行商人とのコンタクト その11

『助けて』


 ん……。


『誰か……』


 んん……うるせぇな……。


『助けて……』

「うるせぇっ! ……って……ん? がっ!」


 息が……できないっ!

 一体……何が……!

 何だこの虹色の世界はっ!


 ……忘れてた!。

 一泊したんだっけ。

 テンちゃんと……ライムと……サミーと……。

 一緒に泊まれる部屋を予約して……。

 で……みんな、サミーもそれぞれベッドで眠って……。


「ラ……イム……ゴボッ」


 ラ、ライムの奴……。

 寝ぼけて俺のベッドに移動して、俺の頭にかぶさってやがるっ!


「ぶはあっ! ライムーっ! 寝ぼけすぎだーーーっ!」


 ライムには目がない。

 いや、物理的に目がないということで、俺がライムのことを好きという表現じゃない。

 まだ目が覚めないのか、それでも俺の声に反応してくれた。

 ぽよぽよと体を揺らした後、隣のベッドにズルズルと移動した。

 まったく……。

「俺じゃなくてサミーに覆いかぶさってたら、今頃サミー、死んでたぞっ!」

 今後はこういうことはないと思うが、これからは別室にすべきだな。

 なんせ床に広いスペースはない。

 だからテンちゃんのお腹に俺達を寝せる、いつもの態勢をとることができなかった。

 寝るまでテンちゃんは散々駄々こねてたが、テンちゃんの要求に応えられる部屋がなかったんだからしょうがない。

 それにしてもテンちゃんが寝ているベッドは、よくこいつの体重に耐えられるな。

 注文してみようかな。

 でもこんなでかいベッドを置いておける部屋がない。

 モーナーに相談してみようか。

 さて……あれ?

 時間はまだ五時前か。

 いくらなんでも早すぎる。

 二度寝しよ。


 ※※※※※ ※※※※※


「今日遊んだら、もう帰ろ?」


 朝ご飯の後のテンちゃんの一言目。

 生気がなさそうな目。

 希望通りのお休みができなかったから、だな。


「マダアシタ、イチニチアルノニ、ショウガナイナー、テンチャンハ」


 ライム、お前もな。

 それにしてもライムのものの言い方は、随分滑らかになってきた。

 サミーも体は少しずつ大きくなってるし、成長してるんだなあ。

 だがテンちゃんは……ちょっと残念な子かもしれん。


「まぁ留守番のみんなが仕事やってるかどうかの心配もあるし、昼飯食ったら帰るか」

「ミンナニ、オミヤゲー」


 気も利くようになったな。

 サミーはというと……。

 俺の方や頭の上、テンちゃんの背中、時々ライムの体を貫通して走り回ってる。

 無邪気なもんだ。


 ※※※※※ ※※※※※


「アラタはあんまり遊ばなかったね」

「こっちは普通の人間だ。お前らについて行けるか体力お化けがっ」


 駆けっこだってサミーに負ける。

 それに、俺が今更体を鍛えたって、魔物の襲撃から誰かを守れるくらいに体力がつくわけじゃない。

 逆に、疲れがすぐに抜けず、仕事に障りが出そうなもんだ。


「オバケッテ、ナーニ?」

「あぁ? お化けっていうのは……まぁモンスターみたいなもんか」

「モンスター……マモノ?」

「まぁそうだな」

「ライムタチ、マモノダヨ?」


 ……そりゃそうなんだけどな?

 ライムまで上げ足取るようになってきたな。

 勘弁しろよ。

 誰の影響だよ。

 ヨウミだな?

 ヨウミだ、うん。


「お土産買ったし、お昼食べたし、サミーは置いてけぼりにしてないし、あとは帰るだけ?」

「お前にとっちゃ寝床がすべてか? つっても、ライムと同室も勘弁だな。一緒に寝て安心できるのはサミーだけか」

「エー? ドウシテー?」


 サミーが背中から肩に伝って、体を俺の方に押し付けてスリスリしてくる。

 モフモフ感が気持ちいい。

 ライムは今朝のことは覚えてないらしい。

 やれやれな奴が増えたな。

 さて……と?


「……ちと声、かけてくるか」

「知り合いでもいたの?」

「エージタチ?」

「いんや」


 そいつは昨日と同じく、船尾の方にいる。

 そして同じ仕事をしているっぽい。

 関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板が立てかけられてるが、柵とかは見当たらない。


「紅丸?」

「っしょっ。オッケー! あーげろーぃ。ん? おぉ、アラタさんやないですか。あれ? ひょっとして船にお泊りで?」

「こいつらにはちょっとアレだが、いい船室あてがってもらって有り難かったよ」

「そうでしたかー。いや、アラタさんだから特別にってことはしませんで。ちゅーことは、船室全て褒めてもろたっちゅーことで、ありがとうございますー」


 紅丸の顔は汗と埃か何かで汚れてる。

 真面目に働いている者の顔。

 しかも裏方で。

 そんな男がニカッと笑う。

 見てて気分は悪くない。


「ところでその箱だが」

「はい?」

「釣りあげてるのは……あの船か?」


 上空の高い位置で滞空している船が一隻。

 本当に船だ。

 飛行船じゃなく。


「あのまま待機なのか? 燃費が高くなりそうな気がするな」

「燃費? よー分かりませんが、まず着陸できる場所がのうて」


 言われてみればそうだ。


「それに、離着陸するたびに力が必要ですんでな。滞空の方が、操縦者には楽なんだそうで」

「へぇ。……で、あの船が貨物船ってわけか」

「そそ。あの船が本船とそこの往復をして、物資の行き来させてるんですわ。この荷物、ここからばかりじゃありませんでな。一々往復する船と、この船と一緒に移動する船の二種類おりましてな。あの船は今月いっぱいあそこで滞空してるんですわ」


 なげぇな。

 どっからそんな力があるのやら。

 それも魔力の効果ってやつか?


「……当然無事故で」

「はいな。創業以来、っちゅー話聞いてます。もっともわぁしが生まれる前のことは伝聞でしか分かりませんでな、ハハハ。ま、それもわが社自慢の一つっちゅーことですな」


 そりゃ自慢にしていいと思うぞ?


「あんまり長居したら、昨日みたいに怒られてしまうな。今月いっぱいっつってたな。ということは……こいつらもあと二回くらい遊びに来れるかもな」

「わぁしはずっとここにいるわけにはいかんでして、そん時ゃいないかもしれませんが、大歓迎ですわ。またのお越しを」

「あぁ、じゃあな」


 取締役っつーから、豪華な椅子にふんぞり返ってるのかと思いきや。

 従業員と一緒に汗を流して汚れながら、同じ仕事をする。

 しかも人間ばかりじゃない。

 力仕事に適した魔物達と一緒に動いてる。

 見てて気持ちのいい風景だが、俺には真似できん。

 魔物達がタフすぎるから、あいつらと同じ苦を受けたら、俺はあっという間にリタイアだ。

 見習うべきことが意外と多そう……え?


「アラタ、今日はもうお話し終わりなの? 早かったね」

「……今、何か聞こえなかったか?」

「イロンナヒトノ、イロンナカイワ」

「いや、そうじゃなく」


 確かに聞こえた。

 空耳……なわけがない。

 一瞬何かの異様な気配も感じた。

 その声は確かに言ってた。


「そこにいる誰か、助けて」


 と。

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