特別な夜に、星に願いを。

@pwmtstars

07/07

「星の光ってね、実際に地球に届くまでには、何年もかかるんだって」


 茹だるような暑さの中、空を見上げる彼女がぽつりと呟く。

 それを聞く僕もまた、空を見上げている。


 藍色の空。

 灰色の蓋に覆われ、そこには光など一つも無い。


 それでも僕たちは、空を見上げている。


「今年は短冊、書いた?」


 僕の返答をまたず、彼女が呟く。


「私はね、『また来年もこうして星が見れますように』ってお願いしたよ」


 視線を空から彼女へと移す。

 彼女の表情は、恥ずかしそうにも、寂しそうにも見えた。


「同じことお願いしてくれてたら嬉しいなぁ」


 僕は答えず、再び空を見上げる。彼女も、答えを聞かない。

 空を見上げ、そこにあるはずの星の瞬きのように、ぽつぽつと呟き続ける。


「最近どう?元気?ご飯ちゃんと食べてる?」

「心配だなぁ、私がいないとすぐだらだらしちゃうんだから」


 ぽつぽつ。


「今何歳だっけ?彼女とかできた?」

「彼女できてたら寂しいなぁ…やっぱりいまのなしで」


 ぽつぽつ。


「今年の夏も暑いのかなぁ」

「私、夏好きなんだよね。アイスおいしいし、スイカおいしいし、そうめんもおいしいし」


  ぽつぽつ。


「プールは気持ちいいし、花火は綺麗だし」

「………」


 彼女の言葉が止まる。


「……君に、会えるし」


 その言葉を最後に、彼女は何も話さなくなった。

時折響く虫の音と、肌に張り付く蒸し暑さだけが二人の間にあった。

お互いに、空を見上げる。


 どれだけの時間、空を見上げていたのだろう。

長い時間の静寂を切り替えるように、ふぅと彼女がわざとらしく息を吐き出す。

心地よい空気感。


 いつのまにか、空が明るみ始めている。

気がつかなかった。

虫の音も、空気の暑さも、見上げている空の星の光さえも。何も気にせず。

彼女の気配にだけ、意識を向けていたから。


「ほんとはね。お願い事、違うことお願いしたの」


 彼女が立ち上がる。


 思わず彼女を見上げようとして、やめる。

明るくなっていく空を見たくなかった。


 太陽の光が届くようになれば、地上からは星の光を見つけられない。

灰色の蓋に閉じ込められた僅かな星空さえも見失ってしまう。


 見えなくたって、空の向こうには星があって。

 同じように光を届けていて。

 それでも太陽には勝てなくて。

 だから人は、夜に星を探しに行く。


 星には願いを叶える力があって。

 今日はその力が強くなる、特別な夜だから。


 星に願いを、込めようとする。


「来年まで、私のこと、忘れないでね」


 こうして、一年に一度の特別は夜は終わる。

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