こだわりがない毎日のその先 その3

 良くも悪くも、タイミングが重なるというのはこちらの世界でもよくある話らしい。

 サキワ村に向かって荷車を牽く旅の三日目。

 雨が降ってきた。

 適当な洞窟を見つけ、雨宿り。

 これだけならよくある話。

 そこで、魔物が湧く気配を感知した。

 その位置は進行方向の五キロほど先。

 天気が晴れならすぐにでも店を開いてもいい場所だ。


 ただ今までとちょっと様子が違っている。

 商売や作業に差し障りがある事態じゃないから深刻ではないのだが。


「ねぇ、アラタ」

「何だよ」


 俺は、いつ雨がやんでもすぐに商売を始められるように、入念に準備をしている最中だ。

 雨具を身に着け、ススキからたわわに実っている米を選別している最中。

 空模様を見れば、雨はもうじき上がる。

 そしてその頃には魔物も湧いて出るだろう。

 それらを倒す冒険者達に、十分行き渡るくらいには、具入りのおにぎりを量産できてると思う。

 ヨウミにはできない仕事だ。

 だから、テンちゃん、ライムと一緒に洞窟にいる。

 だが、二体の魔物は洞窟の奥で体を休めている。

 が、休むほどの重労働はしていない。

 ここまで一緒に歩いていただけなのだが……。

 ヨウミは洞窟の入り口で、俺に話しかけてきた。


「最近二人の様子、おかしくない?」


 本当は、二体というのが正しい表現なんだろうが、正直言えば俺も随分情が移ってしまった。

 ヨウミの言い方には何の違和感も感じない。


「ん? あぁ……。具合が悪けりゃ悪いって申告すりゃ問題ない話なんだがな」

「話かければ会話するけど、そっちから話しかけてくることなくなったもんね」

「まぁ俺は気にしないが」

「あたしが話しなきゃ、誰も会話が始まらない集団ってどうかと思うけど?」


 こんな感じである。

 夜は相変わらず、テンちゃんは枕に誘い、ライムが真っ先に腹の中に埋もれる。

 ただ、感じ取れる気配は、何となく自意識が薄い。

 例えていうなら、常に寝不足。そんな感じだ。

 ちなみに健康状態はいつもと同じ。

 警戒すべき点はない。


「けどそんなことより、そろそろ昼飯の準備してくんねぇか? この分なら……午後三時ごろになら店やれそうだ。のんびりしてる暇はねぇぞ」

「はいはい。んじゃまず火を用意しないとねー」


 さすがに台所を荷車に設置するのは、火の扱いのこともあるから諦めた。

 不始末で炎上したら元も子もない。


 ※


 雨が続くと、俺達の仕事にメリットが一つ増える。

 それは、他の行商人の移動速度が遅くなる、あるいは止まる。

 ということは、俺達が商売を始めたその場所から移動しなきゃならない期間が伸びる、ということだ。

 周りに気を遣ってるわけじゃない。

 俺にも、同業者にもウィンウィンでありたいと思ってるからな。

 人の商売の邪魔はしたくない。

 されたことは一つもない。

 邪魔される前にこちらから回避するからな。

 しかも天気は次第に良くなりつつある。

 最初から天気がいいと、店を開いたと思ったらすぐに畳まなきゃならないこともあった。

 逆に雨が続くと、今度は客の方が来なくなる。

 神出鬼没、などと渾名が付けられている。

 雨で視界が遮られれば、そんな店なんぞ見逃されやすいに決まってる。


「さて、と。そろそろ頃合いだな。今回はどれくらい店開いてられるかな?」

「長く続けられれば売り上げも上がるけど、それだとサキワ村に到着する日が延びちゃうのよね」

「約束してたわけじゃないだろ。で……。おい、お前ら、無理すんな」


 洞窟の中からテンちゃんとライムが出てきた。

 健康不良ではないが、体調というか、何かが変なのはヨウミでも分かってるようだ。


「二人とも、無理しなくていいからね? 寝ててもいいんだよ?」

「ん……ここにいるよ。何かあったらすぐに動くことはできるから」


 心、ここにあらず。

 そんな感じだ。

 だがどうしようもない。

 移動の途中でどこかの町の近くを通ったら、獣医かどこかで診察してもらうか。

 まぁ、それはいいんだが……。

 テンちゃんとライムの不調っぽい様子に気をとられて、周囲に注意を向けるのを忘れていた。

 万能じゃないんだ。気配を察知する俺の力は。

 店を開く場所は、客が足を運びやすい場所にしている。

 ススキが生い茂る中で店を開いても、見つけてもらえるわけがない。

 背の低い草むらとか土や岩がむき出しの場所、そして道路端。

 冒険者が見つけやすい場所で店を始めることが多い。

 つまり、久々に……。


「お、アラタ……さん……ちわ……」


 聞き覚えのある声に思わず反応しちまった。

 反射的にそっちに向けた顔が険しくなった。

 時の権力者がわざわざ出向いて、俺の意識が回復するまでずっと待ち続け、直に頭を下げてきた。

 国民全員に、世界中に、俺がこいつらから馬鹿にされいたぶられたところを見られたわけじゃないから、公式の場での謝罪をしてもらうまでもないと思った。

 だが当人達からの謝罪はない。

 向こうの六人の表情も様々だ。

 カマロともう二人の顔は沈んだ表情だ。

 何と詫びていいのか分からない、といった感情。

 俺もどういう言葉をかけてもらったらいいか分らん。

「ごめんなさい」の一言じゃ軽すぎる。

 難しい言葉をひねり出されても、感情がそれについてくるはずもないだろう。

 不貞腐れた顔をしている二人、逆恨みしてそうな顔が一人。


「……暇じゃないんだろ? 言うことがないならとっととどっか行けよ」


 詫びたい気持ちがあるなら、改めてそのためだけの時間を作りゃいい。

 たまたま会ったからついでに謝っとこう、などというその場しのぎめいた気持ちなら、再発される恐れもある。

 そんな謝罪など何の意味もなさない。

 俺のことを無視して立ち去った方が、まだこいつらを信頼できる。


「……すいません。あとで時間を作って伺う」

「今はそれどころじゃないんじゃないのか? 普通なら一年くらいで終わる仕事だ。それを三年もご苦労なことだな」


 俺に反感を持っている三人に促されてカマロは歩き出した。

 こいつは悪い奴じゃなさそうなんだがな。


「やっぱりお前か。向こうとは随分態度違うよな。こっちでお前の名前を聞いた時はまさかと思ったし、実際見たら別人かと思ったがなぁ」


 ここじゃ初めて聞くが、聞き覚えのある声が俺の耳に飛び込んできた。

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