ここも日本大王国(仮) その4

「ドーセンさん、お昼ご飯注文いいですかぁ?」


 まぁ昼時だからな。

 腹ごしらえしてからモーナーのダンジョンに行く。

 まぁ普通の手順だ。

 四人は注文を終えて料理が出てくるまでの待っている時間、俺の方に近寄ってくる。

 暇つぶしにはちょうどいい相手ってことなんだろうな。


「すっかりここの人って感じですね」


 まだ一週間も経ってないような気がするんだが?

 つーか、お前ら、ここに戻ってくるのが早すぎないか?

 まぁ生活費とか稼がなきゃならんだろうから、手っ取り早く金を手に入れるにはここが最適なんだろうが……。


「まだ足が地についてない感じだな。つか、おにぎりを売った相手、ようやく十人程度だぞ?」

「えー? そんなことはないでしょう?」


 多分、移動しているのと一か所に留まっているのでは、時間経過の感覚が違うんだろう。

 そっちの感覚を押し付けられても困るんだがな。


 ※


 昼飯の時間が終わり、俺の後で昼飯を食べに行ったヨウミは戻ってきたが、その四人と一緒だった。

 おにぎりの店……まぁ、俺の店というか、洞窟というか。

 四人はこのあとモーナーのガイドなしに、モーナーのダンジョンに行くということで、おにぎりを買いに来た。

 彼らはいくらか成長したようだ。

 魔物が落とすアイテムをそのまま手に入れられるメリットがある、とか何とか言ってたな。

 それなりに技量がなければ、ガイドなしの探索は無理だろう。

 子供が成長する様子を見れるのは、何となく和む。

 危険度が低い場所だから尚更だ。

 そして今日の探索が終わってドーセンの宿に戻る途中、こっちにも立ち寄った。

 モーナーとマッキー、そして五人の新人冒険者と一緒だった。


「なんか、初々しさを感じる」

「それだけ私達も成長したってことよねー」


 自分でそれを言うか。

 本当にそうなら、他のところで仕事見つけられるはずだろうに。

 それにしても、随分仲良くなったものだ。

 初対面だよな?

 この四人の面倒見がいいということなんだろうか。

 それにマッキーも、人間社会に馴染みづらそうな感じだったが、随分と人間の良識とかを身につけてきたようだ。

 まぁ冒険者達に付き添ってばかりじゃないからな。

 ときどきドーセンに面倒くさそうな顔をされるが、よく付き合ってもらってるよ。

 何と言うか、行商の毎日だった頃は、こんなに気持ちが穏やかになってたときはあったっけか?

 いい場所を紹介してもらったな。

 あの時は確か、この村の名前までは教わってなかったはずだ。

 この場所を教えてくれた冒険者の名前も覚えてない。

 本当に、袖がすり合う程度の繋がりでここまで来れたんだな。

 それから何日かが過ぎた。

 あの四人は相変わらずここに居座っている。

 が、冒険者達は入れ代わり立ち代わりが続いた。

 こっちは彼らのような仕事をしたことはないのだが、なぜか相談されたり、悩み事を打ち明けられるようにまでなってしまった。

 冒険者を客にしている店っていうと、武器屋とか防具屋とかしか思い浮かばないんだが、その店の人もそんな話を聞かされたりしているのだろうか?

 まぁでも、行商していた毎日よりは悪くない日々を送っている。

 だが、すっかり忘れていたこの感覚。

 ずっと穏やかな日々を過ごすことができるはずなんてなかった。

 なぜ忘れていたのか。

 まさに平和ボケにかかってしまっていた。

 それは、マッキーが店の留守番をしていた昼飯時だった。


「……なのよー。でもさぁ、マッキーが一緒になってくれてホントに助かってるの。あの時はマッキーがひどいこと言ってごめんね、ドーセンさん」

「あん時ゃ確かに不愉快だったがよ。今じゃ笑い話……いや、ネタにもならねぇくれぇ些細な話だよ、なぁ、アラタ。……アラタ? どうした?」

「ん? アラタ? どしたの? ……ちょっと。顔、青いよ? どうしたの?」


 行商をしてた頃は、その場から立ち去れば何の問題もなかった。

 魔物の行動範囲外に移動すれば、何の問題もなかった。

 だが、この場から去るわけにはいかない。

 モーナーと何人かの冒険者達がダンジョンの中に入っている。

 荷車を牽いて避難するわけにはいかない。

 その気配を感じたことは何度もあった。

 だが、感じ続けたことは一度もなかった。

 これほど怖い思いをすることになるなどとは夢にも思わなかった。


「……ギリギリ、間に合うか?」

「何が?」

「……もしも、全くトラブルが起きないでダンジョンから出られるのなら、いくらかは時間はもつはずだ」

「いきなり何の話?」


 言いたくはない。

 だがそれは、言わなければ知らないまま時間をやり過ごせる、という錯覚だ。

 現実を認めたくないという現実逃避の行動の一つだ。

 実際にそれは現実に起こる。

 今まで外したことのない、気配の察知能力だ。


「……魔物が、くる」


 ヨウミの生唾を飲む音が聞こえた。


「……どこに? どこかから来るの? それとも……」

「多分モーナーが掘った地下から」

「モーナーのダンジョンから?! い、いつ?!」

「……遅くても……明日には、すでに」


 そう。

 明日の朝にはすでに、魔物が湧いて出る。

 村や町の中に泉現象が起きるなんて思いもしなかった。

 けどそれは、俺が好き好んでそんな場所に足を運ぶことがなかったから。

 それは言い訳させてくれ。

 だが、気配を感知してから実際に魔物が出現するまで、最短でも二日くらいはあったはずだ。

 早ければ今日中に魔物が出現する。

 そこまで切羽詰まった状況には、なったことはなかったはずだ。


「どうして今まで気付かなかった……ご、ごめん。アラタのせいじゃないよね」


 いや。

 気付かなかった俺が悪い。

 完全に気が抜けていた。

 そんなことがあるはずがない。

 いや、その現象はもうないものと思っていた。

 思い込んでいた。

 そして、普通なら自警団や、その地域に住みついている冒険者達もいる。

 ここにはそんな者達はいない。

 もっと早く気付けていたら、力業でも使って近隣の村や町に呼びかけることもできたはず。


「お、おい、どうしたんだ、二人とも。何やら深刻な顔してよぉ」

「……すまない。俺がもっと気を引き締めていたら、こんなことには……」

「アラタ、何の話をしている? 何かが起きるのか?」


 魔物が湧き出る現象が起きる。

 俺はドーセンにそう伝えた。

 ドーセンは俺の言うことを理解すると、両腕全体から力が抜け落ちたようにだらんと下げた。


「ま、まさか、魔物の泉現象……ってやつか? 嘘だろ?」


 こんな田舎でも、この国中にそんな現象が起きていることは知られているらしい。

 だが俺が予想とは違う反応だった。


「お、起きねえことはねぇと思ってはいたが……。そ、それは絶対に起きるってんだな? 何で分かるんだ?」

「米の仕分けしてやったろ? 元々はそういう気配を感じ取る……その、特技みたいなもんだ。その応用だったんだよ。だから」

「魔物の気配を知る力を使って、米の選別をしてたってことか……。分かった。俺がみんなに報せてくる。で、今ダンジョンにいる連中には報せられるのか?」


 それが、最悪な状況だ。

 報せる手段がない。


「い、いや。まったく、手はない。……あいつらが大事をとって逃げてくりゃまだ救いはあるが……」

「とにかく、やれることはやろう。ほいじゃちょっくら行ってくら」


 ドーセンは外に出ていった。

 村人のことは彼に任せればいい。

 しかし……。


「やはり、凡愚だったな」


 俺が今できる事は、自分に悪態をつくことだけだった。

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