こだわりがない毎日のその先 その2
買い物自体は嫌いじゃない。
が、面倒に思うようになったのはいつからだったか。
自分に不快感はなく周囲にも不快感を与えることがなければ、何日間か風呂に入らなくても平気だろう、などと思うようになったのは、仕事を押し付けられて何日も自分の部屋に戻ることができなかった時からだったか。
毎朝顔を洗わなきゃいけない、食後は歯を磨かなきゃいけない、お風呂は毎日入らなきゃいけない。
けれどもそれをしなくても生きていけるし、夜に眠れば起きなければならない朝は必ずやって来る。
他人の苦しみは一秒でも耐えられないと思える時があった。
けれど、俺の苦しみは何百年経っても耐えられると思っているような他人もたくさんいた。
この世界に来てからも、汗で濡れた下着も雨に当たれば、そんなに違いはないとも思ってた。
「バカなこと言ってんじゃないのっ! とりあえず一週間分は買おうね!」
こういうときのヨウミもウザいと思えた。
俺が汗まみれになっても、それがヨウミに伝染するわけじゃないんだからさぁ……。
「作業着は二着くらいでいいだろうけど、上着もそれなりに数揃えとかなきゃ」
いやいやいや、ちょっと待て。
おにぎりの具の買い出しに来たんじゃなかったのか?
「どうせ、ずっとここにいるつもりはない、とか思ってたんでしょ? だから着る物とか生活慣習とか適当にしてたんでしょうけど、今後はこっちに腰据えるんだから、そういう物を用意できるときはできるうちに、しっかり用意しとかないとねっ」
目的から外れた行動は好きじゃない。
本来欲しい物を買い物したついでに何かを買う、というくらいなら構わないが、明らかに俺に必要な物を買うための買い物だ。
テンちゃんやライムにはそれを告げてなかっただろうが。
それに、なんか気になる気配が……。
「何? どうしたの?」
「いや……ちょっと、な」
まさか商人ギルドの差し金とかじゃあるまいが……。
なんか気になる気配を、人混みでにぎわう商店街の通りの中で感じたが。
気のせいか?
「……かれこれ三十分くらいオーバーしてるぞ。あいつら退屈で死にそうになってんじゃないのか?」
「あれ? 変な事言うねー」
変な事?
なんだそりゃ。
「無理やり付き添わせる気はなかったんじゃなかったの? あの子達はあの子達の好きなように行動して構わないって言ってたよねぇ?」
「だったら尚更早く戻らないとな。荷車の番を任せてたんだ。『やっぱやーめた』なんて言いいながら、どこかに立ち去ったかもな」
「うぐっ! じゃ、じゃあこの辺で勘弁してあげるわよ!」
何だその開き直り。
つか、一時間半くらい待たせただろ。
戻る時間をあらかじめ伝えてたら、テンちゃんもライムも退屈させずに済ませてたかもしれなかったが……。
※
「ただいまー、テンちゃん、ライムー」
「待たせたな。ヨウミにいろいろ買い物押し付けられて……って……どうした?」
「ん? 何か変なとこ、あるの?」
ヨウミは気付いてない……のは仕方ないか。
テンちゃんもライムも、何か様子がおかしい。
長い時間待たせたから拗ねている、というわけでもなさそうだが。
「ん? あ、ううん。お帰り、二人とも」
「おう。……具合が悪いなら言えよ? 魔物が罹る病気なんてまったく知らないんだからな?」
「ん? ううん、平気平気。出発できるんだよね? サキワ村だっけ?」
「あぁ。とりあえず日本大王国の地図買わされた。あとで目を通さないとな」
うん、とうとう買わされた。
が、テンちゃんの口数が少ない。
ライムもあざとい動きもほとんど見られない。
「……言っとくが、テンちゃん、ライム」
「何?」
「俺はお前らを縛り付けてるつもりはないからな? 俺に付き添うのはお前らの仕事じゃないし、ついてきてくれと俺が頭を下げてるわけじゃない。分かるよな?」
「な、何よ、いきなり」
何か誤魔化してるか?
まあこっちは気にしないが。
「お前らは自由だってこと。ついてくるなら責任者として少なくとも飯の面倒は見てやらなきゃと思うし、俺の元から去りたいと思っても、引き留めるつもりはないからさ」
体の変調ではないなら、おそらくそんな心境の変化だろう。
人間と魔物の生活圏が違うってことくらい知ってる。
生活しづらくなったから俺の元から去りたいというなら、それは道理だろう。
誰にも咎められることじゃない。
「え? テンちゃんもライムも、一緒に旅するの、いやになったの?」
「ヨウミ、余計な事言うな。種族が違えば、種族の本能を優先しなきゃならない事態だってあるだろう。世の中は俺を、俺達を中心に回ってるわけじゃねぇよ」
「そ、それは」
「とりあえず、北に向かって出発だな!」
「東だよ! この道、東西に伸びてるでしょ!」
雨具も用意したし、何事もなければその村まで一週間の旅。
まぁ旅っつっても観光旅行とかじゃないしな。
楽しい事ばかりじゃない、うん。
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