動揺、逆上、激情 その3

 テンちゃんが喋って旗手の六人が驚いてる隙を突いて、テンちゃんを抑えてる三人のうちの一番近い左翼を抑えてる奴に向かって突っ込んでいって蹴り飛ばす。

 顎にクリティカルヒット!

 とか言ってる場合じゃねぇ!


「ちょっ!」

「ま、まっ」


 まともに相手したってテンちゃんが解放されるわけがない。

 ぶん殴ったって効果があるとは限らない。

 間髪入れず、首を抑えてる奴に頭突きをかます。

 反撃を食らう心づもりはしていた。

 そしたら禁断の噛みつき攻撃ができる。

 が、そいつは後ろに吹っ飛んだ。

 そいつの落とした武器を拾って残りの一人に振り下ろす。

 こっちは一般人だぞ?

 その攻撃が当たるようなら、旗手様の肩書返上ものだぞ?


 だが……。

 すっかり忘れていた。

 ここは魔物が湧くポイントに近いところ。

 通常だったらとっくに気付いていたはずだった。

 そいつの後ろの草むらの中に、誰にも気づかないように何者かが潜んでいることにその瞬間に気付いた。

 その武器をそいつに向かって振り下ろす予定を急遽変更。

 その草むらの中目掛けて投げ飛ばす。

 まぁ、それが俺の隙と言えば隙だよな。

 だがそいつは暢気にも、その魔物の気配に気づかずに俺に向かって殴りかかってきた。


「おいっ! テメ……ぐはっ!」


 その拳は躱したが、その後に続く蹴りを躱すのは無理。

 腹に当たって吹っ飛ばされた。


「おい! アンタ! いい加減にグハッ!」


 予想通り、草むらから飛び出してきた魔物に背後からの一撃。

 間抜けにもほどがある。

 だが草むらに潜んでいた魔物はそいつだけじゃなかった。

 かまどを作っていた時は魔物の発生はなかった。

 かまど作り、そして簡単な計画を立てて火をおこす。

 水汲みして米を研ぐ。

 それからこいつらとのやりとり。

 そうか。

 結構時間が過ぎてたんだな。

 とにかくこいつらよりテンちゃんの介抱が先だ。


「リース! ザイトの回復を先にしてくれ!」


 カマロの声が聞こえる。

 それと同時に反応した女が、俺が最初に蹴り飛ばした男の元に駆け寄るが……。

 俺とテンちゃんの間に割って入る形になった。

 当然俺にとっちゃ邪魔そのものだ。

 やることは当然。


「どこまで邪魔しやがる! テメェらぁ!」

「キャッ!」


 肘鉄を思いっきりかます。

 女だろうが何だろうが構うか!

 こいつらは俺を拘束するために接近しやがった。

 魔物の泉現象で出てきた魔物退治の目的を撤回してまでだ。

 つまりこいつらの価値はテンちゃんと比べても二束三文。

 助かりたきゃ勝手にすればいい。

 だが、お前らが害そうとしたテンちゃん救助の邪魔になるようならとことん排除だ!

 その女は、おそらく手に持っていた杖で回復術を使うんだろう。

 その杖を俺の前で手放して吹っ飛んだ。


「こいつも邪魔だ!」


 杖も蹴飛ばす。

 杖は踏み荒らされてない草むらの中に消えた。


「痛た……。あ、杖っ!」

「リース! お、おい、アラタぁ!」


 カマロの声が聞こえる。

 だが知るか!


「敵意丸出しの奴に遠慮する気はねぇ! お前らは自分の仕事だけやってりゃ良かったんだよ! 俺らに絡んでくんなや! テンちゃん! だいじょう……う……」

「く……。アラタこそ大丈夫? 傷は問題ないみたいね。危険地帯から脱出するよ?」


 テンちゃんはややパニック状態というのは分かった。

 が、心の動揺を無理やり押し込んで、冷静に努めようというのも。

 だがそれ以上に俺は動揺してしまった。

 テンちゃんの右翼の付け根から出血している。

 ただ血が出ているだけじゃなく、わずかだが付け根が体に沿って切れ目が入っていた。

 通常の飛行は百パーセントできない。

 どこまで飛べるかが不明だ。

 低いとこいつらから翼を狙われるかもしれない。

 高けりゃ浮力が足りなくなって落下するかもしれない。

 走って逃げるにしても、後ろ足一本怪我をしている。


「……アウトじゃねぇか。……疫病神どもが!」


 小さい声でだが、思わず悪態をついた。


「……愚痴言ってないで、とっとと乗って!」


 六人の旗手も慌てている。

 ここから抜けるなら今しかない。

 グダグダ考えていてもしようがない。


「……無理、すんなよ?」

「しないよ」


 テンちゃんは意外にも明るい声で答える。

 思ったより軽傷なのか?

 なら早く戻って早く治療してやらなければ。


 だがこの天馬……いや、じゃじゃ馬は、俺の思う通りに動いてくれなかった。

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