今回の旅の終わりにむけて。

 白獅子はグレンたちを相手にしたときと違い、積極性を欠いていた。

 とは言えそれは彼自身が消耗しているからでもある。異形と化していた身体は普段の身体に戻りかけているが、グレンとの戦いで負った傷により、その身体は不安定だった。



 何が不安定なのかというと、素直に元の姿に戻れていない。

 背中から生えた腕はグレンに切り落とされた。肩甲骨にはその余波が残り、傷跡に押し寄せた毛皮と隆起した骨で不自然な体躯を作り出している。



 容貌だってそうだった。

 凛々しかった顔立ちは溶けたように不気味で、片側は目が三つ。もう一方の目は一つに戻っていたが、瞳が忙しなく上下左右に動き普通じゃない。



 ――――カールハイツはその様子を、どぶに浮かぶゴミ程度に思い眺めていた。



「そりゃ、決まってんだろ」



 カールハイツは白獅子の問いに答える。



「俺様が強いからだ。だから薄汚れた石に色々されたところで、こうしてのうのうと生き永らえてるってことよ」


「貴様……聞き捨てならんぞッ! 聖石をなんと心得るッ!」


「薄汚れた石って言ってんだろうが。分かるか? 俺はてめェらみてェなカス以下の獣人みたく、自分たちに都合のいい正義に落ちぶれちゃいねェ」


「ぐっ……貴様ァッ!」



 白獅子は牙を剥き、痛みに堪えながら腕を振り上げた。

 背後にいるカールハイツに向け、それらで容赦なく襲い掛かる。



「落ち着けよ、猫野郎」



 が、また同じ結末を迎えた。

 背後に身体を向けると、そこにカールハイツはいない。その男は既に白獅子の背後に居て、更に振り向いて顔を向けたところで目で追うのがやっとだ。

 白獅子の目には、カールハイツが瞬間移動しているようにしか見えないのだ。



「話を聞く前にてめェが死んじまうぜ、勘弁してくれ」


「死ぬのは貴様だッ! カールハイツッ!」


「はぁ……くだらねェ。あァ、最高にくだらねェよ」



 ――――ふと。



「ッ……余の身体が……!?」



 白獅子の身体が言うことを聞かなくなった。動くのは顔のパーツのみだ。

 ………カールハイツに時を止められたのだろう。



「ぐぉぉお!?」



 戸惑う白獅子の身体に衝撃が奔った。

 その身体は大地に寝かされ、大の字に転がり天を仰ぎ見る。頭のすぐ横に、白獅子を蹴り飛ばしたカールハイツがしゃがみ込む。



「お前、間抜けだよな」


「な、何を――――ッ」


「黙って聞けよ。……実際間抜けだろ、てめェは自分で仄めかしたんだからよ。俺が死んでると思ってたってことはよォ、俺がアンガルダでどうなったか知ってたってことだろうが」


「ッ…………」


「ま、俺もタダで情報を聞こうと思ってるわけじゃねェ。これは取引だ。俺様はてめェから色々聞きだす。で、てめェは俺がどうやって生き残ったか知れるって話だ」



 白獅子は少しの間、返答に迷った。

 助命を求めるがために熟考を重ねたのではない。ここで自分がどう動けばいいのか、預言者のためになるのか答えを探したのだ。



 だが。



「はァ……面倒くせェからもういいわ。俺が勝手に話すからカス猫は黙って聞いてろよ」



 先手を打たれ、言葉を発しようとしたところで口を水で満たされた。その水は何もない宙から生まれた。

 白獅子はその水が、カールハイツの魔法によるものだとすぐに悟った。



「俺は聖石が何で造られたのかってのを調べてみた」


「ッ――――」


「ついでに、聖石が砕け散ったときの反応もだ。ま、さすがに俺様の身体に埋め込まれたのが破壊されたときのは知らなかったから、てめェのが壊されたときの様子で確認した」



 目を見開いた白獅子が、鬼気迫る表情でカールハイツを睨みつける。



「で、だ。馬鹿みてェな数の鉱物を調べた結果、俺様はそれらしき鉱物を見つけたわけだ。だがその鉱物は神話に出てくるような非現実的なクソみてェなモンだったし、実際にあるかどうかもわからねェ眉唾だったってわけよ」


「ッ――――! ――――ッ!」


「だが、噂によると実在したらしいぜ。――――『女神の心臓、、、、、』、この大陸を作り出したっていう女の魔石、、とやらが、あのガルディア王国にあったとかなかったとかって話だ」


「ッ――――……!」


「しかしそんなものを見つけたって話は聞かねェ。戦後、連合国軍の誰かが盗んだって説も考えたが、そうでもなさそうだ。最後の戦いのとき、あの化け物、、、、、が居たせいで城に入れた者は僅かだったからな」



 カールハイツは平然としていた。

 水に苦しむ白獅子を見て、眉一つ動かさなかった。



「ガルディアはその女神を信仰してたしな。長い歴史のあるガルディア王家が密かに持ってたとしたら、俺様としてはしっくりくる」


「…………オ……ォ……ッ!」


「女神の心臓には逸話があるらしいな。秘めた魔力を完全に開放することが出来たら、その女神さまを世界に顕現できるとかなんとかだってよ」


「グォ………ヴヴォ……ァ……ッ!」


「そういやさっき、てめェの石が砕かれたときは面白い反応があったぜ。この森を見てみろよ、木々が枯れてんだろ? コレ、てめェの石が砕かれたときに一緒に枯れたんだぜ」



 ここまで言うと、カールハイツは白獅子の顔に手を伸ばす。

 仕方なく顔を寝かせると、口を満たしていた水を大地に流させた。



「ハァッ……ハァッ……貴様……このッ……」


「喉が渇いたらいつでも言えよ。俺様は水属性の扱いも得意だからな」


「…………下種な男よ」


「ハッハァッ! 小物に下種って言われたところで響かねェよ!」



 高笑いを交えて言い放ったカールハイツは立ち上がり、白獅子に背を向けて歩き出す。



「もう十分だ。俺様の考えは間違ってないらしいな」



 更に歩を進めるカールハイツが背中越しに言う。



「女神の心臓が秘めた魔力は尋常じゃない。おおよそ人の身に余る力が秘められてるから、わざわざ七つに分けて聖石を作ったってとこだろ。その力を解放することで使用者の身体は異形に変わり、依代になった人間はその代償に命を失うってわけだ」


「待てェァッ! カールハイツッ!」 


「俺が気が付いた与太話もそうだ。――――話が繋がってんだよ。ガルディア戦争は聖地、、、、、、、、、、に仕組まれた戦争、、、、、、、、だってことにな」


「この……貴様ァッ! その口で聖地と呼ぶことは許さんぞォッ!」


「表情と態度で教えてくれて助かったぜ。あの糞よりもクソな預言者様は、聖石の力を解放することで女神さまを呼ぼうとしてるって理解できた。目的はわからねェが、狂信者の考えに価値はねェ。――――ああ、最期に俺が生きてる理由だけでも教えてやるよ」



 すると、カールハイツの足が止まった。

 彼は倒れたままの白獅子に振り向き、口角を上機嫌に吊り上げた。つづけてグレンにより砕かれた聖石があった胸元をさらけ出し、傷一つない滑らかな肌、、、、、、、、、、を見せつける。



「俺の身体だけ過去のままなんだよ。あの御子、、と戦う前でもなけりゃ、聖地の連中に聖石を埋め込まれる以前のままってわけだ」


「な――――」


「何故かって? んなの、俺の身体が常に時を遡った状態を維持してるからに決まってんだろ。考える力が足りねェぞ。殺されてェのかよ」



 カールハイツが聖石により身体が変貌し、スキルが覚醒、あるいは進化を遂げたことで得た力であった。

 それにより時間を止めるだけに限らず、彼は時を遡ることまで可能としていた。

 その力を生命の維持にだけ用いることで、こうして死を免れることを可能としていた。



 ゆえに、魔法を解いたらすぐに死に至ってしまう。

 だからカールハイツは専用の薬物や、魔道具に用いる魔力の供給材なども用いる生活を過ごしている。



「じゃあな。もう二度と会うことはねェだろうから、てめェの面は今日限りで忘れとくぜ」



 彼がそう言うや否や、白獅子の巨躯に自由が戻った。

 勿論、白獅子は飛び起きた。

 自分に背を向け、猶も悠長に歩くカールハイツの背を引きちぎらんと、足を前に前に押し出し飛び跳ねる。



「――――約束だ。最期はくれてやる」



 面前のカールハイツが明後日の方角に語り掛ける。

 僅かに視線をその方角に向けると。少し離れたところの木に背を預ける、古びたローブに身を包んだ者を見た。



 誰だろうか。

 疑問符を浮かべながら闘気をありありとさらけ出す白獅子の頭上――――天空。

 星空の奥から、一際輝く光芒が舞い降りた。

 その一閃は空を見上げた白獅子の眉間を照らし――――。



「ええ。ありがとうございまス」



 ゲオルグの声を以て、レギルタス同盟が国家元首・白獅子の眉間は貫かれた。







 ◇ ◇ ◇ ◇




 ああ、またか。

 間違いなく夢の中だというのに、明確な意識と辟易とした感情に加え、心に押し寄せる消沈したナニカには呆然とした気持ちにさせられる。



 ――――彼はいつも、傍観者として謁見の間に居た。

 そして、傍観者として自らの過去を見せつけられていた。



『皇帝陛下。私が欲しているのは答えだ』


『余は答えたであろう。不敬であるぞ、アルバ―ト』


『答えてなどおりませぬ。それに、この私の振る舞いが問題であれば、誰か人を呼べばよろしいでしょう。クリストフでも近衛騎士団長でも構いませぬ。あるいは帝剣を呼び出してもよろしい。ただ一人、我が家に戻った彼女はおらずとも、十分な戦力となりましょう』


『アルバートとて、そうなればただでは済まされぬぞ』


『お好きになさるとよろしい。だが、覚悟めされよ。クリストフも近衛騎士団長も、そして帝剣を失い、この私を失う可能性もあると言うことを」


『その人数を相手にしても相打ちになると?』


『ええ。奴らだけならばこの私だけでも。ですが、そこに陛下の剣が加わるなら話は変わって参りましょう。私はその者らを討ち取ったのちに、陛下の剣で身体を貫かれるつもりです』



 この場に現れるアルバートはいつもこうだ。

 常に凛然と、覇気に満ちた声色で答えるばかり。

 夢の主はその声を前に堂々としているように見えるが、実はそうではない。心の底まで追い詰められ、思うところがあるからこそ、こうして今も夢に見ているのだ。



『もう一度言う。余は答えた』


『ッ――――!』



 態度の変わらぬ彼を見て、これまで膝をついていたアルバートが立ち上がる。

 大股で、おおよそ謁見するに相応しくない態度で。その足はすぐに面前に座る彼の前に向かって、そのまま彼の豪奢な服の胸ぐらを掴んだ。



レオハルト、、、、、ッ! どうして私に嘘を吐くッ!?』


『嘘などついておらぬ。アルバートが勘違いしているだけであろう』


『私が何年お前の隣にいたと思うッ! 皇帝となったお前の傍で家臣として――――そして、友としてッ! そんな私が、お前の嘘に気が付かぬわけがないだろうッ!?』


『…………』


『どうして黙るのだ! 友にも真実を告げられぬと言うのかッ!?』



 彼は――――レオハルトは夢の中の自分から目をそらした。

 立ち去りたくもあったが、それは許されない。夢が覚めるまで抗うことが許されず十何年も昔の会話を聞かされるのだ。



『彼女は死んだ』


『…………何と言った?』


『狼狽えるな。これが真実だ』


『…………嘘を吐くな』


『嘘なものか。これがお前の望んだ真実だ。アルバート』



 その刹那、アルバートは腕を大きく振り上げた。

 握られた拳は遠慮なくレオハルトの頬を強打する。

 過去のことなのに、今同じように殴られた感覚に陥るほど心に強い衝撃を残す。目を背けたから届くのは音だけなのに、それが逆に鮮明だった。



 けど、幸いなことにここまでだ。

 この後のやり取りまでつづかないことだけが、レオハルトにとっての幸運である。



 やがて視界は霧に覆われ、目が覚める準備がはじまる。

 あっという間に意識が奪われていき、次に覚醒したとき――――。



 そこにはいつも通り、寝室の天井が広がっていた。

 


「…………また、あの夢か」



 唾棄して、隣で眠ったままの王妃の顔をそっと覗き込む。

 彼女が眠っていたことにレオハルトは安堵した。今まで見ていた夢のせいで、変な寝言を口走っていなかった心配だったのだ。




◇ ◇ ◇ ◇



次話で今回の章を終わり、次の章へ移ります。

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