デートっぽいことから。
あの後は二人が待つ寝室へ向かった。
……って言うと語弊がありそうだが、実際にそうだったのだから仕方ない。
そこで俺は、翌日のことを二人と話した。
一応、アリスにはミスティの傍仕え的な役割がある。実際には話し相手が関の山だが、ミスティにとっては重要な仕事だ。
だから俺とアリスは会談の最中を自由時間とすることに決める。
ラドラムの提案通りになったことは若干不満が募るものの、特に反対する理由もないため採用された。
「うっわぁー……見てくださいよ、グレン君」
朝食後に軽く休憩を取り、街に繰り出した俺とアリス。
燦々と降り注ぐ陽光が石畳に照り付け、熱波が反射される中、アリスは俺に肩を寄せて自分の腕を指さした。
言われるままに目を向けると、肩ひもがあった場所を囲むように若干肌が焼けていた。肩ひもが指先でずらされて、白磁の肌が俺の目に晒された。
「どうですどうです? アリスちゃんってば日焼けしちゃいました」
「知ってる。分かったから外で大胆なことをしない」
「むむっ、ということは――――」
「屋内なら大丈夫という意味ではないから、そのつもりで」
「…………別にグレン君しか見てないんですし、大丈夫じゃないです? 何のために肩を寄せたと思ってるんです? 私がただじゃれついたとでも?」
今の今までただじゃれついてただけじゃねえか。
「あ、見てください! アイスですよアイス! 知ってます? アイスって冷たいお菓子なんですよ!」
つっこみを入れる前にアリスの興味が逸れた。
彼女は俺たちの前方を指さして、楽しそうに声を弾ませる。
「食べたいの?」
「食べたいですっ!! っというわけで、行きましょっか!」
面倒な絡みをされる前に先手を打つ作戦が功を無し、匂い立ちそうな白磁の肌が遠ざかっていく。
でもすぐに一定の間隔を保ち、気が付くと俺の手を引っ張っていた。
俺はそんな、軽快に歩きはじめたアリスの背を見る。
別に変装と言うほどではないが、今のアリスは目立たぬような服装に身を包んでいる。大きな麦わら帽子だったり、簡素なワンピース姿であったりなど、つまるところ、ハミルトン領に居たときと似たようなものだ。
それでも隠し切れない華は、時折、異性の目を容赦なく引き寄せる。
今回もそうだった。
魅せの前で止まって身体をくの字に折ったアリスを見て、近くの異性が息を呑んだのが分かった。
「グレン君はどれにします?」
しかし、アリスは気にすることなく俺に振り向いた。
可憐な笑みを浮かべ、俺にだけ人懐っこく。
「どれどれ」
店は馬車を改造して作られたもので、荷台には樽に似た金属製の入れ物がいくつも並んでいた。
入れ物の前にメニューと思わしき紙が置かれている。
俺はその中から、柑橘系の香りがした樽を指さした。
「お嬢ちゃんはどうする」
「私はこれとこれと、あとこれとこれで!」
店主の声に対しアリスが立てつづけに指を差す。なるほど、四段か。
店主はアイスをスプーンで掬って、最初に俺が注文したものを用意した。つづけてアリスが頼んだものを四段に重ねた。
スプーンで掬われたアイスは、一見すると硬いパンのようなものに乗せられて、俺たちに手渡される。
俺が懐から財布を取り出して支払いを終えると、アリスは近くの長椅子を指さして口を開く。
「あっちに座りましょっか」
人でごった返した街の中で、幸いにも座る場所を確保できた。
ちなみに、長椅子と言っても二人が吸われる程度の広さだ。
「近くない?」
三人で座るには狭いけど、別に窮屈とまではいかない。だというのに太ももが擦れ合うほど近く、なんだったら肩なんて密着するほど近い。
アリスのほんの少しだけ汗ばんだ二の腕が、俺の腕に触れていた。
「私、共通語とかよく分かんないです」
「喋ってるじゃん」
「――――あ、これ美味しいですよ。ほら、グレン君も一口どーぞ!」
「誤魔化したし……ま、まぁいいや。じゃあ、遠慮なく」
俺は言われるがままに顔を動かし、アリスが手にしたアイスの最上段を食べた。
少しほろ苦い。コーヒーのような味だった。
「美味しいです?」
「たぶん」
「はぁ~~……多分ってなんですか、多分って。アリスちゃんのアイスが食えないとでもいうんですか?」
「感想が微妙だったのは謝るけど、俺はちゃんと食べたよ」
「言われてみればそうでした。――――ではでは、溶けないうちに……っと」
アリスは俺が食べた跡を何も気にせず口に運んでいた。
無邪気というか、無警戒というか……。
それだけ心を許してもらえっているのだろうが、隣で嬉しそうにアイスを食べる姿を見ていると、気にしている自分が馬鹿らしく思えてくる。
「…………」
「ふわぁ~~、これも美味しいです」
「…………」
「あ、こっちも!」
「…………」
「完全勝利ですよ、これは。見てくださいグレン君。四段すべて、私が思った通りの美味しさでした」
そりゃよかった。
一段食べるごとに物理的な距離が狭まってる気がするけど、これについてはどう思う? そんな目を、密着したか肩に向けてみる。
「あ、気になる感じです?」
「うん。いつになく近いなって思ってた」
「ドキドキしちゃいました? もしかして、胸が早鐘を――――打ってないじゃないですか! なんなんですか! まだ遠いとでもいうんですか! いーですよ! やってやろうじゃありませんかぁっ!」
こうしてまた近づいた。
なんというか、本当に限界まで近づいていると思う。
吐息なんか俺の首筋に届いてるし。
「急すぎるから逆に冷静になってるって感じだよ」
「ほむ……。ではでは、今と同じことを宿でしたらどうでしょう?」
「色々な意味で勘弁してほしい」
するとアリスは勝ち誇った顔を浮かべ、若干離れて行った。
離れたといっても、それでも肩は密着していたが。
「急にどうしたのさ」
「マーキングに決まってるじゃないですか」
さも当然かのように言われた俺の身になってほしい。
「昨日の夜、ミスティから聞きましたよ」
「もしかして、ロータス家の話?」
「ですです」
だから俺が合流したとき、妙に警戒していたのか。
朝は大丈夫だったから安心していたのに、ここで攻勢に出るとは予想していなかった。
「でもよく分かんないんですよね。マーキングってどのぐらい匂いを付けておけばいいものでしょうか」
「あー……したことないから分からないや」
「てか、逆に考えてみてください! これって、私がグレン君にマーキングされているといっても過言ではないのでは――――ちょっと! 何でもっと離れるんです!?」
「だから外なんだって!」
この話の着地点はどこになるのだろう。
アイスを食べ終えた俺は照りつける陽光に暑さを覚え、首筋に浮かんだ汗をぬぐいながらそれを考えていた。
離れた分、アリスが距離を詰めていたがもはや何も言うまい。
「ん、あれは……?」
こうしていると、近くの道を民族衣装に身を包んだ者たちが歩いていった。
男女入り混じったその団体が着た服は統一性がなく、色とりどりで、しかも意匠に富んだ様相である。
何かの出し物だろうか?
疑問符を浮かべて眺めていると、アリスが俺の服の裾をつまんだ。
気になります? と彼女は俺に尋ねる。
「知ってるの?」
「ちょっとだけですけどね。各国の民族衣装に身を包んだ団体が町中を歩くって聞いてたんで、多分それじゃないかなーって思ってます」
「へぇー……興味深いな」
「ちなみにグレン君って、各国の民族衣装について、どれぐらいご存じですか?」
「お恥ずかしながら、自国の民族衣装も見たことがないぐらいかな」
すると、アリスが微笑んだ。
そのまま、周囲の者たちの声で話しにくくならないよう、俺の顔に自分の顔を寄せてきた。
「こほん。ではでは、アリスちゃんがご説明致しましょう」
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