誘ったメイスは、なぜか歯を食いしばったような、力がこもった顔をしてる。


「にっ、しても、だ」

「アラタ、どう、した?」


 言いたいことがあるのだが、言葉が上手く繋がらない。


「お、俺を誘っといてっ、そいつ、ずっとだんまりでっ。祝勝会、なら、もっと近場でもっ。うおうっ!」


 馬車が急減速。


「どうやら町の中に入ったらしいな。で、その件なんだが、こいつきってのお願いをされてな」

「こいつの?」


 つか、理由があるならこいつに言わせりゃいいのに。


「いっちょ前に、人気急上昇中の踊り子を見たいっつってな」


 ませてやがる。

 待て。

 冒険者業をしてるっつっても、そんな店に入れるかどうかは別の話じゃないのか?


「メイスっつったか? お前、年はいくつだよ?」

「十九です」

「酒場で酒を飲めるギリギリの年齢に到達できたって訳だ」


 飲酒喫煙は二十歳以上じゃねぇのか。

 まぁ俺が心配するこっちゃねぇか。


「踊り子っつってもいくつか種類がある。が、大雑把に言えば、店の専属、つまり店の従業員かそれともそうでないかってことだな」

「ほう?」


 社会の仕組みの一端が垣間見えるか?


「専属じゃない踊り子は、全国を回って歩く。全国引っ張りだこの人気ぶりだから、どこに行っても客がいる。というか、そんな踊り子が店に客を連れてくる、あるいは寄ってくるってこったな」


 ふーん。

 けどちょっとおかしい。

 全国で有名になるほどってば、噂が噂を呼ぶくらいの魅力がなきゃなれないんじゃないか?


「冒険者の情報誌に、そんなランキングも載ってるからな」

「あれを励みにしたり、仕事の打ち上げで楽しみにする連中も多いしよ」


 飲み会でコンパニオンを呼ぶとか何とかって感じかな。

 ……そんなイベントがあっても、俺には何の関係もなかったけどな。


「ま、メイスも色気づいたってことかねぇ」

「そ、そんなんじゃないっす……」


 何だこいつ?

 俺にもどうしても来てほしいっつっといて、間違いなくこの新人は落ち込んでいる。

 それに、周りにお願いして、全国を回る踊り子を見に行きたいっつったんだろ?

 ひょっとしてシュルツ達が新人に、俺を誘うように唆した……ってのはねぇか。

 そうする意味がねぇ。

 シュルツの方が一番の顔なじみ。

 普通に飲みに誘うなら、シュルツが誘う方が自然だ。

 そもそも、俺はこのメイスとやらは見た記憶がない。

 会った記憶はあるかもしれん。

 が、だとしたら、間違いなく行商時代。

 となれば……。


「そーいえば、この新人はいつ弟子入りしたんだ?」

「ん? あぁ。エイジとかビッツとかいたろ? あいつらが俺の手を離れてから間もなくだな。どのみち、アラタがまだ行商してた頃だったか? だけどよ……こいつを連れてアラタんとこに行った記憶はねぇな。……と、着いたぜ。ここだ」


 お、おぅ。

 ……結局、俺は何でここに連れ出されたんだ?

 腰落ち着けてからこの新人に聞くのが早ぇか。

 って……なんか思い詰めてるような感情が出てきたな、こいつ。

 一体何なんだ。

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