背伸びしていたあの頃
糸花てと
第1話
テレビ画面からあふれる感情。
朝から並んでる人もいるんだって。おいしいのかな。流行りのお店。
主婦に人気のファッションだとか。ポイントが増えてお得なお店だとか。
──
でもね、すみっこのほうで。羨ましいなって、覗いてるわたしがいるんだ。楽しそうだなって。
さて、バイトへ行きますか。
ほとんど手作業の、簡単な仕事。そこでの悩みは肩こりだ。
「…──あぁ、トイレ以外に動いてない」
「アハハ。あるよねー。もう少ししたら、急ぎの仕事入るかもだし。そうなれば、動けるよ」
嬉しくもない。先輩の妙な励まし。
嫌ではないんだけどなー、刺激が欲しい? 目立つのはイヤなくせに。
「髪、まっくろ…っすよねー。年頃にしては珍しいと思うんすけど」
年齢はそちらが上。仕事の経験では、わたしが上。
「髪が傷んじゃうって知ったら……やらない方がいいんだ。そう思ってしまって」
いま思うと、理由をつけては楽しさを遠ざけていたんだ。
「良い子すぎて、損してますね」
「わたしも、そう思います」
校則違反をするだとか、あとで損するのにやる意味は? そう考えた学生時代。その時期だからこそ許される事。
やればよかった
雨ふりの中を歩いてみる。傘も持たずに何してるの? 出発してから雨ふってきた? 天気予報見なかったの?
きっと、こう思うよね。冷たくていいかもしれないのに。すこしは開放的かもしれないのに。
落ちそうな
水の塊が手のひらに、おちた。すこし重い、すこし痛む。
「傘忘れました?」
「天気予報見てなかったら、ダメな大人なんでしょうか?」
「むしろ、きちんとした大人って、なんすか?」
傘を広げてこちらを伺ってきた。いいんだろうか。
「おじゃまします」
「相合い傘をしたら、次のバイトで影響出たりするんすかね? 付き合ってんのーとか」
「ありえなーいって、笑い飛ばしたいな」
「なにそれ、酷い……」
もしかしたら、一線を越えるかどうするか。なんて考えてるかもしれないね。
だれかの声で傷付いて、
だれかの言葉で勇気が出てきて、
その声や言葉を、だれかに伝えたい。
みえないのに、傷つけてしまうんだから。難しい。
「紐ゆるめて何してんすか?」
予想通りの言葉がきた。イタズラに笑みを向けて、雲の隙間から日が射す空へと足を投げ出す。「あーした、天気になーぁれっ!」
今日はそのうち、昨日へと変わる。明日もできるから──じゃなくて。スニーカーは曲線を描き、水溜まりに落ちた。
「──あら~、そんなんするキャラでしたっけ?」
日頃から地味だし、この反応も予想通り。ちょっと楽しいと感じたのは、わたしは子どもっぽいのかも知れない。
べつに汚れても大丈夫。そのとき、その瞬間が後悔にならないように。
背伸びしていたあの頃 糸花てと @te4-3
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