奴らは寝苦しい夜にやってくる 暑い夜が続く限り、奴らの襲来は止まらない

 そして翌朝の飯の時間。

 みんなで揃ってご飯を食べる。

 一日の始まりの時間でもあるからして、ミーティングも欠かさないんだが、まぁ一日の中での回数が少なくなった語らいの時間帯。

 ……はっきり言えば、雑談の時間というべきかね。


「久々に、夜中に彼の羽音聞かされてなぁ」

「へー。あたしはあんまりきにしないけどねー」


 羽根、羽毛でコーティングされてるテンちゃんには、確かに皮膚まで潜り込むにはかなり苦労しそうだよな。あんなちっぽけな体だし。

 皮膚に到着できたとしても、刺して体液を吸えるかどうか。

 人の血液なら吸うだろうが、蚊の栄養になるかどうかも不明だしな。


「あたしは、近寄ったら電撃で必殺よね」


 コーティなら……オーバーキルどころか、部屋……店を壊しちまうんじゃねぇの?


「私もあまり聞いたことがありません。マッキーは?」

「あたしも。ヨウミは気にしそうよね。アラタと同じ人間だし」

「あたしは時々うなされるよ? 耳元で、近寄ったり遠ざかったりするあの羽音、うっとおしいもん。けど、ここしばらくは聞いたことないなー」


 血液型によって、近寄ってきやすいとか何とかって話は聞いたことがあるが……どうなんだろうな。


「でえ、どやってその蚊とやらを退治したんだぃや? 話だけ聞いてりゃ、やたら厄介な相手そうだってなあ分かるんがな?」

「水の魔球でな。あぁ、二個使った。蚊を溺死させるためと、羽根に水分吸わせて重くするためにな」

「へえぇ。水分吸うと、羽根が重くなるの? 初めて聞いた」


 そりゃテンちゃんの羽根は、確かに水分吸いそうだ。

 だがそれで飛べなくなるとはとても思えん。


「テンちゃんって、飛べなくなることあるの?」

「そりゃ羽根のとこ怪我したら飛べなくなるよ? あと凍っても飛べなくなるねー」

「寒くなったらかじかんで飛べなくなることは?」

「分かんない。寒いとこ好きじゃないし、飛べなくなるほど寒いとこには行きたくないし」


 こいつを布団代わりにして寝てたこともあったしな。

 それ程温かい奴が冷える場所って相当寒いとこだぞ?

 北極とか南極とか。

 こっちの世界にあるかどうかは分からんが。


「サミーはどうなんだろうね。凍ったら飛べないだろうけど」

「羽ばたきっポイのはあんまり見ないよね。ひれの先だけちょこちょこ動かしてるのは見るけど」

「凍っても飛べるの? サミー」


 サミーは体をひねる。

 というか、体の先端をひねってる。

 というか、顔の付近。

 首がないから、首をひねってるつもりなんだろうな。

 両腕はピクリとも動かないから、本人にも分かんないってことなんだろ。

 寒冷地に行ったことがないから、それもそうだよな。


「デ、ソノカトヤラヲコロシタッテハナシダッタナ。タイグンダッタノカ?」


 蚊の大群がいたら、俺の方が逃げ出すわ。

 気味悪いったらねぇよ。


「三匹だった。一匹なら意地でも叩き潰すとこだったが、薄暗がりでもそんなことをするのが難しい相手が三匹だからな」

「三匹い? たったあ、三匹なのかあ?」

「ん? あぁ、そうだが、どうかしたか?」


 モーナーばかりじゃなく、みんなから、何やら冷たい視線が。

 物理的に冷たい視線だったら、暑い季節なら心地よかろうが……。

 でもそんな目で見られる覚えはねぇぞ?


「たった、三匹で、ねぇ……」

「オコシテクレレバ、タイジシテアゲラレタノニ」


 何だよ。

 俺が何かしたってのか?


「アラタ……気付いてないの?」

「何がよ、ヨウミ」

「水の魔球二個。一個は正規品、一個は廉価版だったはずよ?」


 そうだっけ?

 よく覚えてねぇけど……。


「それが?」

「正規品、五万円くらいじゃなかった? 廉価版は一万円だったはず」

「……え?」


 あ……。


「正規品の価格は覚えてないけど、一万じゃ買えないってのは知ってるよ? 百万、五十万はしないはずだったから十万。もっともシアン達が作った物だから、価値だけを考えれば百を越えてもおかしくないけどね。蚊を三匹退治するのに、六万以上」


 う……。


「一晩我慢して殺虫剤買いに行ったら、千円あったらお釣りくるよね。そんな費用を、まさか六桁超えるかもしれない金額の……。まぁ、いいけどさ」

「私達は、お給料に響かなければ特に問題、ありませんから……」

「カモ、マホウトカツカッタノカナ? ヤコウセイハソッチホウメンデキケンダカラネ」


 蚊が魔法を使うなんて聞いたことねぇし。

 つか……何で、俺……。


「……補充は必須よね? アラタ自身のためにも」


 わーってるよ、マッキー……。


「そういうの、なんて言うか知ってるよ。贅沢って言うんだよねっ」


 いや、もう……。

 テンちゃん、黙っててくんないかな。


「さ、みんな、今日もしっかり働きましょうねー」


 そんな冷たい言い方は、それはそれで堪えるんだが……。

 ……それにしても、だ。

 気配を察知できても位置まで把握させない蚊が、俺にとって一番の天敵かもしれん。

 被害総額五万円以上……どうしてこうなった……。

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