彼女の負けられない戦い

朝凪 凜

第1話

梅雨だというのに雨の降らない日々が続く。

「今日も暑いね。これじゃあ干からびちゃうね」

「お、干からびたら静かになって私は嬉しいな」

朝のホームルームが終わって既に溶けているのが一人。桧山透は夏が好きだ。

夏が好きなのと暑いのが平気なのは別ということだろう。

小宮由紀が干からびそうだという透に同情すること無く

「ほら、干からびたらもう学校行かなくていいし、夏の間ずっとミイラになっていられるし、最高じゃん」

と畳みかける。

「夏は遊びたい! 夏休みは我ら学生の義務だ! 何もしないで過ごしたい!」

「ミイラになれば何もしないよ。ほらほら」

「お婆ちゃんみたいなシワシワにはまだいいかな……。ほら、まだ見目麗しい女子高生ですよ」

「それはそれとして」

「えー」

「その手にしてる指輪はなんなの?」

「おっ、気付いちゃったね? これすごいやつなんだよ。どうしようかな、教えようかなー」

「そこまで興味ないから教えたくないなら聞かないからいいよ」

「聞いて聞いて! もっと積極的に興味を持って!」

「面倒くさいなあ。じゃあその指輪はどうしたの?」

「へへー。なんと! 家にあったからちょいと拝借して参りました。銀の指輪らしいよ」

「らしいよ、って、それ結構高いんじゃないの?」

「んー、高そうだよね。なんかこう、すごくオーラが、こう、すごいじゃん?」

「すごさが分からん」


「でも、その指輪外しちゃ駄目だからね。あんた絶対無くすし」

「さすがにそんなことは無いけど、無くさないようにしなきゃね」


そんな話を繰り広げ、授業が始まる。そして4限は体育だった。

透は体育には指輪をしていったら怒られるだろうと思って、着替えの中に仕舞った。


  * * *


「体育終わったー。死ぬほど走った。疲れて死ぬかと思った」

「バスケットは走り廻るから、本当よく走るよね。私なんか透の半分も動いてないわよ」

「今日のお昼おなかすいたし、なんか食べたい」

「ん。パン買いに行くか」

「おー」

更衣室で着替えて、教室へ戻っていく二人。

「焼きそばパンって、あれ食べにくいよね。なんでパンに焼きそばを入れようと思ったのかな」

「ピロシキみたいなのが食べたかったから焼きそばを入れてみたとか。パンと焼きそばを一緒に食べたかったとか」

「どっちも炭水化物じゃん! 炭水化物イン炭水化物じゃん! たこ焼きにご飯みたいなもんじゃん!」

「それ以上はいけない。大阪の人に怒られる」


「あれ、そういえば指輪は?」

「ん? 指輪……? あれ? 私体育の後指輪どうしたっけ?」

「知らないけど、何、まさか……」

「あれ? これもしかして結構まずいやつ?」

「勝手に持ちだして無くしたら怒られるんじゃない?」

「だよねー。無くしたらお母さんに殺される。

 私はまだこんなところで死にたくない! ちょっと探してくる!」

ダッシュで更衣室まで戻る透を呆れ顔で見送る。

「先にパン買っておくからねー」

返事の代わりに手をブンブン振りながら走る。


1階にある購買まで来て、さてどうしようかなと思案する由紀。

ふと外を見ると花壇に向日葵が花開いていた。

「もう向日葵が咲いちゃって。まだ梅雨なのに」

そうだと思い立ち、パンを買う。ついでに透の分も。

「戻る頃には指輪見つかってるいいけどな」

見つからなかったら大変だなと思いながら教室に向かう。


教室の自席に着いてパンを食べようとしたところで透が戻ってきた。

「無かった!! やばい!!」

焦っているのを由紀は面白がって見ている。

「やばいじゃん、どうすんのよ」

「やばい!! 私は死ぬしか無い!」

やばいと言いながら机の中を探したりしている。

しばらく色々なところを探し回っているのを見て、由紀が声を掛ける。

「いや、ちゃんと探した?」

「探した探した!」

「着替えるときにスカートに入れてなかった?」

「え? スカート?

 ……あった!! なんで!?」

「いや、見てたし」

「もっと早く言って!!」

「ちょっと焦ってるのが面白くてつい」

「『つい』じゃ無い! 私の命が掛かってるんだから!」

「まあまあ見つかったし、良かったじゃない」

「寿命が数年は縮んだと思う」

「ミイラになってた方が良かったかもね」

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彼女の負けられない戦い 朝凪 凜 @rin7n

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