ある日森の中卵に出会った その2

 一応村の区域内……だと思う。

 そこに魔物の卵が一個あった。

 村の人は誰もそこに立ち入るつもりはない。

 が、その卵を産んだ魔物が探しに来た際、村に何らかの被害があっても困る。

 しかし卵を返してやろうとしても、その際に他種族が接触したら子育てを嫌う種族ならどうする?


「二人はこの卵、触ったか?」

「まさか」

「何が起きるか分からないからね……」


 ライムも俺も触っていない。

 今のところ問題はないはずだ。

 しかし……。


「この卵、何の卵か分かるなら、はっきり言え」


 さっきこの二人は言葉を濁した。

 その口ぶりから相当ヤバそうな予感がするんだが、現実逃避をしてる場合じゃない。


「言わなきゃ分かんねえし、分かんなきゃ対策の取りようがない」

「ドラゴン……かなって思うんだけど」

「こんな色は見たことないけど、割れてないってのが、ね」

「ライムモ、オモウッ」


 ライムに自我意識が出てきたのには驚きだが、竜……。

 どうすんべ?


「でも……こんな色合いの卵、見たことないし……」

「断定できないよね」


 一体どうしろと。

 誰か詳しい人、いないか?

 馬鹿王子なら知ってるかもしれんが、やつを呼び出して公務に遅れが出るようなことがあったらまずい。

 それに権力者相手に借りは作らない方がいい。

 何で返させられるか分からない。

 待てよ?

 ここで突然卵から魔物が誕生していきなり暴れられたら……!

 のんびり悩んでる場合じゃねぇ!


「一刻を争う事態、じゃねぇのか? これ!」

「え?」

「どゆこと?」

「ナニソレ」


 こいつらは俺の思考について来れねぇか。

 どうする?

 誰に聞く?

 経験豊富な冒険者なら分かるだろう。

 とくれば……隣村には結構数がいたな。

 だがいつも同じ顔触れがいるとは限らない。

 俺を知らない奴しかいなけりゃ、こんなん、眉唾物としか聞いちゃくれない。

 となれば……あ……。

 いた!

 しかも地元の事なら分かってそうな!


「テンちゃん! 宿屋に連れてってくれ!」

「え? 退避するの?」


 何を素っ頓狂な事言ってんだ。


「ドーセン! おやっさんのとこに行くんだよ!」

「な、なんだか分かんないけど、分かった」

「ちょっと、あたしとライムは?」

「ナニスレバイイ?」

「卵見張ってろ。触んなよ? ただし異常が起きたら、確認する必要なしっ。即刻退避! 洞窟に避難!」

「う、うん。なんだか分かんないけど、分かった」

「ワカッタ!」


 うん。

 今は分からなくてもいい。

 とにかく今は、危険と思われる状況を解消しなきゃだ!


 ※※※※※ ※※※※※


「おやっさん! いるか!」


 宿屋の扉を開けるなり、俺は中に呼びかけた。

 こっちは緊張感にどっぷり浸かってるってのに……。


「そりゃあ皮肉か? しばらくこっちゃ仕事はねぇよ。いるに決まってんだろ」


 何を暢気な……。

 人の気も知らないで!


「おやっさんに聞きたいことがある! 森の中に卵が一個ありました! 何やらカラフルな卵だ。何の卵だ?」

「何だよ藪から棒に。卵お? んじゃ森から卵か」

「上手くも何ともねぇよ! 魔物の卵だと思うんだが、あそこで卵が孵ったら村が危なくなるんじゃねぇか?!」

「……色と大きさは?」

「大きさっつーか体積はライムの半分くらい。色はオレンジと黄色の」

「あー……、それ、多分釣りだわ」

「釣り?」


 魚?

 つか、どういうことだ?

 って言うか、おやっさんには危機感ってもんがねぇのか!


「種族は竜。多分ギョリュウだな」

「ギョリュウ?」

「あぁ。魚の竜って書く。成長したらどうなるかは分からん。だが雛に狂暴性はゼロ。つか珍しいもん見つけたな」

「落ち着いてる場合かよ! 親が卵を」

「探しに来ねぇよ」


 探さない?

 自分が産んだ卵を?


「いつからそこにあった?」

「見つけたのは今日だけど……いつからあったかは分かんない」


 マッキーとテンちゃんが見つけたんだからテンちゃんは分かるだろうが、いつからってのは流石に分かんねぇだろうな。


「ふーむ……。まずその卵がどうなったとしても、その件で村に危機が訪れるってことはない。……この話すると、お前らが怒りそうだからなるべく話ししたくはねぇんだが」

「怒らない。って言うか、聞くだけで怒るってどんな話だよ」


 って、俺達のことどう思ってんだよ、おやっさんは!


「……村はずれ、といっても森の中に留まることなんだがな。村の居住区にまでは届かない話なんだが」

「前提はいいから」

「いいから落ち着きな。この世界の国境線は、魔物、とくにヘビー級っつーか超重量級っつーか、そんな魔物の集団の生息地域に沿って引かれる。それだけ足を踏み入れれば危険な区域だ」


 おやっさんが真面目な顔になった。

 本当に、この村には危険は来ないってことでいい……のか?


「だから国境線とはいいながら、線と呼ぶにはあまりに幅が広い。しかも住んでる魔物は、具体的に言うと、まず竜が中心になる。集団で生息してるから、食いもんが魔性の物も含めた動植物なら相当な量だしな。無論魔物同士で食物連鎖もある。いわゆる弱肉強食だ」


 俺の世界に比べてファンタジー要素が本当に強い。

 そんなファンタジーな世界でも、実に現実的な話もあるんだな……。


「竜が卵を産むときは、一度に五つか六つくらい産むんだが、ある種の竜は一つだけ目立つ色になる。お前さんらが見つけたような、な」


 カラフルってことか。


「なぜ目立つのか。いや、わざと目立たせている。そんな体質になった、としか言いようがない。自然の神秘だ」

「神秘はいいから」

「落ち着きなって。白とか黒とか、森の中では緑以上に意外と目立たないそんな色の中に、目立つ色が一個あるとどうなるか」


 知らねぇよ。


「卵を狙う魔物もいるんだ。真っ先に標的になるんだな」

「え……。わざと獲らせる?」

「そう。獲りに来た魔物が自分らのエサになると分かりゃ、そいつを狙う」


 何という生活の知恵。

 次の世代の子となる卵を犠牲にして……。

 いや、でも他の卵を守ることができる。

 しかも労せずに。

 親の寿命が削られたら、子育ての最中に死ぬ、なんてこともあり得るしな。


「卵泥棒を餌として捕獲したら、卵のある巣へと持ち帰る。狙われては困る卵がある。しかしもう獲らせる卵はない。別の魔物が狙いに来たら、守らなきゃならない本命を守らなきゃならない」


 ややこしい物言いだな。

 それで?


「ところがその巣に別の魔物の死体がある。知性が高い魔物は逃げる。親は無駄な戦いを避けることができる」

「知性が低い奴は?」

「一直線に襲ってくる。そんな馬鹿正直な魔物をぶっ倒すなんて訳のないことだな」


 カウンター一閃、か。


「ちらっと聞いた話だけで判断するのもどうかと思うが、親は卵泥棒を捕獲した。だから卵は放置した。捕獲できず、そいつが卵を落として逃げ帰ったら、親はその卵を拾って帰る。でなきゃ本命の卵を守れない」


 なるほど。

 おやっさんが俺に、話を聞いて怒るなって言った理由が分かった。

 親が卵を見捨てる前提の卵を産んだってことだ。

 しかもその卵の中に子供がいる。

 だが待てよ?


「その卵を返しに行ったらどうなる?」

「え?」

「ちょっ! 魔物がひしめく森、山の中に、さらに入り込むわけ? 流石のあたしだって無理だよそんなの!」


 自然の営みに反することかもしれんが……。

 テンちゃん達みたいにコミュニケーションがとれたら……。


「……魚竜はほとんど気性は穏やかだ。が育った環境によって性格に違いは出る。まぁそれは竜に限らんか」


 何だよ。

 何かの当てつけか?


「言葉や思いが通じりゃ卵を返しに行ってもいいだろうが、途中で出くわす魔物も超重量級。しかも話が通じなけりゃ一巻の終わりだ。そうまでして返しに行く価値はあるのか?」

「だが、卵の中には雛がいる。俺達じゃ孵化させられねぇだろ。それに気配を感じ取る力を使えば、余計なトラブルを回避することはできるかもしんねぇし」

「付き合わされる方はハラハラしっぱなしなんですけどー」


 それは否定できない。

 かと言って、生まれるかもしれない命に、そのチャンスを与えてあげたいとは思う。


「……魚竜は二種類。エイに似た姿とイカっぽい姿。どちらも狂暴な性格って話は聞いたことがない。こちらから攻撃しない限りな、多分」

「おい最後。聞き捨てならねぇぞ?」

「しょうがないだろ。そこらにいる種族じゃねぇんだ。俺だって遠目で一回くらいしか見たこたぇねえよ。お前らに話したことも、人から聞いた話だしな」

「人伝かよ!」


 とりあえず、卵の親の来襲の恐れはない。

 あとは、卵から生まれた魔物が野良にならなきゃいいが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る