みっしつこわい
ある日、四人の女子学生が、大学の近くで一人暮らしをしている友人のマンションへ遊びに行きました。
「あれ? 急にどうしたの」
扉を開けた千代田
「まあまあ、なんでもいいじゃん。ビールとお菓子買ってきたし!」
パンパンに中身の詰まったビニール袋を持った一人が、快活な笑顔で言いました。成人歴一ヶ月にしてビールなしには生きられないという酒豪です。
「ビール飲めるのあなただけじゃない……」
と呆れながら、凪海子が他の三人のほうを見やると、中が見えないようになっている大きな紙袋や、直方体の形に盛り上がった高級そうな赤い袋を手にしています。そして一番気にかかったのは、その三人の中に吉田
凪海子は自然な表情を装って、友人たちを部屋へ通しました。
バストイレへつながる扉や台所の横を通っていくと、突き当りにフローリングの居間があります。中央におかれた丸テーブルの周りにそれぞれが腰を下ろそうとすると、
「この部屋狭いから、荷物は隣の寝室に置いてね」
と、凪海子が入って右手の扉を指差して言いました。
みんなが寝室に荷物を置くと、テーブルに買ってきた飲み物やお菓子を広げておしゃべりが始まりました。
そのおしゃべりの中である時、「怖いものはあるか?」という話題になりました。
その話題をふった酒豪が、
「あたしはやっぱりG。きっと前前前世からあたしを探し続けてるんだね。そっちが全然全部なくなってくださいって感じ」
と言ったのを皮切りに、それぞれが怖いものを発表していきました。
「ウチはねぇ、孤独死かなぁ。死んでから数日間、数週間も自分の死体が見つからないって考えると怖いもんねぇ」
これは、この中で唯一恋人がいる一人です。現時点で一番孤独死から遠い立ち位置なだけに、「別れろ、そして孤独死しろ、ついでにその彼氏もくれ」と心のうちで毒を吐いたメンバーがいたとかいなかったとか。
「わたしはストーカー。わたしが経験あるわけじゃないんだけどね。自分の知らないところで監視されてたらとか、想像するだけでゾッとしちゃう」
と言ったのは凪海子です。彼女はこの中では最も美人の部類に入ると言ってよく、あながち縁遠いものではないと誰もが思ったのか、今度は一座に肌寒い空気が漂ったようでした。
「怖いもの。そんなの決まってるじゃん! 殺人だよ、殺人! 身の回りで実際に発生したら物語みたいに推理なんかできっこないんだからね!」
ちんちくりんな一人がこう言いました。それを怖いと言っていいのかは置いておくとして、彼女は推理小説や刑事ドラマが好きなくせに、現実でそういうことは起こるはずがないという冷めた思考の持ち主です。
各々が怖いものを発表すると、最後に残った好桃が、不敵な笑みでこう言いました。
「フフフ。あんたたち、そんなものが怖いの? どれも大したことないじゃない」
それを聞いた凪海子は、ついムッとして言い返しました。
「大したことないってなによ。そういうあなたは怖いものはないの?」
「ないわね!」とすかさず返した好桃は、一転してか弱い声音になって言いました。
「いや……よく考えてみたら一つだけあるわ。密室。密室が怖い」
「密室が怖い?」
その場の一同が声を揃えて好桃の言葉を繰り返しました。
「密室って、ミステリの定番ともいえる、あの密室⁉」
ミステリマニアのちんちくりんが身を乗り出して訊きました。ミステリマニアはえてしてこういうところがあります。
「ううん、その密室じゃなくて、単に閉じた狭い空間ってこと。昔からダメなの。部屋のドアは開いてないと気がすまないし。うっ……密室って言葉を聞いているだけで気分が悪くなってきたわ……。凪海子、ちょっと寝室を借りてもいい?」
好桃の顔には疲れきったような表情が浮かんでいます。
「うん、いいけど……。好桃大丈夫?」
凪海子が心配そうに訊くと、
「ちょっと横になれば回復すると思う……ごめんね」
と言って、好桃はふらふらとした足取りで隣の寝室に入って行きました。
「ベッド使っていいからね」
という凪海子の言葉を聞くと、好桃は寝室にあるベッドに寝転びました。
密室が怖いと好桃が言ったこともあり、寝室の扉は開け放っていましたが、酒豪が声をひそめてこんなことを言いました。
「ねぇ、ちょっとイタズラしてみない?」
彼女は、寝室を密室にして、目を覚ました密室嫌いの好桃の反応を伺おうという計画をささやき声で打ち明けました。
先程の傲岸な態度がひっかかっていたのか、凪海子を含めた一同は揃ってそのイタズラに賛成しました。
さっそく寝室の扉をそっと閉めると、力仕事に自身のある彼氏持ちが、好桃が中から出られないように外開きの扉を押さえる役を買って出ました。
三十分くらいが経つと、寝室からうーんと唸るような好桃の声が聞こえてきました。
「好桃、起きたみたいねぇ」
と言って、彼氏持ちが扉を押さえ始めました。
「ひゃっ! なにこれ! ドアが!」
起き出した好桃が密室状態に気づいて取り乱している様子です。慌てたように扉の方へ近づいてくる足音がすると、
「嘘! なんで! 開いて、開いてよ!」
ノブをガチャガチャと動かしたり扉をバンバンと叩いたりで、ものすごい音が響いています。
居間にいる四人は悪戯めいた笑いを堪えています。すると突然、
「きゃあああああああああああ!」
という好桃の叫び声が寝室の扉を通して聞こえてきました。
一同がビクッと震えて沈黙すると、扉の向こうからは静まり返ったように何の反応もしなくなりました。
このただならない様子に対して、
「ゴキブリが出たんじゃ!」と酒豪。
「中でポックリ逝ってないかなぁ、大丈夫かなぁ」と彼氏持ち。
「さすがにそれはないでしょう。でもショックで倒れているかもしれない」と凪海子。
「密室殺人だよ! ああ! まさか現実のものになるなんて!」とちんちくりん。
一同は相談して扉を開けることにしました。
扉を押さえていた彼氏持ちが、凪海子に扉を開けるように促しました。
「なんでわたしが?」
と凪海子が不思議そうに訊くと、
「だって怖いもん」
と、あまり怖くなさそうに彼氏持ちが返しました。
しかたなく凪海子が扉を開けた瞬間、発砲音のようなものが彼女を襲いました。
危険を感じて瞑った目を恐る恐る開けると、なんと、悲鳴を上げていたはずの好桃がクラッカーを入り口に向けているのです。
凪海子が部屋を見回すと、寝室の四方の壁には折り紙製の輪飾りが巡らせてあり、正面には「おたんじょうびおめでとう」と一文字ずつ書かれた紙皿が貼られています。そしてベッド脇にある小さなテーブルの上には蝋燭に火が灯された丸いケーキが置かれています。
「え、これってどういう――」
突然の出来事に戸惑っている凪海子に、
「誕生日、おめでと!」
と朗らかに言って、好桃がパーティー用のとんがり帽子を凪海子に手渡そうとしています。
そう、この日は千代田凪海子の二十歳の誕生日だったのです。
「密室が怖いって、ドッキリだったのね」
帽子を受け取りながら、凪海子がかろうじてという様子で言います。
「主役の家でサプライズパーティーを開くっていうドッキリよ! 私が考えたの。すごいでしょ!」
密室となった寝室で好桃が会場を飾り立てていたのでした。もちろん、酒豪、彼氏持ち、ちんちくりんもグルです。
寝室が暗くなり、『ハッピーバースデートゥーユー』の唱歌が始まりました。
テーブルの前に座って、凪海子が照れくさそうに二十本の蝋燭に灯った火を吹き消すと、部屋に拍手の音が響き渡りました。
「みんなありがとう。でも本当にびっくりしたんだから」
と言いながらも、凪海子は花のような笑顔を浮かべています。
「ごめんね。でもこういうのは手を抜かないほうがいいって思ったのよ」
好桃は申し訳なさそうに、でも得意げに言います。
自分のことを嫌っているのだとばかり思っていた好桃が、自分の誕生日をこうして祝ってくれている。自分はなんて愚かな勘違いをしていたんだろうと罪悪感を覚えながら。凪海子は嬉しい気持ちでいっぱいです。
ケーキが切り分けられ、再び談笑が始まりました。
「それにしても、好桃が本当に怖いものってなんだったの?」
凪海子が訊くと、好桃はこう言いました。
「そうね……自分の才能が怖い!」
*
その夜、大学の近くで同じく一人暮らしをしている好桃が、暗い部屋で耳にイヤホンをあててディスプレイを眺めています。
「今日はびっくりしたけど楽しかったなぁ」
イヤホンから聞こえてくるその声の主、そしてディスプレイに映っている人影は、寝室にいる凪海子です。
好桃は密室嫌いを装って寝室に一人閉じ込められるという状況を作り、凪海子の誕生日会場をセッティングしました。しかし、実はその裏で好桃は凪海子の寝室に隠しカメラを仕掛けていたのです。
好桃は隠しカメラを仕掛ける方法を考案しているうちに、サプライズパーティーをカモフラージュにすることを考えついたのでした。それによって、密室内で誰にもバレず安全に隠しカメラを仕掛けることに成功したのです。
「凪海子が悪いんだよ……。凪海子が可愛すぎるから、私ついにこんなことしちゃった……」
寝室のベッドでくつろいでいる凪海子を盗み見ながら、好桃は恍惚の表情で口を歪めています。
「はぁ……凪海子の可愛さが怖い……」
ひとくちミステリ はんげつ @hangetsu2018
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