こだわりがない毎日のその先 その4

 考えてみれば、旗手として何度か呼び出された者がいるって話を聞いた。

 同一人物が何度も呼び出されるのなら、同じ世界から違う人間が呼び出されることがあってもおかしくはない。

 必要がなければしない。

 需要と供給というやつだ。

 だから、考える必要がなかったから考えたこともなかった。

 けれど、可能性くらいは考えなきゃいけなかったかもしれない。


 俺が働いていた会社の先輩が、異世界に転移した俺の目の前にいた。

 しかもこの世界の人達とあまり変わらない服装、そして装備を身に着けている。


「あ……芦名……」


 先輩、と危うく言いそうになった。

 もう先輩じゃない。

 職場に縛られる必要はない。

 だが……。


「いきなり呼び捨てか。せめてさん付けくらいしろよ」


 どこかで聞いた、いや、言った覚えがある。

 見知らぬ他人なら何の抵抗もなくそう呼ぶだろう。

 けど、年上だけど敬称をつけて呼ぶ価値がある人かどうか。


「ま、今はお前に構ってる暇はねぇんだわ。……今はテンちゃんって呼ばれてるんだっけか。それとライムちゃんか。ゆっくりでいいからね。じゃ、またね」

「え? お、おい、それはどう……」


 初めて会ったはずなのに、何でこいつらの名前知ってんだ?

 どういう……ことだ?


「テンちゃん、ライム、今の人、知ってるの?」

「う、うん……」


 またも、俺の知らない所で俺の知らない事態が起きて、そして進んでいる。

 しかも俺に関わる……。

 関わる?

 俺に、関わってるのか?


「一度、会ったこと、ある」

「どこで?」

「こないだの町の、外でライムと荷車の番してたとき」


 ……奇妙な気配を感じたあの時か。


「それで、何かされたの?」

「ん? ……ううん。特に、何も。話しかけてくるいろんな人達と同じだよ。灰色の天馬。それくらい」

「……何か言われたでしょ」


 ヨウミの追及が少しうざったい。


「ヨウミ、それくらいでやめとけ」

「アラタ……」

「ガキじゃねぇんだ。自分で判断して自分で決断して自分で自分の思うように動く。それでいいじゃねぇか」

「そんな! 私達、家族」

「家族だぁ? 誰が親で誰が子供だよ。家族ってのは、家長が上に立って家族を守る、そんなもんじゃねぇのか? けどテンちゃんもライムも、自分の身は自分で守れるだろ」

「アラタはテンちゃんを助けてあげたじゃない!」

「自力じゃ無理だったからだろ。助かりたいと思ってる奴を助けるのは、人として普通の考え方じゃねぇのか? でなきゃこいつは自力で助かってた」


 ヨウミは何か言いたそうだったが、口をパクパクさせるだけで言葉は何も出てこない。


「こいつらは俺達のもんじゃねぇし誰のもんじゃねぇ。愛玩動物とは違うんだ。こいつらはこいつらのもんだ。自由に生きていいんだよ。ただし腹が減ったら俺達を丸かじりってのは勘弁な。こっちも最大級の抵抗をしなきゃなんないから」


 おそらく、俺と一緒につるんでも面白いことはたいしてないぞ? テンちゃんが俺について回るように、俺が仕向けたんだろう、みたいな話でもされたか。テンちゃんに危険な目に遭わせたあいつらを、テンちゃんの前で懲らしめるなりして帳消ししてからな。

 そうまでして、こっちの世界でも俺に嫌がらせを続けるつもりか。

 けど、俺には痛くもかゆくもない。


「……俺を守ってあげる、みたいなことを言ってくれたこともあったっけな。あの感情、一時の気の迷いかもしれん。それにそうだとしても、今まで十分恩を返してもらった。貸し借りなしだ。好きにして構わんぞ?」


 ひょっとしたら、前々からそんなことを思っていたのかもしれん。

 けどテンちゃんからは言い出せるわけがない。

 命を救ってもらったという思いがそれだけ強かった。

 それだけのことだ。


「ライムもそうだ。だから、お前らに付けた名前も、もう忘れていいぞ。名付け親がそう言ってんだ。……窮屈な思いさせて悪かったな」

「ちょっと、アラタ! 二人の気持ち、勝手に決め付けないでよ!」

「決め付けるも何も、言いたくても言えない事あったりするだろ。立場上とか、反対のことを前にこっちから言い出したとかさ。それにこだわって、心変わりしたことを伝えられずにいるってこと、あるだろ」

「そんな……」

「種族の壁だってある。逆に、よくぞ今まで俺達についてきてくれたなって感心するくらいだ。感謝の気持ちしかねぇよ」


 俺達の元から離れたい。

 そんなことをこいつらの口からは聞いてはいないが、言い出せない心のわだかまりを推察すると、それ以外に考えられない。

 そしてそれは、ヨウミの思いから言うと、残念ながら当たっていたようだった。


「うん……。このままでいいのかな、って思いは、あった」

「気にするな。野生の動物と人間と、ありのままの姿で一緒に生活すること自体難しいんだ。それが動物じゃなくて魔獣となりゃますます難しいわ」

「え? テンちゃん、ライムちゃん……」


 ライムもテンちゃんの背中から飛び降りて俺の方を見る。

 いつものような愛嬌を振りまく動作はない。


「今まで、ありがとう」

「そんな! 急に! これ、きっと」

「何も言うなよ、ヨウミ。何か言ってそれを誰にどう訴えるんだ。自分の寂しい気持ちを誰かに八つ当たりするような真似は止めろよ」


 自分の時間を自由にさせてもらえず、物に当たったこともあった。

 けどそれは時間の無駄にしかならなかった。

 押し付けられた仕事を進めていく以外に、物事の進展は存在しなかった。

 これも同じなんだろう。

 それに比べたら、突然の流れで内心驚いてたりするが、別れなんて大したイベントじゃない。


 ライムは再びテンちゃんの背中に乗った。

 そしてゆっくりと羽ばたき舞い上がる。


「晴れ間も見えてきた。卒業するにはいい天気じゃないか」

「そ……そんな……」


 別れってのは、本当に突然やってくるもんだ。

 でも別れを告げることもできない別れに比べたら、気持ちいい別れ方じゃないか。

 少なくとも、俺の気持ちはそれ以外は穏やかだ。

 が、店の営業はこれからだ。

 しんみりしている場合じゃない。

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