王宮異変 その3

「……み……みんな……連れて……行かれちゃっ……た……?」


 兵の壁越しに、彼らの身長を軽く越えるほどどでかいガラス張りっぽい箱が行き来してるのが見えた。

 おそらくあの中にンーゴを入れたんだろう。

 みんな、それぞれ一人ずつ檻に入れられたんだろう。

 俺らを囲った兵達と、大体同じくらいの人数が、いくつかの集団に別れて移動していったのも分かったからな。


「ど……どう……しよう……」


 ヨウミは泣きそうな声を出してる。

 予想外のアクシデントには弱そうだな。


「……あいつらと出会う前の状態に戻っただけだ」


 俺は、自分でも驚くほど冷静だった。

 何も考えられない分、迷いとか戸惑いはないから、だな。


「な……み、みんな、アラタを慕ってきたんだよ? そんな言い方ってないでしょ!」


 ヨウミの言うことはもっともだ。

 だがな。


「……あいつらは……俺らと一緒に長く生活してきた。生活していく上で、どんなことが必要なのかを十分に学んだはずだ」

「まさか……このままみんなのことを突き放すっての?! そんなこと……」

「寿命」

「え?」

「俺らは今後、七十年くらい生きる。が、あいつらはどうなんだろうな。百年は軽く生きていけるんじゃないか? 俺なしでも生活していけなきゃ困る」


 生きてる者は必ず死ぬ。

 俺がいなくなった後の世界には、俺が再びやってくることは有り得ない。

 俺とヨウミの二人と一緒に生活をし続ける、俺らよりも寿命が長い種族。

 俺らと親しくなるのは問題ではない。

 ただ、そこに俺らに甘える姿勢があっては困る。

 甘えを許せるとしたら、俺のおにぎりによる魔力などの回復くらいだ。

 ま、それが甘えのどの段階の位置かって定義は……こうと決めてねぇけどな。

 つか、決められるもんじゃねぇんだが。


「アラタ……あんた……そんなつもりでいたの?! みんな、あんたの事仲間だって言ってたし、あんただって」

「もちろん、お別れの時期は今じゃねぇとは思ってる」

「?!」

「大体そんなのは、俺の自分勝手な感情だ。それより……大事なことがある」

「仲間は大事でしょう?! それより大事な事って……」


 大事な事なんだよ。


 この世界……この国に無理やり拉致されて、詫びを入れるかと思いきや、いきなり右も左も分からない場所に放り投げだされ、何とか今を生き抜こうと思ったら今度はいきなり手配書をあちこちに貼られ、俺は居場所を失いかけた。

 物理的に苦しい思いをあいつらからさせられたことはほとんどなかった。

 そういう意味では、社会人時代の頃よりはましだ。

 だがあの頃以上に、俺は俺の人生を諦め、自暴自棄になった。

 無意味、無価値な存在と見なされた。

 だがそんな俺に頭を下げ、非礼を詫びた者がいる。

 そして、俺にそんな扱いをした者へ罰を与えた。

 俺にしてみりゃ、そいつは理不尽な扱いを詫び、償い、俺の価値を正当に評価したってことだ。

 そいつは今逆に、おそらくはあの大臣から理不尽な扱いを受けている。

 ただ、今はそいつには、俺を不当な扱いをした者へ罰を与えた行為が、正当ではないと評されている。

 そいつがこの国にとって善の者か悪の者かは、俺には分からん。

 だが、悪だろうが何だろうが、俺には真っ当な扱いをしてくれたそいつのどこにも非は見当たらない。

 ならば今の俺がやることはただ一つ。

 その、俺がこれからとるつもりの行動の途中であいつらの救出ができるのであれば、もちろんあいつらを拾っていく。

 できるかできないかは問題じゃない。

 するか、しないか。

 気にすべきことは、それだけた。


 そして、あの大臣がここに来る前から、それは既に決めていた。


「……ヨウミ。これからする予定の話をするぞ」


 ※※※※※ ※※※※※


 翌朝。

 眠いんだか眠くないんだかよく分からん。

 ヨウミにこれからの予定を説明した後、すぐにでも動きたいために眠る努力をしたんだが……。

 眠れんかった。

 ヨウミに説明をした後、ここに初めて来てからの大臣の一連の言動を振り返った。

 それではらわたが煮えかえる思いが次第に強くなっちまったせいだ。


「みんなも、シアンも助けるって気持ちは分かったけど、でも移動手段とかどうするの? お店……は休店するしかないから事情を」


 それがネックだ。

 移動手段は……。

 思い返せば、この村に来るまでの移動手段のほとんどが徒歩。

 行商しながらだから、当然長い期間、年月がかかっている。

 今度は逆に、首都に向かって一直線。

 けど、一瞬で着くはずがない。

 どんな道のりなのか。

 どれくらいの期間が必要か。

 この村にたどり着くまで自分の足で来たはずなのに、こんな時に役に立てる記憶がない。

 それに国軍がシアンの拘束に拘わってるなら、争いごとになったら間違いなく圧倒される。

 頼みの綱は魔球のみ。

 王宮内部の情報もない。

 かと言って情報が揃うまでここから動かないでいると、最悪な状況が変わることも目に見えている。

 とにかくここから動くことが第一だ。

 休店の理由なんて、それに比べたらどうでもいい問題だ。

 とにかく、山積みになってる問題のレベルが、壁なんてもんじゃない。


「ごめんください。アラタさん、いらっしゃいますかー? リブリー商会所属の行商の者なんですがー」


 はあ?!

 朝七時だぞ?

 普段だって、こんな早い時間から開店してねえぞ!

 ましてや、行商人に用どころか面会の予定だってねぇわ!


「ヨウミ、出ろ! 俺は今、客と商談できる心境じゃねぇわ!」

「う、うん。分かった。……あの……すいません、今日は……」


 まったく、こんな時に限って邪魔する奴が現れる。

 それはともかく。

 竜車、だったか?

 なるべく高速で移動できる交通手段を捕まえて、何とかするしか……。


「アラタ! お客さん!」


 ちっ!

 ヨウミも何浮き足立ってんだ!


「いいから早く!」


 いや。

 何か好材料でもやってきたか?

 ヨウミは慌てた口調だが、内心喜んでるようにも見える。

 一体誰が……。


「こんな朝早くから……って、お前ら……」

「アラタ! お前も大変だったようだな!」

「俺らは荒事には慣れてるが……。アラタもヨウミも無事で何よりだ!」


 そこにいたのは武装の武の字もない商人の格好をしたシアンの親衛隊、クリットとインカーだった。

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