【2021バレンタインSS】二人の頑張り。

 今回の更新はサブタイトルの通りSSです!

 例によって、SSでは細かな事情や時系列もろもろをスルーして楽しんでいただけたら嬉しいです!


 最後に次章の更新予定も書いてますので、是非ご覧ください!




 ◇ ◇ ◇ ◇




 帝都は今日も賑わっていた。

 特に、男女一組でいるケースが多いように見受けられる。

 まだ若干寒いからか、人肌恋しいのかもしれない。



「悪いね、急に来てもらっちゃって」



 ローゼンタール公爵邸の門の外で、急な呼び出しをしたことに申し訳なさそうに言ったラドラムは、俺に一通の手紙を渡す。



「直接渡したほうが良さそうな書類だからさ。僕が行っても良かったんだけど、ちょっと急用で外せなくてさ」


「大丈夫ですよ。父上も父上ですぐにほしかっただけですから」



 だから、俺が帝都まで足を運んで直接受け取った。

 この後はすぐに帰ってもいいのだが、それとは別に、アリスがこの屋敷から出てくるのを待たなければいけない。

 何か荷物を取ってくるらしい。



「アリスたち、、が来たみたいだ。それじゃ、僕はこの辺で」


「ありがとうございました。また来ます」


「ははっ、楽しみにしとくよ」



 入れ替わりに立ち去り、傍にやってきたアリスが――――アリスが?

 何故か一緒に歩いてきたミスティもそうだ。

 二人は俺が予想していた姿ではない、新鮮ないで立ちで俺のそばにやってきたのだ。



「あのさ」


「はいはい、なんです?」


「その服は――――」「可愛いです?」「――――似合ってるけど」


「どうせなら可愛いって言ってほしいのになー……」



 言ったらどうせ数か月は掘り返すだろうが。

 だから言わない。

 ベレー帽も、チェック色のロングスカートも、清楚さを忘れていないタートルネックだって可憐なものの、口に出してはいけないのだ。



「……私はどうかしら?」


「ん、ミスティも似合ってると思う」


「――――よかった。そう言ってもらえて嬉しい」



 真っ白なロングコートから僅かに覗く脚は劣らず白く、首元の肌もまたくすみ一つない。

 アリスと違い頭をベレー帽で覆っていないが、髪をいつもと違いウェーブさせていた。



「で、二人のその服は?」


「せっかくですから、今日ぐらい一緒にお出かけしたいなって」


「そうなの。グレンが良かったら……だけど」


「ん? 今日ぐらい?」


「…………はえ? 知らないんです?」



 きょとんとしたアリスがミスティを見ると。



「知らないみたいね」


「ですねー……なんかグレン君らしくて、ちょっと落ち着きました」


「おい、どういう意味だ」


「別になんともですよーだ! 逆にこの日のその経験があった方がイラッとしたので、なくて安心してました。ね、ミスティ?」


「…………うん。複雑な気分だったかもしれないわ」



 二人の態度からは何も伝わってこないが、別にいい。

 たまの休日ぐらい、一緒に出掛けるのも構わなかった。



「一日ぐらい付き合うよ。二人の姿が変装になってないことは気になるけどね」


「平気です。私たちの服に特別な魔法をかけて貰っているので、一日ぐらいなら私たちだって分からないはずですし」


「でも、近しい人に見られたり、まるっきり変装してないとバレちゃうから、油断しすぎても駄目なの」



 また便利な魔法があったもんだと驚いていたら、実は城にある魔道具を用いて魔法をかけて来たのだという。

 使うのに多くの魔力が必要らしいが、そこはミスティ。

 彼女が居れば特に大きな問題ではないそうだ。



「すごい魔道具があったんだなって驚いた」



 代わりに、本当にバレやすいから犯罪には使えないとのこと。

 今日のように人混みがあれば使いやすいだけ、とミスティが苦笑して言った。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 城下町に出るとそれはもう人混みでごった返していた。

 こんなところを三人で肩を並べるのは難しい。逆に人の波に押されて散り散りになりそうなくらいだった。



 それが、ふとした瞬間に。

 予想通り、俺たち三人が散り散りになりそうだったのだが。



「やはは…………ちょろーっと照れくさいですが、許してください」


「ご、ごめんなさい……はぐれちゃいそうだったから……」



 左からアリスが、右からミスティが。

 俺の腕にひしっと捕まったアリスに、遠慮がちに俺の服を掴んだミスティがいつも以上に申し訳なさそうに言うが、俺はここで咎めるほど鬼畜じゃない。



「二人が気にならなければ、別に俺は良いよ」



 俺の声を聞いて若干不満げにしていたアリスと、ほっと胸を撫で下ろしたように見えるミスティは対照的だった。



 問題はと言えば、この姿を帝都民に見られることか。

 魔法でどうにかなってるとしても、意外とスリルがあった。



 別に大丈夫だろう。

 こう、高をくくっていたのもつかの間。

 俺の足は「ん?」という声を聞いて止まった。



「ミスティミスティ! あっちの可愛くないですか?」


「あ、ほんと。見てみる?」



 ミスティを愛称で呼ぶ者は少なく、耳にした者たちもこちらを気にする様子はない。

 だが俺は、やはりさっきの声が気になって振り向いてみた。

 するとそこに居たのは、頬を引き攣らせたクライトである。



「…………さすが、剣鬼殿のご令息は一味違うな」


「待て。違う、色々誤解してる」


「悪いがこっちも予定がある。今日のことは見なかったことにしておこう」


「待てって! なんか誤解してるってば!」



 あっという間に雑踏に溶け込んだクライトを負えるわけもなく佇むと、左右の二人が俺の顔を覗き込む。

 俺の待てという言葉を聞いて足を止めたようだ。



「どうかした?」


「なにが誤解なんです?」


「――――何でもない」


「ふふっ、変なグレン」


「何でもないなら、あっちのお店に行きませんか? 可愛い感じなので気になってるんです」


「りょーかい。そうした方が良さそうだ」



 俺の精神的な健康のためにも。

 幸い、二人は俺の返事を聞いて軽快な足取りで歩き出す。



 人混みが少ない場所に着いても二人は離れず、挟まれたままとあって、時折、王都民から妙な目で見られたりはしたが、気にしないことにするしかなかった。



「一緒に入りましょうねー!」



 立ち止った店先でアリスが言ったが、俺は頬を引き攣らせる。

 店構えがあまりにも女性向けすぎて気が引けた。

 元暗殺者の俺が足を踏み入れていい場所ではないはず。そう、そのはずだ。



「グレン、入りづらかったら別に無理はしないでいいから……っ!」


「ですねー……私たちが思ってる以上に女の子女の子しちゃってますし……」



 元より今日は付き合うと言った身だし、このぐらい拒否するほどじゃないんだ。

 二人より先に進んで扉を開けると、二人はくすっと笑みをこぼす。

 店内からは、甘い香りが漂ってきた。



「ふわあぁー……贈り物だけじゃなくて、自分のためにも買いたくなっちゃいますね!」


「いくつか買って帰りましょう。でも、先に彼の好みを聞いておかないと」


「確かに! ってなわけで、グレン君はどういうのがお好みですか? 有名なお菓子屋さんの? それとも、私と同じでちょっと苦いのがお好きです?」



 いくつものラッピングされたチョコ――――らしきものを指さしたアリスが言う。



「こういうのはどう? 知っての通り私は甘いのが好きだから、アリスが選んだのとはちょっと違うみたい」



 つづけてミスティが。

 どれもこれも高そうなものばかりだが、俺の好みを尋ねられる理由が分からない。何かのお礼かと思ったが、それをされる理由も思い出せない。



「どっちも好き――――うん、どっちも好きかな」


「りょーかいですっ!」


「任せて。お気に召すチョコを探してくるから」


「…………お、おう」



 こうして二人が俺のそばを離れて行く。

 女性だらけの店内には、俺と同じで僅かに男性もいたものの、店先にも何人かの男が待っていた姿を思い返す。



 煌びやかで甘い香りに包まれ、店内の飾り付けが華やかにもほどがあるせいか、気が引ける男性も何人かいるらしい。

 それか、別の要因だろうか?

 男性がいるより、女性だけで選ぶ方がいいような……そんな感じの……。



「うーん」



 辺境育ちの俺には帝都の文化が良く分かっていなかった。



 とりあえず、客の邪魔にならぬよう脇にどいた。

 十分と立たぬうちに二人は戻ってきたが、外に出ると、さっき以上の人混みを前に三人揃って苦笑い。



 迷っていた二人へと、俺は何も言わずに腕を差し出して歩き出した。



「いいんです?」


「いいの?」


「別にこのぐらい気にしないって」


「……ではでは、遠慮なく」


「……ありがと。少しだけ甘えさせてもらうわ」



 買い物を終えた二人はこじゃれた紙袋を手にしていたが、残るもう一方の手を伸ばして俺に掴まった。

 ところで、この後どこに行くんだ?

 迷っていた俺へミスティが言う。



「アリスのお屋敷に戻ってから、私も一緒にフォリナーへ行くの」


「ああ、そういえば学園で仕事があるからって言ってたっけ」


「覚えていてくれたのね」



 それでアリスの部屋に泊まると前々から聞いている。

 これを忘れていたことに若干バツの悪そうな顔を浮かべたが、ミスティはそれに気が付いていないようだった。



「すごかったですね、ミスティ」


「そうね。噂には聞いていたけれど、こんなに賑わうとは思ってもなかったわ」


「私もですよぉー……アリスちゃんもびっくりです」


「ええ。私もアリスもはじめてだったものね」



 二人のやりとりに耳を傾けながら、それでも徐々に貴族街へ。

 ようやくローゼンタール公爵邸の前にたどり着いたときは、もう完全に日が沈んでいた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 そして、移動するための馬車に三人で乗り込む。

 体面に座った二人は急に呼吸を整えはじめ、やがて意を決したように、さっきのとは別の紙袋を開いて、中身を同時に取り出した。



「――――ど、どぞ!」



 まずはアリスがいつもと違った緊張した声で言って。



「――――お、美味しくなかったら捨てていいから……っ!」



 恐る恐るといった感じに、微かに指先を震わせながらのミスティ。

 二人の手元には、丁寧にラッピングされた小さな箱が乗せられていた。

 何が入っているのかは分からないが、さっきまで見ていたチョコとかが関係しているのかも、ということは思いつく。



 これ以上待たせても余計に緊張させるだけ。

 色々と分かっていないが、俺は手を伸ばして二つの箱を受け取った。



「開けてもいい?」


「あ、ああああ開けちゃうんですか!? 本当に開けちゃいますかぁっ!?」


「後悔してもしらないんだからねっ!」


「なんで二人して挑戦的なんだ……どちらにせよ開けるけど」



 手を伸ばしたところで、二人はハッとした面持ちで紙袋を開けた。

 今度はさっき、甘い香りが漂う店の中で買ってきた品が入っている方を。



「今日買ったのは保険です」


「そう。こっちは保険なの。いざとなったら、職人の技に助けてもらうためのね」


「どうなったときに必要となる保険なのか言ってくれない?」


「決まってます。お気に召さなかったときのためのです」


「ええ。美味しくなかったら吐き出して、こっちを食べて」


「今日の二人、妙に挑戦的だったり慎重だったりどうかしてるな?」



 これ以上のやり取りは望まれていなかったようで、二人は神妙な面持ちで俺の手元を見る。隣には新たに渡されたチョコが入った袋を置いて、先にアリスから受け取った箱を。

 中に入っていたのはいくつかの丸いチョコだ。

 俺はそれを、アリスと目配せを交わしてから口に運び、食べたのだ。



 つづけて、ミスティから受け取った箱を。

 こちらを開けると、さっきより甘い香りが漂ってきた。

 食べて見たら、アリスのチョコが孕んでいた軽い苦みと違う、くどすぎない甘さが口腔内を占領した。



 ――――やがて。

 俺の口から、自然と感想が。



「美味しい。もっと食べていい?」



 二人は返事を声に出さず大きく頷き、俺の一挙手一投足を見守った。

 正直、食事シーンを観察されるのは照れくさい。

 だけど、詰められていたチョコが本当においしくて手が止まらなかったのだ。



 遂に食べきってしまったのは、帝都を発って三十分ほど過ぎた頃。

 我ながらがっついてしまった気がするが、二人が咎めてくる様子はなく、逆に楽しそうに俺を眺めていた。



「私、学びました。バレンタインって大変なんですね」


「……緊張した。胸がまだ早鐘を打ってるわ」



 俺はここでようやく理解した。

 そういえば、前世はバレンタインという文化があったじゃないか。



(この世界にもあるのか)



 起源は勿論、どういう催し事かは分からないが、チョコを渡すところは変わらないらしい。

 細かいことは言いっこなし。

 こういう催しと事があると分かっただけで十分だろう。



「日頃お世話になってる人とか、恋仲の異性にチョコを渡す日なんですよ。あとは気持ちを寄せる人に渡すとか、色々です!」


「私たちは渡した機会がなかった……というか、私たちの間でしか渡したことがなかったから、先月から緊張してたんだからね」


「ミスティ! 弱点をさらけ出すようなことを言っちゃダメじゃないですか!」


「グレンにバレきってるんだから、もう意味がないと思うわ」


「むむぅっ……一理ありますが……っ!」



 一理どころか百里ある。

 笑った俺は居住まいを正した。



「ありがと。思いもよらずいい一日になったよ」



 すると、二人は頬を赤らめながら。

 アリスは頬を掻き、ミスティは俯いて膝をこすり合わせた。



「喜んでもらえたのなら、私はそれだけで満足です」


「私も。そう言ってもらえて安心した」


「別に心配しなくとも……来年も楽しみにしてるからさ」



 勝手に来年も期待してしまった。

 貰えるとらえるとは限らないのに、自意識過剰にも口にしてしまった。

 でも、二人はそれを杞憂たらしめんが如く。同時に顔を上げると――――。



「にゅふふー、言質取りましたからね?」


「ええ。来年はもっと美味しく作ってみせるから。期待していて、ね?」



 弾む声で言い、宝石のような瞳を俺に向け。

 言葉を失ってしまうほどの、可憐な笑みを浮かべたのであった。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 次章の更新予定ですが、今月末前後からはじめられたらと考えております。

 またもう少しお時間をいただいてしまいますが、どうか引き続き、暗躍無双をご覧いただけますと幸いです!

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