暗殺者と大怪盗

 歩いていた足はいつしか早足になり、そして駆け足に。



 考えていなかったわけじゃない。

 先日の一件のときは父上が帝都に居て、学園の教職員もまた同じくほとんどが帝都に行っており、学園がもぬけの殻と言っても良いところでの襲撃だった。

 あれが仕組まれていたことだとすれば、今日の一件から何かが見えてくる。



(嵌めるための罠だった)



 こう考えてみると違和感がなくて、その対象がミスティアだったというのなら、相手のことも想像するに難くない。



「――――ミスティっ!」


「大丈夫、すぐに帰ってくるから」


「でも……っ! 何も悪いことしてないじゃないですか!」



 学園から出てきたミスティアを取り囲む騎士たち。

 アリスはそんなミスティアの近くで心配そうに声を上げ、鬼気迫る表情を浮かべていた。でも俺の姿を見つけて縋るように、でもきゅっと唇を結んで迷っているようである。



 俺の予想が確かなら、ここで俺が助力することは難しいと知っていたからだ。



 一行が俺の目の前までやってくると、まずミスティアが俺を見て儚げに微笑んだ。

 彼女は何も言わず騎士に連れて行かれるまま、俺の傍を横切った。



 でも、すれ違いざまに小さな声で。



「手伝いは今日までよ。ここまでありがとう」



 とだけ、俺にだけ聞こえるように言って去って行く。

 俺は振り返らず、遅れてやってきたアリスだけを見る。何か事情は? 目で尋ねると彼女は更に俺との距離を詰めた。



「……ミスティには、国家反逆罪の容疑がかけられています」



 およそ想像通りの言葉に俺はため息をついた。



「先日の騒動はミスティア様が引き起こした。とでも疑いを掛けられたのか」


「たはは……さすがですね。グレン君」


「とりあえず、ここ最近の出来事を考えてたら、ちょっと気になることがあった。アリス、悪いけど早退して一緒に屋敷に帰ってほしい」


「お兄様にも連絡を取っておいた方がいいですか?」



 第三皇女ミスティアにかけられた容疑をあの男が知らないはずはないが……。

 となれば……俺から連絡が来るのを待っている可能性も……。



「グレン君、お兄様が関与している話ではないと思うので、警戒はしないで大丈夫ですよ」


「ん、どうして?」


「お兄様は私が知る限り、他の誰よりも実益を重要視するお人です。ミスティを罰することの利点が見つからないと思いませんか? それに、グレン君とミスティを引き合わせたのはお兄様ですし、下手をしたらグレン君にも波及した騒動ですもん。お兄様、なぜかグレン君のことを気に入ってますしね」



 戦姫と謳われるほどの皇女を罰するということには、俺だって利点を見つけられない。

 後半部分は不本意ながら俺も同意した。



「なるほどね、じゃあラドラム様が関係していない場所での動きなのか」


「だからお兄様にもご助力を願った方がいいと思うんです。……色々と思うところはあるかもしれませんが、こういう時、お兄様以上に頼りになる人って思い浮かばなくって……」



 だったらと頷いたグレンはアリスの後方、そびえ立つ学園に目配せをした。

 詳しい話は屋敷に戻ってからにしよう。

 俺はそう告げて、アリスに荷物を持ってくるように頼んだのである。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 夕方になり、自室にいた俺の下へと情報が集まってきた。

 ミスティアに欠けられた容疑は国家反逆罪に変わりはないが、その内容がやはりといったものである。

 先日の騒動と彼女を結び付けたのは、コールバードだ。

 あの後、俺が知らない間に学園に調査の手が入っていたそうで、コールバードの呼び声により飛竜が襲来したということが結論付けられた。



 昨今の研究もあり、コールバードの声がコールバード以外を呼び寄せることにも使えるというのは、俺も以前耳にしていた話だ。

 今回は飛竜に対して作用させたものとして、研究者たちも同意したそうだ。



 ……そこでミスティアが疑われた理由というのは、彼女がコールバードの管理をしていたからにすぎない。



「無理やりすぎる」


「ですが、多くの関係者が同意しています」


「だから手回しが良すぎるんだよ」



 何もかもがキナ臭くて、貴族や皇族のドロッと黒い部分が垣間見える。

 コン、コン、コン。

 不意に扉がノックされた。



『グレン、私だ』



 やってきた父上は俺の返事を聞き、部屋の中へ足を踏み入れる。



「私はこれより一人で帝都に向かう。第三皇女殿下の件について尋ねて来ることにした」


「父上、いいんですか?」


「この状況は私も何かスッキリせん。どうせ皇族同士の茶々の入れ合いだろうが、さすがに事が大きくなり過ぎだ。しかも私の領地が関係しているとあらば無視も出来ん」



 それらしい理由だが、父上も気に掛けているのだろう。



「アルバート様! ミスティは今どうしているんでしょう……っ!」


「……私もよく分かっておらんが、恐らくは帝城内に軟禁されているはずだ。容疑が掛かっている段階であれば、第三皇女を牢に放り込むような真似はしないはず」


「良かった……」


「だが、恐らく第三皇女殿下のお部屋は固く閉ざされているはずだ。それこそ第三皇女殿下のお力を思えば、皇帝陛下付きの者たちや、近衛騎士団長が見張っていてもおかしくない」



 父上は言い終えると、甲冑を鳴らして踵を返す。

 そして、背を向けたまま手を挙げた。



「遅くとも朝には帰るから、何かあったら婆やに言うように。――――念のために言うが、二人とも、何か危ないことをしようと考えてはならんぞ。先ほど伝えたような戦力が動いているとしたら、事はそう軽く構えていいものではないからな」



 立ち去って、扉が閉じられる音が部屋中に鈍く響き渡る。

 面前に座っているアリスはいつもと違い覇気がなく、ウザさなんて少しもない。今のアリスの心理状況はただ一つ、親友のミスティアを案じているということだけだった。



 俺はと言えば立ち上がり、アリスの隣に腰を下ろす。

 そうすると、アリスは何も言わずに俺の方に頭を乗せてきた。



「相談なんだけどさ」


「……はい?」


「以前、世間を賑わせていた怪盗って、帝城に忍び込めたりする?」



 俺の言葉を聞いてアリスが顔を上げた。



「やはは、ちょーっと無理ですね。大怪盗のアリスちゃんと言えども、あそこだけは手を出そうとは思えなかった聖域です」


「ちなみに理由は?」


「相手が悪すぎるんです。アルバート様も仰っていたように、近衛騎士団長や皇帝陛下付きの方たちがいらっしゃるので、私なんかが対峙してたところで手も足も出ません」


「道理で。ってことは真正面からミスティア様を奪還しようとしても問題があるってわけだ。……いやアリス、そんな目を向けないで」



 まるで馬鹿をみるような目で俺をみるんじゃない。

 全部が全部、本気というわけじゃないんだ。



「最終手段としてって話だよ。現状、むしろ俺とアリスで侵入できたところで、仮に奪還できても容疑が晴れるわけじゃない。というか逆に悪化するだけだしさ」


「ですねー……ついでに言うと、私たちもミスティと同じ状況に仲間入りです」



 もしかしたらそんな状況でもラドラムであれば何とかできるかもしれないが……。あの男に恩が出来るのは避けたい。何としても避けたい。



「よっし、なら目標は決まった」



 俺がそう言って立ち上がったのを見たアリスがきょとんとした。



「はえ? どこから手を付けるんです?」


「俺たちの勝利条件はミスティア様の開放だ。必要となるのは無罪の証拠で、それを見つければいい」


「簡単に言っちゃいますけど……やばくないですか? それはもう関係各所への手回しが良すぎますし、本当に無罪の証拠が見つかっても、判定を覆すなんて――――」


「いや、逆に有罪になる証拠を探し出そうかなって」


「…………あ、もしかして、グレン君」



 アリスがくすっと笑って立ちあがる。



「お兄様と取引をするつもりですか?」


「そ。ミスティア様が有罪になる流れなら、逆に手回しされた人たちも有罪にしようと思って」


「ふむふむ、やり返すってわけですね!」



 要するに汚職でもなんでもいいが、後ろめたい手回しがされた証拠がほしいんだ。

 そうした情報を集めることが大好きで、しかも利用することに愛情すら覚えている貴族のことを、俺は良く知っている。



「嵌めようとしてきた奴らを逆に牢屋に放り込めばいい。ミスティア様の容疑だってこれで晴れる」



 一方的な取引ではない、正当な取引だ。

 あの男なら喜んで応じてくれるだろう。



大怪盗アリス、俺と手を組もう」


暗殺者グレン君と手を組むってのは……うーん……物騒で少し怖いんですが……まぁ、何と言いますか」



 俺が差し出した手を両手にとり、解決の糸口が見えだしたことに喜んだアリス。目元は喜びにより潤んで宝石のよう。

 そんなアリスは俺を見上げ。



「以前命を救っていただいたこともありますし、私は飼い猫ですもんね! おっけーです! 私の命、お預けしちゃいます!」



 可憐な笑みを浮かべて頷いたのである。



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