罰と打算と。
◇ ◇ ◇ ◇
ラドラムが向かったのは、今日までアルバート殿が軟禁されていた部屋。さっきまで三人で居た部屋だ。
戻ってきたラドラムを爺やが迎える。疲れた表情で戻ってきたラドラムに茶を淹れて、彼が腰を下ろしたソファの後ろに控えた。
「――――剣鬼に怒られちゃったよ」
「ええ、覇気がここまで届いておりました。肝を冷やしましたよ」
「今だ近隣から恐れられる実力者、その理由を身をもって体感させてもらったんだ。中々いい機会だったし、埋めきれてなかった最後のピースが遂に得られた。これでも十分な成果だね」
ラドラムは紅茶を一口だけ口に含み、満ち足りた表情で目を細める。
「爺や。僕が担ぐべきはハミルトン家で、さらに言うとグレン君という一人の少年だ」
「帝都が荒れますな」
「別に僕が何かを語るつもりは無いよ。ただ僕は、ハミルトン家と仲良くしたいだけだからね」
「お戯れを。皇族にも目を付けられますぞ」
「それこそ戯れだ。手を出してくるならくればいい。僕はいくらでも相手になるさ」
もはやグレンの敵でも中立でも無くて、明確な味方になるのだと。
「ふむ。クーデターでも起こすおつもりですか?」
「まさか。どうせ担ぐなら相応の存在を担ぎたいだけだよ。あの親にして、よくグレン君のような傑物が出来たもんだ。バルバトスを暗殺するなんて、思いもしなかったね!」
すべては自分のシナリオ通りだった、ラドラムはこう考えて笑う。
紅茶に反射した自分の顔が、なんて愉快な表情をしてるんだと自身に笑いかけた。
「招待状に言葉を添えたときから、随分と僕に都合のいい展開になってくれたよ」
ハミルトン家に届いたパーティの招待状には、ご子息も一緒にと添えられていた。
実のところ、その一文を添えるよう指示をしたのはラドラムである。
加えてその後は、グレンと出会えるように頃合いを見計らったし、バルバトスがアルバートを嵌めることも知っていて、グレンに自分を頼るように言葉を伝えた。
後は軽い試験がてら屋敷に忍び込ませ、バルバトスの不正を暴かせる予定だったのだ。
しかし、グレンは不正を暴くどころか暗殺までこなし、ラドラムを強く驚かせ、喜ばせた。
「だから、担ぐべきは嫡子ではなく落とし子だ。腑抜けた皇帝の血を引いてるから懐疑的だったけど、さすが
ソファ手前のテーブルに、一通の手紙。
「旦那様が各所に依頼していた件のお返事かと。例の、人事についての件ではないでしょうか」
「そりゃあいい! 少し遅かったけど、楽しくなってきたね! 爺や、アリスを呼んで!」
「承知いたしました」
アリスは今日、城の一室に呼ばれていた。
何故か、彼女はその理由を知らない。だがラドラムがそうしろと命令したからで、彼女はそれに拒否することはできなかった。
――――爺やが戻ってきたのは、ラドラムに指示された数分後。
少し警戒した様子で入ってきた妹に対して、彼は自分の正面に座るよう手を差し伸べる。
「急なことだけど、罰を与えようと思うんだ」
「ええ、仕方ないと思います」
「だろうね。ここで拒否されたらどうしようかと思ったよ。で、罰を与える理由だけど」
自分が怪盗だったことに決まってる、アリスはこう予想していたが。
「何度も見逃してあげてたけど、真夜中に家を出て夜遊びをするのは駄目だね。この前はグレン君にも迷惑を掛けたみたいだし、家の子として相応しくない振る舞いだった」
「――ッ!」
「何を驚いてるんだい? 僕が気づいてなかったとでも思ってたの? 活発なのはいいことだけど、夜遊びは良くないよ」
アリスは驚きつつ、言葉を選ぶラドラムの真意を察した。
ここで自分が怪盗だったと言ってしまえば、バルバトスを暗殺した賊をグレンだと認めることに繋がる。兄はそれをよしとせず、そうしないよう夜遊びと言ったのだと。
「アリス、君に無期限の下働きを申し付ける。今度、近くの町に赴任してくる貴族の下働きだ」
「お、お兄様……ッ! それは……ッ」
「反省するんだよ。ああ、確かその貴族は未婚の男性だったはず。夜伽を求められるかもしれないけど、上手く対応しなさい」
唖然としたアリスに対し、ラドラムは慈悲を駆けることなく話をつづける。
ただ淡々と、それでいて抑揚があり不思議な迫力がある。
しかしラドラムの言葉は異常だ。何せアリスには公爵令嬢として大きな価値があるし、抜群の容姿もあって、そんな安い使い方をしていい存在ではない。
アリスは唐突にハッとした。
そうか、自分は何処か有力貴族に与えられるのだと。兄が自分の勢力に引き込みたい、そんな貴族を選んだのだと。
「今晩には屋敷を発ってくれるかな」
「…………はい」
「結構だ。場所は港町フォリナー、あそこはバルバトスが手を伸ばしかけた場所だけど、アレはもう死んだから新たな領主が必要だ。皇族からも空席をつつかれてたしね。だから、フォリナーまでは爺やと一緒に向かってもらう。ああそれと、赴任する貴族にはまだ人事の連絡をしてないんだ。悪いけどこっちの連絡は爺やに頼むよ」
「旦那様の仰るようにいたします」
「話は以上、アリスは外で待っててもらうね」
何一つ返事らしい返事もせず、彼女は生気を感じられぬまま立ち上がり、部屋を出た。
部屋に残った二人、先に爺やが仕方なそうに言う。
「今の罰は効いたでしょうな」
「でしょ? まぁ、怪盗さんにはこれぐらいの罰で済んだことを喜んでほしいね」
「……まったくで。ですが一つ気になります。例の貴族は、港町フォリナーへの赴任を受け入れるでしょうか?」
「それが貴族の義務だからね。受け入れないなら僕の権限で領地と財産を没収するし、彼は絶対に受け入れるよ。バルバトスが死んで将軍も空席だし、彼は意外と帝国民を愛してるから」
「なるほど、こちらも旦那様の思惑通りだと。しかし大変だ。何せあの町は帝都以上に贅と欲、人の思惑が入り混じった魅惑の都市ですから」
ふふん、と得意げに笑うラドラム。
「今回はバルバトスの件で詫びも込み。剣鬼が帝都近くに戻るとなれば、貴族は喜んで受け入れるさ」
「仰る通りですな」
そう言って、ラドラムは懐から一通の封筒を取り出した。
中を開けて紙を取り出し、胸にあったペンでさらさらっと文字を書いていく。
「やれやれ。この分だと、僕の仕事も数時間もんだよ」
「終わり次第急いで馬を走らせましょう。明日の朝には、あのお二人を案内できるかと」
「うん、任せよう。――――それにしても、皇家にも困ったもんだよね。皇家は民に安寧を与えてこその皇家だ」
「それも仰る通りかと」
「でも僕は打算って言葉が大好きなんだ。弱い友に価値は無くて、強い友だけが僕たちの為になってくれる。幸いにもアリスは彼を好んでるらしいし、いい関係を築けるはずさ」
ラドラムが文字を書き終えたところで、爺やがそれを受け取り封筒に差し込む。彼はそれを懐にしまい込むと、ラドラムから離れて扉に向かった。
一足先に屋敷に戻り、細々とした支度をしなければならない。
「爺や、手紙を渡すときに彼へ一言添えてもらってもいいかな?」
「かしこまりました。何とお伝えいたしましょう」
そうだなー、ラドラムは腕を組んで考え込むと、上限に手を叩いて口を開け。
「――――今度はゆっくり食事でもしましょう、アルバート殿」
ってね、と笑って言った。
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