色々な国の話とか。

 説明すると言ったアリスが「あれ?」と小首を傾げた。



「あーでもでも……よく見たら、シエスタとケイオスの人たちは居ませんね。別の場所を練り歩いてるのかも」


「なら、歩いてる人たちだけで大丈夫」


「りょーかいです。私たちの国とかは、今度一緒に本で勉強しましょうね」



 そう言うと、アリスは俺に顔を寄せてある一団を指し示す。

 一団を構成しているのは獣人や、外見が爬虫類のような異人たち。他にも耳が長い見目麗しい男女などが居て、皆例外なく、革製の装備に身を包んでいる。



「あの人たちはレギルタス同盟ですね」


「へぇ………」



 俺はその中でも、獣人に意識を奪われていた。

 理由は獣人たちが先日の俺に向けていた視線によるものだ。



「レギルタス同盟は異人たちの小国家が集まった国です。国土に森林が多く自然豊かな地形のため、古くから、革製で身軽な装備が好まれていました。ちなみに国民の八割が異人で構成されていて、純粋な人の数はかなり少ないです」


「教えてくれてありがと。ついでに、一つ聞いてもいい?」


「私のスリーサイズでしたらいつでも――――」


「違う。…………あそこの人たちって、シエスタ人が嫌いとかだったりする?」


「はえ? 別にそういうのは聞いたことないと思いますけど……急にどうしたんで――――あー、もしかしてグレン君、何かありましたか」



 苦笑したアリスが俺の髪を見る。

 シエスタでも珍しい。というか数度しか見たことのない黒髪を。



「昨日、ちょっとね」


「……しばしば問題になるんです。レギルタス同盟に属する獣人たちは、ガルディア戦争で同胞の命をたくさん奪われたので……」



 俺はガルディア人じゃないけど、黒髪だ。

 確かこれはガルディア人の特徴の一つだというし、それが理由で俺を嫌悪していたのだろう。

 理由が分かってスッキリした。



「問題になってるって言うのは?」


「……獣人たちはガルディアの血を引く人に対して、ちょくちょく事件を起こすんです。戦争が終わってからも、無実な人たちにも手を出して……結構な反感を買っちゃってるんです……」


「ああ、そういう問題か」


「難しいですよねー……。だけど下手をすれば新たな戦争の火種になりかねませんし……それに……」



 アリスは珍しく言葉に詰まっているようだった。

 俺はどうしたの? と穏やかな声で尋ねる。



「一部の地域や人々から、レギルタス同盟は歴史を繰り返してるって揶揄されているんです。それで小競り合いもしょっちゅうあるらしくて」


「ごめん、何度も聞いて悪いけど、歴史を繰り返すって言うのは?」


「異人の中でも、獣人は古くから差別の対象でした。他にもエルフは美貌のせいで狩られたり、リザードマンは奴隷となることも多かったと聞きます。でも、獣人はその中でも特に扱いがひどかったんです。繰り返されるのは、この歴史です」



 俺はそれを聞いて理解した。



「そういうことか」



 歴史を繰り返すと言うのは、迫害されてきた者たちが市民権を得たことで、今度は自分たちが他の種族を迫害するようになったということだ。



「その、グレン君はどう思いますか?」


「――――恐らく、こういう問題は何百年経ってもなくならないよ」



 勿論、俺にも獣人をはじめとする異人の気持ちはわかる。

 そりゃ、戦争で同胞を多く失えば恨むだろうさ。だからと言って、今の振る舞いを肯定はしないが、いつの時代も、この問題に答えを求めることは難しい。



 迫害する側は自分が正義と思い込み、迫害された弱者に発言権は期待できない。

 それこそ、異人たちが勝ち取ったように、生き残ったガルディア人が新たな立場を得たら話は変わるだろうが、一長一短には得られないのだ。



 しかし、その偏った正義をよしとしない者も必ずどこかに存在する。

 その者たちが声を上げることで、新たな戦争は近づく――――ような気がする。



「いずれ大きな問題になるってことだけは分かるかも」


「私の中では既に大きな問題になってますけどね。グレン君が何かされたって聞いたら、ムカッてしちゃいましたもん」


「別に俺はいいよ。何かされたわけじゃないし」


「むぅ~~………!」


「俺だって獣人の気持ちはわかる。俺の髪が黒いのが気に入らないのはどうしようもないしね。だからと言って言い争うつもりはないよ。めんどいし」



 めんどいで片付けていい問題ではないが、言い争わなければ、それ以上の大きな問題にならない。

 わざわざ争わなくとも、俺が気が付かないふりをすればいいだけだ。



 ――――とか大人っぽく考えてみたが、実際のところは本当に面倒なだけかもしれない。たぶん。きっと。



「でも! グレン君はガルディア人じゃなくて――――っ!」


「ああ。俺は父上の子だよ」



 そしてシエスタ人だ。

 俺の生まれを邪推されていたことはアリスも知っているし、俺が父上の血を引いていないことも分かっている。

 だからか、それ以上は気を遣って口を閉じていた。



 そんなしゅんとした姿は見ていたくない。



「ってわけでさ」



 俺は珍しく自分から手を伸ばし、アリスの手を取った。



「つづきは? ほら、レギルタス同盟の後ろを歩いてる派手な人たちとか」



 アリスは一瞬面食らっていたけど、すぐに朗笑を浮かべた。

 消沈した様子が鳴りを潜めたのを見て、俺はほっと胸を撫で下ろす。



「えっとですね……つづいて歩いてるのはセシル皇国、、、、、の方々ですよ」



 レギルタス同盟の後ろを歩く団体に目を向ける。

 そこには赤銅色の鎧を着た騎士や、真っ赤なスカートを履いた女性が居た。

 女性はスカートの上にタータンチェックのシャツを着ており、スカートを止める紐が肩まで伸びた、派手な服装に身を包んでいる。



「ちなみにグレン君は、セシル皇国についてどれぐらい知っていますか?」


「基本的な情報ぐらいなら」



 俺は一応、大陸に存在する大国はすべて頭に入れている。

 しかしここまで来たことだし、アリスの口から説明してもらうことにした。

 民族衣装と一緒に聞くことで、何か知らない情報があるかもしれないと思ったのだ。



「でも、今回はアリス先生に教えてもらう気まんまんだから、よろしく」


「っ――――アリス、先生?」



 言葉のチョイスを間違えたかもしれない。

 それはもうニヤけたアリスを見て、溜息を漏らしてしまう。



「わ、悪い気はしませんね! 任せてください! 私が本気で授業して差し上げますからね!」


「ありがと」


「いえいえ。というわけで、セシル皇国についてですけど――――」



 アリスの話をまとめるとこうなる。

 セシル皇国は英雄王セシル・グルーベルタークが興した国で、この大陸の中でもっとも古くから存在する国である。



 皇位に就く条件は、皇族の中で心身ともにもっともすぐれた人材であること。男女は問われない。

 選ばれた皇族はそれまで使っていた名前を捨て、セシルの名を戴くという。



「今のセシル・グルーベルタークは百六十代目だった気がします」


「俺たちの皇帝陛下が百代だから、随分と歴史が深いね」


「ですね。ちなみにセシル皇国は軍の規模も世界最大を誇ってますから、名実ともに大国って感じです」


「ってことは、強いんだ」


「私も聞いたことしかありませんが、ガルディア戦争でもかなりの働きをしたって話ですよ?」



 となれば本当に強いのだろう。

 一介の、、、シエスタ人としては平穏を望むばかりだ。



「さらに後ろに居るのがグレスデンの方たちですね」


「ケイオスから海に出ると、その先にある群島国家だっけ」


「大正解でーす!  ご褒美にはなまるを贈呈しましょうっ!」



 ぽんっ、って俺の額にアリスの指先が押し付けられた。全然はなまるじゃない。せめてはなまるを描く努力はしてほしかった。



「――――グレスデンの民族衣装は分かりやすいな」



 男女ともにまるで水着だ。

 ただ、南国特有の木々の葉で腰みのを作ったり、その実や貝殻なんかを飾りに用いており、地味ではない。



 それらの衣装を纏う男女は他の一団に比べて背が高く、健康的に日焼けした肌に筋肉質な身体が良く映える。



「グレスデンは交易に頼ってるんだっけか」


「はい。グレスデンが七国会談に参加するのは、それらの相談も行うためなんですよ」


「そりゃ大事な仕事だ」


「っとゆーわけで! つづいて歩いてるのはリバーヴェルの方たちですね!」



 というと、知っての通りこの中立都市をまとめる中立国家だ。

 人種に偏りはなく、異人も多く住まう国だ。



「あの人たちの衣装、軍服に似てる気がするような」



 立派な肩章や刺繍が紅い糸で彩られ、服そのものは白を基調としており、凛々しさを感じて止まない。

 民族衣装と言うには、やや格式ばった服装だった。



「あ、実はそれも理由があるんですよ! リバーヴェルって昔から、どこかしらの国が戦っていたり問題を抱えた際の仲裁役だったんです。それで、キリッとした感じの衣装だって話です」


「へぇー…………道理で」


「ちなみに、民族衣装って言いましたが、いくつかの国では正装の側面もあったりします。というわけでー……最後があの方たちですね」



 練り歩く者たちの一番後ろ。

 一際目立つ、白い法衣に身を包んだ者たちを視界に収める。その見るからに聖職者の一団に対し、多くの観光客が手を合わせていた。



「――――聖地か」


「はい。ですが聖地は厳密には国ではありません。彼らはその信仰の力を持って、大陸でも無視できない存在になった地域ですから」



 俺の脳裏を時堕の件が掠めた。

 だが、下手なことを言う前に口を閉じる。

 アリスは俺の隣で説明をつづけた。



「聖地には、預言者、、、と呼ばれるお方が存在しています。その方が神の言葉を信者に告げ、皆を導いていると言われています、、、、、、、


「言われています、ってアリスは信じてないの?」


「うーん……否定はしませんよ? 誰が何を信じるとかってのは自由ですし、それこそシエスタにだって、小さな宗教は存在しています。でも私には、神様の存在が分かりませんから」


「本当に存在するか、存在しないのかってことか」


「ですね。本当に居るのなら、ガルディア戦争みたいなことは起きなかったんじゃないかなって思うんです。聖地の聖職者曰く、あれは試練だったって話ですけど……私にはよく分かりません」



 少なからず俺も同意した。

 ようは、試練が必要のない、完ぺきな人を最初から作っておけばよかったのではないか、という疑問なのだ。



「あ、ここだけの話ですからね! グレン君も、シエスタの外ではあまり聖地の教えに異を唱えない方がいいですよ! お口にチャックですっ!」



 アリスは小さな声で、俺の耳元で言った。



「言ったらどうなるのさ」


「それはもう……コレですよ。コレ」


「なにそれ。首でも切られるの?」



 自分の首に指を滑らせたアリスを見て、俺は呆気にとられた。



「嘘です。さすがにそこまでのことはされませんよ。あ、でもでも! 信仰が盛んな地域でしてしまったら、ちょっとした騒動にはなりかねませんけどね!」


「覚えとく。ちなみに信仰が盛んな地域って?」


「大陸各地にあるので、聖地を悪く言わないようにしておけば間違いありません!」


「……分かりやすくて助かったよ」



 話をしているうちに各国の一団が通り過ぎていく。

 気が付くと周りの人混みも減っている。さきほどまでの賑わいは、あの練り歩きをみるべくして集まった観光客によるものだったらしい。



 さて、少し整理しよう。



 シエスタ帝国。ケイオス王国。レギルタス同盟。セシル皇国。群島国家グレスデン。

 そして、中立国家リバーヴェルに、聖地の計七か国。



 これらが大陸における重要な国々で、大国に数えられる七か国だ。



 国々のことは勉強していたから知っていたが、実際に目の当たりにしてみると、文化的な違いも鮮明に見せつけられて興味が湧く。

 是非とも、いつの日か足を運んでみたいものだ。



 ……勿論、レギルタス同盟以外の国々へ。


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