動揺、逆上、激情 その4

 気絶から立ち直る奴。

 武器や道具を探してる奴。

 魔物と戦っている奴。

 六人六様の行動を見下ろしながら、俺はテンちゃんの背に跨っている。

 空を飛ぶなんて初めての体験だな。

 飛行機にも乗ったことはない。

 高いのが怖い、ということもあるんだが。

 でもテンちゃんが自分の背に乗せた者は、落っこちることはないらしい。

 こんな事態じゃなかったら空中散歩を堪能できたんだろうが、こいつは俺の道具じゃない。

 ましてや乗り物でもない。

 こいつはこいつ。

 こいつの意志でこの世界で日々過ごす生き物の一つ。

 俺の都合のいい道具にしていいはずはない。


 とりあえず、急いでここから離脱するつもりなんだが……。


「テンちゃん? どこまで上がる気だ? 移動しなきゃ。荷車のところまで行かなきゃ」

「うん。分かってる。あのね」

「どうした?」

「羽根の傷が痛んでて、そこまでたどり着けるかどうか分かんない」


 おいおい。お前もろとも墜落死なんてシャレにならんぞ?

 つか、笑えん冗談だ。


「その割には随分落ち着いてるみたいだな。いいから移動しろよ」

「あのね……。アラタは助かりたいんだよね?」


 何を言ってる?

 緊急事態だぞ?

 そんなこと言ってる場合じゃないだろうが。


「当たり前だろ? だからここから一緒に避難」

「あたしに言ったよね? 助かりたいという気持ちがあるなら助けるって」


 だから何の話だよ。


「アラタは助かりたいと思った。だからあたしは助ける」

「あ? 一体」

「魔物同士だから、思いは簡単に伝わるの。ライムには、アラタを受け止めるように伝えといたから心配しなくていいよ」

「だからお前」


 テンちゃんはいきなり俺の首を咥えて背から持ち上げた。

 足元が不安定なのがこんなに怖いことだとは思わなかった。

 つか、こいつ、俺にそんな怖い思いをさせてどうすんだ!


「ふががー」

「ふががって何だよっ。おい、おいっ!」


 体ごと荷車と反対方向に俺を振り回す。

 そして勢いよく半回転させて荷車の方に向かって……。


「う……うわ、わわっ。うわーーーーっ!」

「みんなと仲良く……」


 テンちゃんの言葉は途中で聞こえなくなった。

 そしてその位置から真っすぐに落ちていく。

 かすかに見えた何かの短い二本の線。


「あいつ……両翼怪我して……テ……テンーーーーーっ!」


 思いを言葉にしても、その思いには事態を急変させる力はない。

 そんなのは分かっている。

 けれど叫ばずにいられなかった。

 図体はでかい。

 落下しても致命傷にはならないだろう。

 だが身動きできるとは思えない。

 つまりだ。

 あいつは自分の命と引き換えに……。


 落ちる前にあいつを受け止めたかった。

 だが四百……いや、五百キロ以上もあると思われる巨体を受け止められるわけがない。

 それに、どんどん遠ざかって行ってしまう俺の体は、荷車の所に近づいて行っている。

 俺の体が飛ばされる先を見ると、ライムが既に待ち構えていた。

 心配で慌てているヨウミも視認できた。

 そして俺は、ライムによって、体に何の衝撃も受けず、無事に着地できた。


「だ……大丈夫? な、何があったの? テンちゃんは?」

「あいつは……」


 ……確かに、助けてもらいたくないと思ってる奴には手を差し伸べたくはない。

 今のテンちゃんはそうだろう。

 だがこの事態を予測できず、また、この場所にお前を連れて行くと決めたのは俺だ。


「ヨウミ! お前は一人でこの荷車を死守しろ!」

「え? どどどうしたの? 一体何が」

「ライム! ……結果、俺の体がどうなっても構わん! テンちゃんの居場所は分かるな?!」


 ライムは頷くように体を変化させた。


「おそらくテンちゃんは動けない。そして今、泉現象で出現している魔物に囲まれている。旗手の連中はそれに当たっているが、その魔物とテンちゃんの区別はつかない。事実あいつらはテンちゃんに手をかけた。両翼に傷を受けて満足に飛べない。足も後ろ一本やられて満足に走れない」

「え……嘘……」


 余計な口を挟むな!


「ライム。テンちゃんの救出を絶対優先とする。達成後に俺が酸欠を起こそうが筋肉や筋が切れてようが構わん! 怪我が完全に治癒できるなら、テンちゃんに多少疲労させても構わない。やれるか? いや……やれ! お前もテンちゃんの恩恵受けただろうが!」


 俺の夢にテンちゃんに連れられて入って来ていた。

 それでコミュニケーションもとれた。

 お前が俺を好いているなら、俺の言うことは筋が通るはずだ!

 だが俺が命ずるまでもなく、ライムは俺の体を包んだ。


 それでいい。

 こんな状況においやってしまった俺が……体が壊れるかもしれない事態になると分かってても、あいつを助けに行かないわけがないだろうがっ!

 これでテンちゃんを「よくやった」などと褒めるようなら……元上司や元同僚と同類になっちまう。

 そんな無責任な事、できるわけがねぇだろうが!


 できれば瞬間移動してほしいのだが、ライムにはそんな能力はないだろう。

 荷車からテンちゃんの位置まで約二キロ。

 五分も……いや、二分もかけずに到着してほしい。

 虹色に包まれた俺の体は、スタート直後から悲鳴を上げた。

 二キロの距離を二分。

 時速六十キロで走らされている。

 だが時間がかかってしまったら、テンちゃんは悲鳴すら上げられない体になってしまう。

 ススキに隠れた岩などの障害物は、ライムの体の硬化ですべて粉砕、あるいは貫通。

 ぶつかった時の衝撃が感じられなかったのは幸いだ。

 苦しいのはふくらはぎ、膝、太ももばかりじゃない。

 一々ねじる横っ腹、腰、振っている腕、肘。

 肺や心臓も破裂しそうな苦しみが続く。

 そして苦しみを感じている脳味噌も。


「テンー! 息してるかーっ!」


 声を出したつもりだが、聞こえただろうか。

 あいつさえ息をして意識があるなら、他の連中がどうなっても知らん。

 俺達をこんな状況に陥れた旗手どもの体だって、粉砕したってかまわなかった。

 がライムはうまく回避したようだ。

 だが何体か魔物とぶつかった感触はある。

 吹っ飛ばしたり貫通したりで、何体かは絶命したようにも見えるが、今はその確認をするどころじゃない。

 魔物全てをぶっ倒すより、テンちゃんを連れてこの場から離れた方が事の進ませ具合は早い。


「なっ! なんだこいつ!」

「声は……アラタさんか?! こいつらを倒すの、手伝ってくれ!」


 旗手どもが次々と助けを求める声をかける。

 随分好き勝手なこと言ってくれる。

 思考だってままならなくなっている。

 一刻も早く助け出さなければ。


「知るか馬鹿が! ……テン、無事か?」


 つか、体が壊れそうな俺にどうしろと。


「……何で……来たの」

「はぁ……はぁ……。……お前も馬鹿だな。……っぷぅ……ふぅ、ふぅ……助けられると思ったから助けに来た。それだけだ」


 答えたつもりだった。

 が声に出てた自覚はない。

 いや、それだけじゃない。

 が、今はそれだけにしておこう。

 ゆっくり語ってもいいが、ゆっくりできる状況じゃない。


「ライム、分かってるな?」


 俺はそう言って、体を動かせないでいるテンちゃんの背に体を預けた。

 ライムは体をさらに伸ばし、テンちゃんごと包み込む。

 天翔ける金色の何とか、なんてのがあったような気がするが、この場合は『天翔ける虹色の天馬』といったところか。


「しばらく痛むが我慢しろ。俺も……これでも体が限界……。よし、飛ばせ」

「え? 痛っ! 痛い痛い!」

「我慢しろ! 必ず助ける! ライム、離脱のタイミングはお前次第だ」


 テンちゃんの全身も虹色に変わった俺達は、その翼をゆっくりと羽ばたかせて宙に浮く。

 余裕がある旗手どもは俺達を見上げたが、どんな気持ちでいるんだろうな。

 何やら手伝えとかわめいてるようだが、いつまでもよそ見してたら魔物に襲われるだろうに。

 ま、俺の知ったことじゃない。

 飛行能力がある魔物はいないようで、まずは無事にここから離脱できた。

 と思う。

 俺はこの時点で気絶してたらしかった。

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