動揺、逆上、激情 その2
拠点を定め、魔物が湧き出るポイントに向かって用心深く進んでいく。
「でもアラタさぁ、こんなススキの中を進まなくても、見通しのいい道路沿いに進む方がよくない?」
「人の気配はないが、どこから見られてるか分からん。人の言葉使うな。見通しが悪いってことは、魔物からも見えづらいとも言える。気配を感じる範囲はこっちの方が上……だと思う。なら進みづらいススキの中を行く方がいい」
それに川に近いってこともある。
魔物が出やすい場所で行商するなら、水場に近い方がいい。
おにぎりを作り終わるまでの時間も、いくらかは短縮できるはず。
それは冒険者にとっても有り難いことだろう。
「いろんな都合があって、通りづらいところにもメリットがあるってことだよ。さて……まだ魔物が湧いてはいないけど、ここら辺で行商めいたことしてみるかな?」
ミルクパンくらいの大きさの鍋を持ってきている。
魔物がうようよいる所で米を炊けるかどうか。
まずこれを試さなければならない。
「かまど、作らなきゃなーっと」
そのための石や岩。
ほかには焚き木になるような物も必要だ。
だが探さなくても、すぐに目に付く。
「動物は火を怖がる傾向にある。けど魔物はそうでもない。米炊きに夢中になって、魔物に襲われることがないように注意しないとなー」
テンちゃんが疑問に思うようなことを、先回りして独り言を言う。
話ができるのに止められるのもストレスは溜まるだろう。
まぁそれ以前と同じ態度を取ればいいだけのことなんだが。
けれどできる事に制限をかけられるのはつらいものだ。
かまどができあがり、火種と焚き木をその中に置いて火をつける。
火事にならないようにテンちゃんに火の番をさせ、川のところに行き、適当なススキ……ススキもどきの実、この世界特有の米を採り、川の水で研ぐ。
「……こんなもんでいい……。やば。考えてなかった」
旗手の連中の気配が近づいてきた。
この時点で立ち去ろうとすれば、向こうでも俺に気付く奴もいるだろう。
静かにしていれば、俺に気付かず通り過ぎてくれるに違いない。
僅かながらでも、じっととしている方が見逃してくれる可能性が上だ。
だが現実は非情である。
「……ん? 誰かいるのか?」
ここは静かにやりすごそう。
しかし……。
「お、おい、アラタさんじゃないか! 久しぶりだな、ようやく会えたぜ!」
ススキをかき分けて姿を見せたのはカマロ以下五名。
ってことは、やはり俺が感じた魔物が湧く気配は、泉現象だったってことか。
「ミナミ、アラタ、だったわね」
俺の名前を知ってるのは大剣持ちのカマロだけだったはずだ。
「そばに誰もいないなら、同行してもらいましょうか」
双剣持ちの、カマロよりも若い男が言う。
憲兵の役も兼ねてるのか?
「俺はただの一般人だよ。どこに行こうってんだ。そっちは旗手の集団だろ? 行くところは魔物の巣窟が相場だろ。……俺を見殺しにするってことか?」
「そうじゃないよ、アラタさん。前にも言ったと思うけど、王妃と皇太子が是非とも会いたいって」
「そんな身分が高い人と会う理由なんて心当たりないし、あるとしたら……死罪の申し渡しか?」
「バカ言うなよ、アラタさん」
カマロ……。
初対面の時にも言ったが、丁寧語、もう少し勉強しろよ。
「王族、そして慈勇教の上層部全員が、アラタさんにお詫びしたいんだって」
「口実は何とでも言えるさ。絶対に拒否するっつったら俺の首、斬り落とすんじゃねぇか?」
日本語が通じる分、こっちの気持ちも落ち着かせることはできる。
が、即死刑ってこともあり得るから……さてさて、この窮地をどう乗り越えるか。
「ま……まぁ初日にあんな対応されたら、俺だって疑い深くなる」
「お前らもそっち側と見られている、ということも考えたこと、あるか?」
こうして会話している分には、必ずどこかに隙が出るはず。
その隙を突いて逃げ出せればいいんだが。
「お、落ち着けって。俺らは単に」
「そもそも立場が違うってことも考えとけ。今そこの女、俺のことを呼び捨てにしたぞ? 名前を教えたことはないはずだ。似顔絵にだって名前はついてなかったんだからな。なのに簡単に呼び捨てにするってことは……見下してるんだよ、俺を、お前らが」
狼狽えて武器を構えるようなことになったら、俺の人生ここまでか?
平常心を崩さないように努力するなら……どこかに隙は出る。
「あ……えっと……ごめんなさい」
「形ばかりの謝罪なんていらねぇよ。許さなくたって気に留めるような重大な事じゃないだろうからな」
かすかに草をかき分ける音が聞こえた。
ひょっとして……。
「そういうことだから、お前らについて行ったらどのみち俺の命は終わる。人生の袋小路につれていかれちまうってことだ。詫びなんかいらねぇよ。それとも借金返せと詰め寄りに来たか?」
「借金? 何のことだ?」
声をわざと大きくする。
大きくしても聞こえる魔物はまだいない。
一体を除いて。
そしてあの一万円が、こいつらに動揺を誘うとは思わなかった。
そのタイミングだった。
一か所から火が上がる。
「アラタ!」
「おう!」
それと同時に飛び出したのはテンちゃんだった。
その背に向かって飛ぶ。
旗手どもはその火も見て動揺が続く。
しかし。
「きゃっ!」
テンちゃんがバランスを崩して倒れた。
左後ろ足の太ももから出血している。
「なっ……」
「魔物だ! やれっ!」
誰かの声が聞こえる。
おそらく旗手の一人。
俺はテンちゃんに心の中で詫びながら、近くにいる旗手の下半身に向かって体当たり。
そいつは俺もろとも地面に倒れ、ススキの密集がその上からかぶさってきた。
「テン! 立てるか! 立ったら飛んでけ!」
立ち上がる気配はあった。
しかし羽ばたく音は聞こえない。
代わりに何かの音と、二人の悲鳴が聞こえた。
「テメェら! こいつを、俺の仲間を殺す気なら、俺もためらいなく目ん玉えぐるぞ! もしくは急所狙いだ!」
「なっ! み、みんな、一旦落ち着け! す、すまん。俺達を襲ってきたから」
「その前に俺を襲おうとしたお前らの」
「静かに! でないと、それこそこの魔物、どうなるか分からないわよ!」
テンちゃんを見ると、その首を一人に押さえつけられ、仰向けにされている。
あれでは翼を動かすのは無理だ。
その翼も二人の旗手によって、両側の付け根を刃物で押さえつけられている。
無関係な者が傍から見れば、旗手の方々に歯向かう、魔物を従えた一般人って図だろう。
「お、おい、お前ら。その魔物……天馬か? 解放しろよ」
「バカ言うな、カマロ! こいつは俺達に襲い掛かろうとしたんだぞ!」
「ふん! あんた達がアラタにちょっかい出そうとしてるの知らないとでも思った?!」
……テンちゃんよぉ、興奮する気持ちは分かるが、喋るなっつっただろ。
「魔物が、喋った!」
六人の声が見事に揃いました。
お見事。
とか言ってる場合じゃねぇ!
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