第383話 初心に返る後輩ちゃん

 

 突然だが、後輩ちゃんの様子がおかしい。


 いや、毎日おかしいのだが、今日は特におかしい。


 朝は普通だった。学校の間も普通だった。でも、帰宅してからおかしくなった。


 いつものようにくっついて来ない。ハグしたそうに近づいてきたかと思うと、あと一歩で踏みとどまり、ギュッと目を瞑って我慢し、そそくさと離れていく。頭を撫でて欲しそうに頭を差し出したかと思うと、何故かムッとして差し出すのをやめる。


 後輩ちゃんの奇行はいつものことだけど、やはりおかしい。


 今も俺の手にチョンと触ったかと思うと、パッと離す。しかし、またチョンと触って、パッと離す。それの繰り返し。


 何がしたいのか全く分からない。猫のようで可愛らしくはあるのだが。


 修学旅行が近づいて緊張しているのか? 不安なのか? でも、何に緊張するんだ? 何が不安なんだ?


 俺にはさっぱりわからない。もういっそのこと本人に直接聞くか。



「後輩ちゃん」


「は、はいっ!」



 俺の手をじーっと見つめてチョンチョンしていた後輩ちゃんが、ビクッと身体を震わせて顔を上げた。綺麗な瞳と見つめ合う。


 油断したな? この隙に、後輩ちゃんの手をバッと握った。



「ふにゃっ!?」



 本当に猫のような悲鳴を上げて驚いた後輩ちゃんは、勢いよく俺から距離を取った。のほほんと俺たちを眺めていた桜先生の背後に隠れる。


 ふしゃーふしゃー、と威嚇する後輩ちゃんが可愛い。



「と、突然なにをするんですか、先輩!?」


「ただ手を握っただけだけど」


「それはそう……ですね」


「どうしたんだ後輩ちゃん? 帰ってからおかしいぞ」


「でも、とても可愛かったわよ、妹ちゃん」


「うぅ~……」



 何故か不満げに睨まれる。理不尽だ。全然理由がわからないのに。俺が何かしたのか!?


 桜先生の背中から出てきた後輩ちゃんは、そのまま先生の足の間に座り込み、大きな胸をクッションにしてもたれかかる。実に気持ちよさそうで少し羨ましいかも。


 仲の良い姉妹の光景。先生も嬉しそう。後輩ちゃんが恍惚としたドヤ顔なのがちょっと気になるが。



「実はですね、今までの行動を振り返って、初心に返ろうかと思いまして」


「……後輩ちゃん、熱ある? 風邪ひいた? お風呂上りに薄い格好をしてるから熱を出すんだぞ」


「う~ん……おでこを触った感じ、熱はなさそうよ」


「なんで二人してそんな反応なんですかっ!? 私、怒っちゃいますからね! プンプン!」



 うわぁお。あざとい。ぷくーっと頬を膨らませて、ムカつくほどあざと可愛い。クラスの女子たちの前でしたら袋叩きにあうだろうな。


 あっ、桜先生が頬を両側から潰した。ぷすーっと空気が抜けていく。



「もう! 私は初心しょしんに返って初心うぶになるのです! ちなみに、初心に返るとは『何かをしようと決心した時や最初に思い立った際の純粋な気持ちに返る』という意味です。だから私は、先輩と出会った時……には遡り過ぎなので、お隣に引っ越してきた時くらいの純粋で初心な私に返るのです!」



 何を言っているのだろうか、俺の超絶可愛い彼女は。思わず、桜先生と顔を見合わせる。


 ちなみに、後輩ちゃんはただ一人、やったるでー、とやる気に満ち溢れている。



「弟くん弟くん」


「なんだい、姉さんや」


「妹ちゃんがお隣に引っ越してきたとき、妹ちゃんは純粋で初心だった?」


「いいや全然。頭の中のお花畑はピンクに染まっていて、超積極的でエロかったぞ。99.9%くらいはウチの愚妹のせいだが」


「ですよねー」



 解釈一致。やっぱり桜先生もそう思うよね。


 しかし、即座に本人から抗議の声が上がる。



「そ、そこまで淫乱ではありませんよ! 先輩が消極的な超ヘタレ野郎だっただけです! まあ、情報源ソースは楓ちゃんでしたけど」



 よし、今度楓に会った時は、後輩ちゃんの料理の刑に処する。


 ピロリン! おっと、スマホにメッセージが。



 楓 > ちょっとお兄ちゃん! 今、背筋がゾクッてしたんだけど!?



 超能力者か!? 楓のメッセージは無言で既読無視スルー


 そして、顔を上げると、後輩ちゃんがムッツリと睨んでいた。



「……何やら失礼なことを考えた気がします」



 こっちにも超能力者がいた! 慌ててブンブンと首を横に振る。


 流れ出た冷や汗が一筋、遠心力で飛んで行く。



「こ、後輩ちゃん。な、なんで初心に返ろうと思ったのかい?」


「無理やり話を戻しましたね? 強引すぎですし声が裏返ってますよ」


「うぐっ!?」


「まあ、いいでしょう。実は、お昼休みにクラスの女子たちとお喋りをしてたんです。というわけで、回想シーンにいってみましょ~!」


「「 回想シーン!? 」」


「それっ! ぽわ~ん」


 ………

 ……

 …


 ~今日のお昼休みの回想シーン~


『おーい嫁!』


『何その呼び方! お茶みたいに呼ばないで! で? 何の用?』


『いや~、旦那との生活はどうなんだろうなぁって。やっぱり気になるから』


『毎日毎日抱き合ってキスして一緒に寝てイチャイチャラブラブしてますけど、なにか?』


『『『 ペッぺッ! 』』』


『唾吐かないで! 汚い!』


『『『 ちっ! 』』』


『今度は舌打ち!? そっちから聞いてきたのに酷くない!?』


『羨ましいぞ、この野郎!』


『末永く幸せになって、幸せすぎて爆発しろー!』


『血の涙を流しながら言われても……無理しないで』


『うわ~ん! 善意のナイフが傷口を抉るよぉ~……と、ふざけるのはここまでにして、ぶっちゃけ、愛しの旦那とは何回ヤッた?』


『う~ん……何回だろ? 学校が始まってからしてないからなぁ。ちなみに、初めてのときは約6時間ぶっ通しで8回しました。先輩は、18禁小説の主人公です。更にちなみに、私は約6時間、気絶することなく、先輩の愛を全部受け止めました。どやぁ!』


『『『 なにそれ詳しく! 』』』


 …

 ……

 ………


 ~現実~


「おいコラ後輩ちゃん。18禁小説の主人公ってどういうことだ? というか、クラスの女子に何を言っている!?」


「おっと、回想する場所を間違えました。ぽわ~ん」


 ………

 ……

 …


 ~回想シーン その2~


『なんで学校が始まったらヤッてないの? 一緒に住んでるんでしょ?』


『住んでるけど、お姉ちゃんも一緒だからなぁ』


『あぁー。美緒ちゃん先生も一緒に住んでるんだっけ? そりゃできないわ』


『いっそのこと、美緒ちゃん先生も巻き込んで、三人ですればいいのに』


『でも、颯ってヘタレだから無理じゃね?』


『『『 だね! 』』』


『ふっふっふ。みんな甘いよ。白砂糖や黒砂糖、メープルシロップやハチミツ、さらには人工甘味料をドバドバ投入して、凝縮させたものよりも甘すぎるよ! 実は、三人仲良くするために、私とお姉ちゃんは絶賛ヘタレ先輩を洗の……調きょ……教育中なんですよ!』


『『『 な、なんだってー!? うん、知ってた! 』』』


 …

 ……

 ………


 ~現実~


「おっと失礼。また回想シーンを間違えました」


「後輩ちゃん!? 聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど!」


「やだなぁ、聞き間違いじゃないですか?」


「ぶいっ!」


「姉さんが笑顔でブイサインをしてるんだけど?」


「何のことですかぁ? よし、今度こそ! ぽわわ~ん!」


 ………

 ……

 …


 ~回想シーン その3~


『ねえ、毎日毎日イチャラブして飽きない?』


『それあたしも思った。それが習慣化するとマンネリ化するって聞いたんだけど? 倦怠期にならないと良いね』


『マンネリ化……? 倦怠期……? 私と先輩が? ガクガクブルブル……!』


『やっべ。葉月に禁句だったわ。じょ、冗談だぞー。あんたらに限ってそんなことは絶対無いからなー!』


『そ、そうだよ。適度に刺激的な生活を送れば大丈夫!』


『刺激的な……生活?』


『た、例えば、そう! 出会った頃みたいに振舞うとか! 純粋で初心な姿を見せたらギャップ萌えでイチコロかもよ? 良い感じの刺激にならない?』


『なるほど!』


『……葉月ちゃん、つかぬ事を伺いますが、颯くんと出会った頃は純粋で初心でした?』


『当たり前じゃん!』


『『『 本当かなぁ~? 』』』


 …

 ……

 ………


 ~現実~


「―――ということがあったのです。今度はちゃんと正しい回想シーンになりましたね」



 色々言いたいことはあるのだが、一つ問いたい。


 俺がいないところで、クラスの女子とはいつもそんな会話をしているのか!?


 赤裸々に、生々しく、俺たちのプライベートな内容を暴露しないで!


 あとで後輩ちゃんをお説教しておこう。


 取り敢えず、回想シーンによって、後輩ちゃんがおかしくなった理由は分かった。倦怠期やマンネリ化防止の刺激のためか。


 ……必要ないと思うんだけど。いつもいつも、毎日毎日、後輩ちゃんと桜先生によって新たな刺激を受け続けているから。



「弟くんと妹ちゃんって倦怠期やマンネリ化ってするの?」



 やっぱり桜先生もそう思うよね。多分しない。



「まあ、夫婦円満に過ごすためには、性生活の刺激も時々必要よね」



 性生活って言うな! 普通の生活だ!


 う~ん、と何かを考えた桜先生が、何やらポンっと手を叩いて、後輩ちゃんから離れた。四つん這いで移動し、俺にむぎゅっと抱きついた。



「マンネリ化や倦怠期が存在しないお姉ちゃんと弟くんは、いつものようにイチャイチャするわ!」


「むぅ~!」



 そんなに羨ましそうに唸るくらいなら我慢しなければいいのに。逆にストレスになるんじゃないか?


 ドヤ顔をして妹を煽る姉。姉を睨む妹。


 むむむ、としばらく唸って不満げだった後輩ちゃんは、無言でトタトタと移動すると、桜先生とは反対側に抱きついた。はふ~、と可愛らしく息を漏らす。



「思い出しました。初心しょしんの私はこうやって先輩にくっつきたいと思いつつも勇気が出ずにいたんでした。だから、ここ一年の経験により勇気を持った私は、初心に返って先輩にくっつくことにします!」



 顔をスリスリと擦り付け、ふにゃ~っと安心して蕩ける後輩ちゃん。


 くっ! 可愛過ぎるだろ! 反則だ!


 新たな刺激を受けた俺は、マンネリ化とか倦怠期はやってこないんだろうなぁ、と何故か確信した。


 俺の彼女は、今日も超絶可愛い。








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唐突ですが、作者からの宣伝です!


新作! 一話完結型短編ラブコメ (5,216 文字)


<タイトル> ゆらり揺れ・・・


<キャッチコピー> 想いが通じる5分前、ブランコが揺れる。『ねえ、私に言うことない?』


<あらすじ>

三月下旬。

幼馴染の遥と奏多は、小さな頃によく遊んでいた公園のブランコに座っていた。

高校を卒業し、退任式だった今日。

別々の進路に進む二人は思い出を語り合う。


―――想いが通じる5分前。

二人の乗っているブランコがゆらりと揺れる。




※「5分で読書」短編小説コンテストに応募している作品です。


五分ほどで読み終わります。

ぜひ読んでみてください!


URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054934278331








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