天帝のメランコリー

桜々中雪生

天帝のメランコリー

『織姫と!』

『彦星の』

『『ショートコントー』』

 いきなりで失礼するが、ここは天界。儂、天帝こと織姫の父は、天界から娘の様子を見ていた。……やれやれ、自分の娘ながら、またおかしなことをし始めたぞ。いくら今日が七夕で、年に一度の彦星との逢瀬とはいえ、いささか羽目を外しすぎではないか? 彦星の顔もあまり乗り気ではないぞ。……まぁいい、しばらく様子を見てやるか。

『ショートコント“七夕”』

『そのまんまかーい!』

『いやぁ、今日は七夕ですなぁ。なんかお願い事でもしまひょか?』

『え、あっ……そ、そう……でんなぁ? そんじゃ、一緒にしましょ……しまひょか! かきかき、っと』

『かきかき、かきかき。……織姫さん、何書いたん?』

『わた、……う、うちは、コレやで! “機織りが上手くなって、もっと綺麗な布(自分用)が織れますように”』

『強欲やなぁー』

『やかましわ! そういう彦星さん、あんたはどうなんよ。見してみぃ。ん? なになに? “宝くじが当たって、その金で天の川を楽に渡れる舟を作りたい”? ……って、あんたの方が強欲やな、にゃ、なっ……ないか!』

『噛んだ』

『気にしない!』

『いやぁバレちゃあ仕方ないですわ。堪忍してくれやー。……ちょっと待って』

 ものすごい三文芝居を眺めていると、流石に彦星が止めた。

『……何よぅ。何か問題でもあった?』

『いや……ありすぎでしょ。このショートコントおもしろいの? ていうかそもそもこれ漫才だし』

『おもしろいに決まってんでしょ? 大爆笑よ抱腹絶倒よ! 腹が捩れるほど笑って、笑って笑って堪忍袋の緒が切れるわよ!』

『いやそれ使い方間違ってるし』

 ……む、娘よ……。お前いつから、そんな阿呆娘になっていたのだ……。儂はそんな娘に育てた覚えはない!

『いいのよ! このコントならきっと、私と彦星の相性の良さに気づいて、父上も、年に一回会わせるんじゃなくって、一緒に住まわせてくれるようになるわ!』

 その言葉に儂はハッとした。それじゃ、毎日七夕じゃないか! そんなに毎日毎日人々の願いなぞ聞いとられんわ! ……じゃない。織姫……そこまで彦星のことを……。

『だから、この爆笑ネタで笑わせることができたら……!』

「笑えるかぁ!」

『あぇ!? ちっ、父上っ!?』

「はっ」

 いかん、思わずツッコんでしまった。だが、ここまできたらもう最後まで言わせてもらう!

「今のネタのどこで笑えというんだ! ただの日常会話の延長ではないか! そんなものでは一緒に住ませてやることなど到底できんな!」

『あの……お義父さん、いつから聞いて……』

「お前に義父さん言われる筋合いはない!」

『はいっ、すみません!』

 彦星は、姿の見えない儂にへこへこ頭を下げ始めた。と、そこへすかさず織姫が彦星の援護にまわる。

『父上っ、彦星にひどいこと言わないで!』

 ふんっ、そこまで言うならお前たちの真実の愛がどれほどのものか、見せてもらおう。

「それなら儂を納得させてみよ!」

『……布団が、吹っ飛んだ』

「ぶっ」

 あれ? なんか今儂……噴き出した? あんな使い古されたダジャレで?

『っし! この調子でハイ次、彦星』

『ええと、じゃあ……電話に誰も出んわ……?』

「ぶふっ」

 あ! またじゃ! 別におもしろいとか思うとらんのに……。

「なんじゃ! お前ら一体儂に何したんじゃ!」

『んっふっふ……実はあのショートコントには、父上の笑いの沸点を下げるまじないが施されていたのだぁー!』

「なんじゃとぉー!? って、んな訳あるかい!」

『こんにゃくを、こんにゃ(今夜)食う』

「ぶふぅーっわっはっはっはちくしょう!」

 なんじゃコレは! アレ!? 儂……ダジャレ好きじゃったんか! なんか特に気づきたくもない一面じゃったわい!

『よぉーっし大笑いよ父上それは! はい、認めてっ、彦星と一緒に暮らすの!』

『え、でも、何か強引すぎじゃ……?』

『やだーっ、さびしいんだもん! 彦星がいなきゃヤダ!』

 織姫は子供のように駄々を捏ね、ぎゅーっと彦星に抱きついた。コラ!

「何しとんじゃい! 離れんか織姫! いつからそんな不貞な女になったんじゃ!?」

『やだもんね! 認めてくれるまで離れてあげないんだからっ!』

 べーっ! と織姫は虚空に向かって思いきり舌を出す。……それは儂に向かってか? ……う、うう……娘よ……お前、いつから親に向かって、そんな……そんな……。

「うわーん! もう勝手にすればいいんじゃあー!」

 儂は思わず走り出した! 娘にあんな扱いをされるなんて……儂、ショックすぎる! ぶえぇぇぇん!!

『あ、あれ……?』

『ええと、結局これって、僕たち……』

『『一緒に暮らせるってこと……?』』

 ううっ、いいもんいいもん、これからずーっと雨じゃもん! 儂いじけちゃう!

『……ぃやったー! 彦星っ、私たちの勝ちね! 父上に勝ったわ! そして私の勝ち! はいっ、賭け金ぷりーず!』

『はぁー……僕の負けかぁ。天帝さまは絶対折れてくださらないと思ってたんだけどな……。はいこれ』

『ふふふ、父上私には甘いから。やった、儲けっ』

『や、あれってそういう感じじゃないような……。まいいか、僕も嬉しいし』


めでたしめでた……し?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天帝のメランコリー 桜々中雪生 @small_drum

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ