ある日森の中卵に出会った その1

 体調がようやく戻った。

 店も、新たに仲間が一人加わって、通常営業に戻った。

 が、客が減った。

 まぁ仕方がない。

 いくら初級冒険者に適したダンジョンといっても、中堅冒険者だって手こずるような魔物が突然出てくるんじゃ、初級は誰も怖くて近寄ることもできない。

 ましてやこの村は日本大王国の端っこ。

 ブランド物の食材を仕入れる行商人以外に、ここに来たがる職種の人はいない。

 あぁ、この国の皇太子がいたか。

 まぁそれは例外として。

 客……はっきり言うと、経験を積もうと来訪する初級冒険者の人数が減った。

 彼ら以上の腕を持つ冒険者達は目もくれない。

 来訪者の減少も一時的なものだろう。

 しかし客足が戻るまで時間や期間も必要だ。

 ダンジョン案内役の一人であるモーナーは、ダンジョンに入る冒険者がいない日もダンジョンに一人潜る。

 さらに深く掘り進めたいという本人の希望。

 掘っていくうちに、持ち帰ることができる価値ある鉱物の量が増える。

 その活動だけでも、初級に限るが冒険者達のいい経験になる。

 だが挑戦者は今のところゼロ。


「テンちゃんはあ、マッキーの手伝いしたらどおだあ?」


 こないだのゴーレム三体くらいなら、周りに誰もいなければ、かえって気兼ねなくその剛腕を振るえるんだそうだ。

 確かに自分の攻撃の巻き沿いを気にしなくていいもんな。

 マッキーの仕事はというと、普段とそんなに変わらない。

 屋外の方が逃げ道はたくさんあるから、ということらしいな。

 初級冒険者の申し込みは多くもなく少なくもなく。

 もっとも、冒険者達が誰も来ない日も多くなった。

 仕方がないと言えば仕方がない。

 だが、しばらく誰も来ないということは分かっていたことが幸いした。

 なぜそれを前もって分かるかというと、ドーセンの宿の予約状況。

 向こうも向こうで閑古鳥が鳴いていた。

 こっちのダンジョンを当てにし過ぎていたってことだよな。

 それはともかく。


「みんなー。ちょっと問題が起こってるんだけどー」


 店に飛び込んできたのはマッキーだった。

 屋外で、ダンジョンのようなイレギュラーが起きないように、初級冒険者達が活動しそうなところをいつも巡回していたんだそうだ。

 そこで見つけた異変を報せに来た、というわけだ。

 店には、ダンジョンで作業中のモーナーと、マッキーと同行していたテンちゃん以外全員揃っている。


「問題? テンちゃんはどうした」

「テンちゃん、その場所を確保してる。そこに来てほしいんだけど」


 俺は店の責任者でもあるが、みんなのリーダーっていう自覚も一応ある。

 マッキーの様子を見ても、危機的状況ってことじゃないのは分かった。

 一応店番のために誰かを残して、俺は行かなきゃならないだろう。

 ヨウミに店を任せて、ここでのいろいろなことを覚えてもらう必要があるクリマーも残ってもらって、仕事の一区切りをつけたライムはついて来てもらおう。

 マッキーを先頭にフィールドに入っていく。

 が、意外にもさらに奥深く森の中に入る。


「おい。こんなに奥まで入るのか?」

「おそらく何かの魔物の行動範囲内」

「おい」

「何かの拍子に、冒険者達の行動範囲に入り込まれちゃ困るから、一応警戒してるの。何の異変もなければ、こっちにまで来ることはないから。でも……」


 こっちにまで来るかもしれない異変を見つけた、というわけだ。

 今なら何かが起きても、テンちゃんにマッキー、ライムがいる。

 何とかなるだろう。

 と思っていた。

 が、どうにもならなかった。


「テンちゃん、連れて来たよ」

「あ、アラタ。これ、これなんだけど……どうする?」

「これ? あ? これ……岩? にしてはカラフル……」

「タマゴ! タマゴ!」


 ……ライムは確かに卵と言っている。

 確かに形状は、鶏の卵の巨大化した物と見えなくはない。

 大きさは、ライムの半分くらいか?

 ライムはあれ以来大きくなっていない。

 幅は俺の肩幅と同じくらい。

 高さは俺の膝のあたりまでのでかい水滴みたいな形状。

 で、その卵の外側はオレンジと黄色、そしてそのグラディエーションとでも言うんだろうか。

 うん、カラフルとしか言いようがない。

 まぁ虹色のライムには負けるな。

 で、だ。

 生き物がいる気配はある。

 ということは、鶏卵に例えると、有精卵だよな。

 温めないと孵らない。

 でも……何の魔物だ?

 いや、その前に。


「……卵って……ここで生みつけられるのか?」

「ないない。ここでは初めて見た」

「初めて? どこかから転がって……来るわけがないか」


 森の中だしな。

 転がるなら斜面からじゃないと。

 大分距離はあるし数えきれないほどの木々が生い茂っている。


「どこかの木の枝に巣があって……」

「なかったよ」


 テンちゃんが調べたらしい。

 飛べないほど狭い空間へは、マッキーがよじ登って調べに行ったんだと。


「何の魔物か、どこから来たか。これが問題だな」

「どこから来たか、は想像つくよ」

「ほう?」

「この卵を食べるために、何かの魔物がどこかの巣から攫ってきたんだ。何かが起きて卵を落とした。それしか考えられないね」


 というか、そんな場面を何度も見てきたんだと。

 流石森の中ではマッキーは頼りになる。

 けど卵を落とした?


「どこから落としたんだ?」

「木のてっぺんより上。上空だと思うよ?」

「……落下速度を考えても……十分割れる力が加わらないか? 見た目、ひび一つ入ってない」


 タマゴに触ってみたいとは思うが、何かの被害に遭うのも怖い。


「殻が丈夫な卵って……あれしか考えられないよね」

「うん……考えたくはないけど」


 二人は何かを知ってるらしい。

 聞かなきゃならないことだろうが、その表情を見ると聞きたくない。

 というか、耳を塞ぎたい。

 なんだよ、その苦虫を潰したような顔は。


「生まれてくる雛、そして大人もそれなりに丈夫なんだよね」

「モーナーとは比べ物にならないほど」

「幸い魔物の気配は……ないでしょ? アラタ」

「ん? あぁ、でなきゃ、何も考えずマッキーについて来れるわけないからな。……あれ?」

「うん、そうなの。餌として咥えた魔物が落とした。おそらく親の襲撃を受けたんだろうけど……」

「見つけられなかった? それともまだ探してる? いや、探してる様子も感じられないな……」

「でも、卵がここにあると知ったら……」


 おいバカ止めろ。

 卵泥棒は俺達って勘違い……。


「中に雛の気配がある。見つけたら連れ戻しに来るかもしれない、モーナーを超える力を持つ魔物……」

「追いかけて来れる距離に巣があるってことよね」


 いや、それって……かなりまずくねぇか?


「知らないふり……するわけにもいかないよな……。せめてどんな魔物の卵かが分かれば……ってお前ら知ってそうだな?」

「細かい種族は分かんないけど……多分……ドラゴンかな」

「あたしもそう思う」


 テンちゃんの意見にマッキーが一致。

 ドラゴン、と名付けられた小さい魔獣とかなら……。


「空は飛ぶよね」

「盗んだ魔物の姿もないってことは……仕留められたのかもね。それくらい大きいと思うよ?」


 安心できる情報が一つもないっ!

 どうすんだよこれ!

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