俺がとうとうお尋ね者に?! その3
俺に伝わってくる情報は、それが発生してからどれくらいのタイムラグがあるんだろうか?
俺が周りからいろいろと言われてるようだが、相変わらず何のトラブルにも遭遇していない。
まぁ遭遇する前に回避できるから当然なんだが。
だが、そのトラブルがやってくる気配がないのは、不気味と言えば不気味だ。
それどころか、行商の商売で一か所に一週間くらい留まるのは本当に稀。
魔物が現れる気配どころか、もうすでに出現しているんだが、他の行商人の姿が全く見えない。
「旗手の連中は、別方向からやってきたっぽいな。その気配の辺りに到着してる」
「それはいいんだけど……。他の行商の人達が来ないのはなんでだろ? お客さんはたくさん来てるのにね」
今回の一週間の商売で、普段の一月分稼げるような気がする。
現場は見たことはないが、俺達が立ち去った後に来る行商の人達は、多い時は二十店舗くらい
当の本人は、あまりの展開の早さにまるで他人事のようにしか思えないんだが?
だが冒険者の数が減ったという実感はある。
どこかで見たような気がする顔ばかり。
初めて見た顔が少ない気がする。
※
「初心者が多くて、中堅どころが辞めていく。初心者は、一攫千金の夢を見る。そして魔物を仲間にするほど熟練じゃない。中堅は早めに辞めれば転職しやすいからってことでな。これ、どうなると思う?」
「現場の指導者役がベテランに押し付けられる。指導を受けずにいきなり現場に飛び込む初心者が増える、かな?」
「ヨウミちゃん、正解。で、初心者は魔物相手にパニックを起こしやすい。大した危険な場所や相手じゃないのに命を落とすケースが増えた」
ヨウミは思わず口を両手で押さえている。
「中堅どころが減るだけで終わる話じゃなかった。この業界に足を踏み入れたばかりの若い世代が次々命を落とす。さらに冒険者の人口減少が加速する」
「討伐される魔物の数も減る。結果住民達の生活も脅かされることもある、か」
「その通り。村や町の柵も、ほとんど意味がなくなってくる」
自分の住んでいる場所は、自分達で守れる範囲は守る。
その目安も崩れてくる。
魔物の数が増えてきてるから。
人じゃないから厳密には違う言い方になるんだろうが、人海戦術ってやつだよな。
※
そんな実情を打ち明けてくれた冒険者とそんな会話をした。
国民の生活を犠牲にしてまで、俺を極悪人扱いしたがってるということになる。
……などとボーっと考え事をしてる場合じゃなさそうだ。
客が一組やってきそうだ。
「出遅れちまった! おにぎりセットまだあるか?!」
「はい。具なしで水とのセットなら」
「それでいい! 助かった!」
「そのセット、五つ頂戴。……リーダー、だから慌てなくてもいいって言ったでしょ? アラタさん、こうやってのんびり構えてるんだし」
「いや、品切れで閉店になったら目も当てられんだろ。なぁ、リーダー」
セットは水筒がなくなったら品切れだが、塩おにぎりなら品切れになることはないぞ?
「おにぎりだけなら何とかなりますよ。具ありはすでに売り切れて、仕入れも難しいですがね。他の商人も来そうにないですしそれだけでいいならもうしばらく滞在する予定ですけどね」
そのチームは見覚えがない。
知ってれば多少は砕けた口調にはなるが、そうじゃない相手なら丁寧語が出るのは普通だよな。
「やっぱり来てないのか。すべて売り切れがないだけまだましだな」
「具なしの一種類しかありませんけど……って、やっぱり?」
行商人が来ないことが分かってそうな口ぶり。
いや、それよりも、このチームからは俺がお尋ね者になってる話が出てこない。
「あぁ。行商人達が職場放棄……いや、職場確保? のために、あちこちの町でギルドに噛みついてる」
「仕事の儲けより、仕事ができるかどうかという不安の方が大きくなったってことね」
全然話が見えてこない。
どういうことだ?
「アラタは自分の、お尋ね者のチラシとか見たことあるか?」
馴れ馴れしく呼び捨てにしてくるな。
そんな有名人になってるのか? 俺。
「ここんとこ町や村に立ち寄ることはなかったから、どんな評判が流れてるかなんて全く知りませんよ」
「……まぁ俺達も世話になったことがあるから、情報料はまけてやるか」
立ち話で済ませられるような話でも、彼らにも自分の仕事がある限り、その時間を減らすことになる。
この不審な現状の理由になるのなら、その情報には金を払うくらいの価値はある。
それを向こうの善意で教えてくれるというなら、有り難く受け取っておくか。
「アラタ達はどうかは知らんが、行商人達はお前達のことを、実は全く知らないらしい」
「へ?」
変な声が出てしまった。
俺のことを知らない……って……。
俺をかくまってくれてる?
「そう言えばそうよね。アラタってば、他の行商人が来る前に立ち去るもの。そこで誰かが荷車でおにぎりを販売している現場を、行商人達が見るわけがないのよね」
……考えてみればヨウミの言う通り。
時々すれ違う行商人と、塩だのおにぎりの具だのを仕入れるが、すべてヨウミが受け持っている。
俺は荷車を引っ張るが、普通の行商人は動物や魔物に荷車を引かせている。
俺は俺で、下を向いて引っ張ってるから、ほとんど顔は見られていない。
「つまり、行商人の連中は、存在しない人物が行商人をやっていて、そいつがお尋ね者で、その理由が魔物の泉現象の近くで店をやっていることと、魔物を仲間にしてることならば俺達もお尋ね者になるのか、と抗議の声があちこちで上がっててな」
重い荷車を魔物に引かせているのなら、お尋ね者どころか家族を養うことさえできなくなる。
ましてやその職場は、お尋ね者の理由となる場所。
「アラタの普段からの、同業者への思いやりが自分の身を助けたってことか」
いや、思いやりとかとは違うから。
他の業者の儲けが損なわれたら、俺の居場所がなくなっちまうだろ。
俺の保身の意味もあるんだがな。
「話がこれだけならすぐにでも解決できる話だ。こっから先がややこしくなってる」
「というと?」
「俺達冒険者は、その現場に着いたら一番先にお世話になるのがアラタの店だろ?」
そりゃ、同業者の誰よりも早く現場に着くんだしな。
「行商人達は、そんな奴が商売しているところを見たことがない、ミナミ・アラタが商売をしている話はギルドのでっち上げなんじゃないかって抗議しているところに、アラタの店に居合わせた俺達の同業者はみんな世話になっている、っていう話……じゃなくて、事実か。事実があるってことでな」
「ややこしくなってるのよ。片や世話になった、片やそんな人物は存在しないって」
何と言うか……それって暴動になるレベルじゃないのか?
「行商人ばかりじゃなく、品物の輸送に魔物を使う商人までその騒ぎに混ざって来てな」
「そんなギルドの処置に抵抗できない商人達が次々廃業宣言する始末でさ」
お金が流通している社会なら、商売する人が減っていったら経済は破綻するんじゃないのか?
あるいは生産者が販売業を請け負うとか。
「一般人も混ざってくるんだよな。生活に困るから廃業はやめてくれって」
「ギルドもギルドで、加入者も廃業するとなるとギルドメンバーも減っていく、と」
「今まで『辞めたきゃ辞めろ』って言う強硬派も、流石に折れた」
「今までは、加入を辞めても店は続けたい商人が多かったからな。誰だってお尋ね者にはなりたくないさ。魔物も商売の必需品。それが違反になるなら泣く泣く辞めるって言い始めてな」
最初は俺一人だけをターゲットにしてたのが、随分あちこちに飛び火したものだ。
「結局、この騒ぎの大元はどこだって話になって……」
「大元は……俺、だよな?」
「そういう話じゃないと思うよ?」
「ヨウミちゃんの言う通り。噂じゃ国王が他の王族たちによって拘束されて、国王代理で王族の誰かが政治を担うって話まで出てきてる」
ライムが俺の足元で嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねている。
どうやら俺達の会話を完全に理解しているようだ。
すげぇな、スライム。
が、客の冒険者達は気にも留めてない。
目がマジになってる。
……俺が思ってるよりも、結構重大な出来事になってるっぽい。
が、俺は気楽な一般人。
そしてどこでも仕事を始められる行商人。
実に気楽……じゃないか。
彼らの仕事の現場で、どうやって仕事をして彼らのリクエストに応えられるか検討中の身だ。
「どのみち、お尋ね者の情報は消えて、その書状も取り下げられるだろうな」
全く予想もしなかった話しがたくさん聞けた。
とは言え、簡単に考えると、いつもの生活に戻せるという中身。
「……やっぱ情報料……お金じゃ仕事場では役に立たないだろうから、特製の水、みんなに一本ずつプラスしとこう。ライムがろ過してくれた水だから、体力魔力回復量がかなり高いぞ」
「マジかよ!」
「まさかの高価なアイテムゲットだぜ!」
「え? ホント?! ありがとーっ!」
「いいのか? なんか、すまんな」
「そいつは有り難い……。つか、今の話の分にしちゃ、こっちの方が安すぎるような気が」
ほう。
ならば。
「んじゃ一セット三百円のところ、二セット分に……」
「アラタ! ボリすぎ! って言うか、そのパターン聞いてて飽きたから! 笑う気起きないから!」
国からの追手より、ギルドの差し金よりも、身内からの評価が一番厳しい。
誰か何とかしてくれ……。
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