幕間:お前ら、深刻って言葉、知ってるか? あ、知らねぇの? じゃあしょうがない

「アラタ、一人メンバーが増えたわけだけど」


 ドーセンが兼業してる酒場でクリマーの歓迎会をしている最中、突然現れたこの国の皇太子。

 顔を見せたのはこれで二度目。

 滅多に会えない種類の人物に会えてしかもその肩書を鼻にかけることがないことから、みんなはそいつをまるでぬいぐるみ扱い。

 本人は喜んでいるようだが、もう少し手荒に扱ってもいいと思うんだがな。

 で、その熱がやや冷めたような感じでヨウミが近づいてきた。


「あぁ。増えたな。で?」

「クリマーさんには何やらせるの?」

「え?」


 何やらせる……って。

 仕事の手伝いだろ?

 他に何がある?


「ドッペルゲンガー自体よく知られてないし、見聞の資料なんてほとんど伝説級よ? しかも見た目も、モーナーは例外としても、マッキーよりも私の方に近いよ? 魔物と相対する、なんて感じが全くしないし」


 それは俺も気になっていた。

 肌の色以外は一般人とほとんど変わらない。

 だから……


「おにぎり作りか事務担当を予定していたが」

「それなんだけどさあ、今、固定してるじゃない?」

「固定?」

「うん。役割、決まってるじゃない? そのまま続けたら派閥とかできちゃうんじゃないかって心配してたりするんだけど……」


 確かにそうだ。

 飲み物の加工はライムにしかできない。

 魔物に襲われた時には鉄壁の防御ができる。

 しかしモーナーも耐久力は高いし、テンちゃんもそれなりにある。

 だが飲み物の扱いはこの二人には無理だ。

 モーナーは動きは鈍いから、魔物が現れた時に攻撃の指示を出しづらい。

 しかしライムとは違って、細かい正確な指示を聞き入れることができる。

 ライムは俺の感情を察してくれることがあるが、他の者とは非常時のコミュニケーションは難しい。

 テンちゃんはといえば、唯一飛行可能。

 マッキーは、視野が狭く悪い森林などでの高速移動が可能。

 地形なんかの調査や、最近のそっち方面の事情にも詳しい。


「……みんな特徴ありすぎるんだよなぁ」

「あの様子を見れば、そんな感じはしないけどね」


 新しく入ったクリマーは別としても、だ。

 遠慮がちに輪の外側にへばりついるクリマーはともかく、馬鹿王子を中心としたあいつらが和気あいあいとしている。

 そこに俺とヨウミが加わると……。

 加わると……。

 あれ?


「……俺はどうなる?」

「え?」

「あの馬鹿王子と母親が、この世界の風習とかの改善に成功したら……」

「うん」


 クリマーは普通に職探しして、弟と一緒に仕事を見つけることができるだろう。

 テンちゃんやライムは、それこそ人を楽しませることができるじゃないか。

 人を乗せて空を飛んだり、ライムは自分の体を玩具にして、子供達と遊ぶことだってできる。

 マッキーも自由気ままに生活がしやすくなるに違いない。

 モーナーなんか、力仕事に大いに役に立つだろうし。


「俺、いらなくね?」

「はい?」


 突然俺の脳内で湧いて出てた俺不要論。

 卑下するわけじゃないんだがな。

 俺の意志としては、まずこの世界で生きていくことにした。

 好き放題に扱われても、こんな風に生き続けている。

 それに、それでもここは俺の世界よりもはるかにましな世界だ。

 そしてこいつらは、互いに助け合いながら毎日を過ごしている。

 俺より生命力があり、おそらく俺より寿命が長い。


「だってあいつらに比べたら、人間って貧弱っぽいだろ? 魔物に襲われたら、足引っ張ることも違いないぜ? やっつけるチャンスが来たと思ったら、俺らが危ない。せっかくのチャンスを不意にしちまうだろ」


 俺らだけならまだましかもしれん。

 こないだのように、そしてその前のように魔物が急に湧いて出た時に、近くに一般人がいたら彼らを守りつつ魔物を退ける必要がある。

 そこに俺達がいたら、それこそ……。


「仲間になりたいって言ってたじゃない」

「ん?」

「テンちゃんもライムも、泣いてまで仲間になりたいって言ってたじゃない。マッキーもそうだし、モーナーも。クリマーはそんなことは言ってないけど、明らかに態度は変わったでしょ? 皇太子様なんか、オーケー言われてないのにすっかり仲間面してるし」


 何をもってして仲間になりたがってるのか、俺にはさっぱり理解できん。

 物好き、としか言いようがないな。

 もっとも集まってくる連中が全員珍しい種族なら、俺の方が物好きと思われかねないだろうけどな。


「けど現実は、売上度外視すれば俺一人でも十分だし、未熟な冒険者の付き添いは逆に俺は不要だろ?」

「何でそうなるのよ。そりゃ今までつらいことがたくさんあって、しかもそれを周りにぐちぐち言わずに頑張ってきたのはずっと見てきてるから分かるし、すごいと思うよ。でも、その辛い思いをさせた環境はもうなくなったでしょう? いつまでそんなこと言ってんの!」


 仲間になりたい。

 そう言われるたびに、何か嫌悪感を感じていた。

 俺を叱責するヨウミの気持ちも理解できる。納得もできる。

 けど、「今までのつらい経験」ってのは、この世界に来る前からあったんだよ。

 この世界で経験したつらいことは、みんなから慰めてもらったよ。

 けどそれは別の話だ。

 仲間って言われて喜んだのはほんの一瞬だった。

 けどな。

 俺がすべきじゃない仕事を押し付けてきた奴らの口から出る言葉じゃないだろう?

 みんなで飲み会やって、割り勘の額を減らしたいから無理やり参加させて、酒を飲んだら飲み会終わった後で仕事に戻れないだろうってんで飲ませない。

 料理を口にしようとしたときも、眠くなったら飲み会終わった後の仕事がつらくなるだろうってんでほとんど食べさせてもらえなかった。

 それを俺への気配りだの親切だのと言い張る。

 解散した後は、押し付けた仕事の続きをさせるために会社に戻し、自分らは自宅に戻る。

 そんなことを強制する俺を仲間だと言い張る。


「頼りになる」


 ミスしたら怒鳴るだけ。

 ミスがなかったらただその仕事を引き取るだけ。

 自分が楽したいだけなんだろう?


「いい奴だ」


 自分らにとって都合のいい奴ってことなんだろう?


「好きだよ」


 俺の財布の中身の話かな?

 どれもこれも、俺を人として見ずに出てきた言葉だ。

 そんな風に見られて、仲間なんて言われたくないし、誰かをそんな風に見たくもない。

 けれどもその言葉を聞くと、これからはそんな意思よりも先にその記憶が出てきそうだ。

 個人的な感情を、親しくしてくれる連中にぶつけるのは八つ当たり以外の何者でもない。

 だってその記憶は、こいつらには知ったこっちゃない無縁のことだから。

 けれども……。

 いや、違う。

 問題の根本はそんな浅いところにはない。

 だってヨウミとの話は、俺は不要なのではないかって話だったんだから。

 ということは……。


「それに大体、あの子達がアラタを仲間外れにするなんてあり得ないでしょうに。いつまでもぐじぐじ言ってるアラタをこの世に放り出したら、世界中の人達のはた迷惑になるっての」


 おいこら。

 人を病原菌扱いみたいに言うんじゃねぇよ。


「とにかく、アラタもまだそんなに食べてないんだから、お腹いっぱいにして、さっさと体の調子戻しなさい!」

「うおっ!」

「キャッ! な、何だ、アラタかぁ。何? あたしのお腹が恋しいの?」

「す、すまん……って、なんだその赤ちゃん返り連想させるような発言は! なんで天馬から人間が生まれるんだっつーの」

「言ってないし。まだ子供だし」

「え? テンちゃんさんって、子供なんですか?」

「さんはいらないよー、クリマー。うん、まだ子供だよ?」

「……アラタさんの、子供?」

「なんでそうなる!」


 新しく入ったメンバーも、ちょっと変な奴でしたとさっ!

 ったく。

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