行商人とのコンタクト その10

 テンちゃんとライムは些か不機嫌。

 早く中に入りたかったのに、俺が紅丸と話し込んでたから、だろうな。

 サミーは相変わらず俺の背中に張り付いたまま。

 すまんすまん、と軽く謝りながら入り口に到着。

 あれだけいた人混みは、ほぼ全員が船の中。

 意外と容量が大きいのか、その人混みの熱気は外までは感じないのは……当たり前か?


「しかし……ここも……っつーか、ここの方が、魔物連れは多いんだな」

「観察なんかしてないで、早く行こうってば!」


 テンちゃんに袖を噛みつかれて引っ張られる。

 見てて実に綺麗な白い歯が並ぶ。

 歯磨き、どうしてんだろ?


「ハヤク、ハヤク」


 ……まさか歯の汚れもライムが落としてくれてるのか?

 万能だな、スライム。

 で……、この入り口は何だ?

 ウェルカムゲートとでもいうんだっけ?

 アーチ状の板の下を通り抜けるようになってるんだが、板……というか、枠?

 箱状のアーチだな。

 カラフルな色合いに華やかな飾り文字。

 風船とかでデコレーションもしてる。


「何か、ピンポーンって鳴ったねっ」

「タノシソウ!」

「だが……三回……。警備員はいるが、特にこっちを睨むでもなし……」


 魔物に反応するのか?

 入場者なら四回鳴るだろうから。


「ほらほら、最初どこ行く?」

「飯食いに行くか?」

「……ヨウミと一緒に来ればよかった……」


 何でだよ。


 ※※※※※ ※※※※※


 作業員の中には見なかったが、店内では人間ばかりじゃなく、亜人、妖精、魔獣、さらには幽体らしい物まで店員として働いてた。

 その割合は、若干人間が多そうだったが、ほぼ均等って感じだ。

 だがスライムの姿はなかったな。

 天馬はいた。

 召喚された魔獣らしく、灰色の天馬のテンちゃんにも他の客と同様普通に会話をしてた。

 同属から異端視されていても、召喚された同属にはその理由や経緯は分からないしそんな事実も知らない。

 つまりどんな相手でも、分け隔てなく接客できるってことか?

 まぁそのおかげで、テンちゃんは楽しい時間を過ごせていたようだった。

 しかしライムは時々不機嫌そうになる。

 ときどき見知らぬ客から、背中に張り付いたり肩に乗っかったりするサミーがちやほやされた。

 まったく。

 お前はもう、可愛いと言われる時期は過ぎたってことだろ?

 大人になれよ。


「あれ? アラタさん? それとテンちゃんとライムちゃんだ」

「あっ、ここで会うとは思いませんでした。こんにちはー」


 不意に声をかけられた。

 あの元新人で、今では中堅の域に足を踏み入れようとしている冒険者の……そうそう、エージとシームだったな。


「あ、エージ君とシームちゃんだー」

「コンニチハー」

「お前らも来てたのか。休みか?」

「はい。楽しみながら体を鍛えられるってんで、体を動かしてみようかと」

「ようやく、こういうところに来れるくらいには余裕ができたんですよ」


 それだけ成長できたってことだ。

 いい話じゃないか。


「ところでほかの二人は?」

「別の所に行ってるんじゃないですか? なんせ休日ですからね」

「いつも四人一緒って訳じゃないんだ。しかも男女二人一組ずつか」

「え、えぇ……」

「まぁ、うん」


 ま、それ以上は突くまい。

 そこまで親しいつもりもないしな。


「ところでお前らは……ペットとかいないのか」

「はい?」

「何です急に」

「いや、魔物もここで楽しめるらしいんだと。だからお前らも連れてきてないのかなと」

「そこまで余裕ありませんよ!」

「こういうところに来れるようになったのは、つい最近ですから。それまでは私達自身の生活の維持で手いっぱいだったんですよ?」


 それもそうか。

 目を思いっきり見開いて否定するほど、それまでは切羽詰まってたか。

 暮らしに余裕が出てきたのはいいことだと思うぞ?


「しかし、防具とか武器をすべて外した姿も、新鮮ってば新鮮だな。全く気付かなかった」

「こっちは何か、心細く感じますね。はは」

「それだけ、防具頼りな生活をしてたってわけよね」

「己の強さは意外と高まってない、ということが言えるなぁ」


 こんな大勢の人がいる。

 気配を察知する能力は、その範囲や精度は高まってるが、意識しないとそれを感じ取れないことがまだあるんだな。

 こんな人混みの中に身を置く経験は……確か、したことがなかったはずだ。

 しかし、意識せずにいろんな気配が、俺の意識の中に一気に押し寄せるのは、想像するだけで悪寒が……。

 まぁ普段はそんな能力のオンオフの切り替えはできるわけだから気にしなくてもいいと思うが……。


「じゃ、そろそろ俺達移動します」

「アラタさん達もごゆっくりー」

「おう。気をつけてなー」



 深く付き合う気はない。

 が、紅丸じゃなく、彼の事業、いわゆる店は、やはり生活には事欠かない存在ってことだ。

 深く付き合う気はなくとも、自ずと店も生活の一部になりつつある、という感じか。

 気になる、と感じるのは俺が神経質すぎるせいか?


「ねぇアラタ」

「んぁ?」

「休みは今日を入れて三日でしょ?」

「あぁ。そうだな」

「ここにも宿泊施設あるんだって。三階から上って言ってた」

「予約しないと泊まれないだろ」

「アキベヤ、アルッテサ」


 至れり尽くせりだな。

 日帰り三回すればいいかなと思ってたが。


「泊まりたーい」

「トマリターイ」

「……空き部屋があればな。どこで頼めばいいんだ?」

「えーと、いんほえー……分かんないっ」

「ワカンナイッ」


 お前らなぁ……。

 こういう場合は大概インフォ……。

 インフォメーションって言いたかったのな。

 ……そうか。テンちゃん、頑張ったな。

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