帝都最後の日
城の中に設けられた一室。
ラドラムに連れられて足を運び、俺と父上は約一週間ぶりに顔をあわせる。なんでもラドラムの執務室の一つらしいが、父上は数日の間、そこでゆっくりしていたそうだ。
ぶっとい腕に抱擁され、すまなかったと謝られたのが最初。
つづいて父上の容疑が晴れたとラドラムが宣言した。晴れて自由の身となった父上を連れて、城内の廊下を歩いていたのだ。
「随分と世話になったらしいな、ラドラム殿」
「構いませんよ。僕は僕で有意義な時間を過ごせましたからね」
不敵に笑う彼の本心は今でも分からないが、楽しんでいたことだけは分かる。
「それにしてもまだ気が晴れん。どうして奴が――バルバトスが私を殺そうと……ラドラム殿、動機の調べは付いていないのだったか?」
「ええ、残念ながら」
それを知っているのは俺とアリスの二人だけ。
当然、動機を父上に教えるつもりはない。
知らない方が父上のためだし、新たな傷を作る必要もない。
「先日の夕刊で僕が答えたように、見つかったのは多くの不正の証拠だけです」
それらは極刑に値するだけのものだったと、ラドラムは宣言を出している。
既に何人かの貴族は捕縛され、重要参考人として聴取がはじまっているそうだ。
「バルバトスを暗殺した賊の足取りは分からず。ついでに怪盗のローブなどが発見されたことから、怪盗も賊に殺されたはず。庭園の様子を見たところ、死体すら残らぬほど強大な魔法をバルバトスが使ったのが分かってます」
「だ、だがあの男はトライアングルだぞ!? 加えて剣の腕も一級品……そう簡単に暗殺されるはずが」
「簡単に認められないのかもしれませんが、事実ですから」
「…………事実だとしたら由々しき事態のはず。それほどの賊ならば民も不安になろう」
「ええ。ですから、僕が最前線に立って調査に当たってますよ」
もしも俺と言う存在が浮かび上がっても、自分の手で握りつぶすつもりなんだ。
いつもは行動的じゃないラドラムが俺に対してだけ行動的。いい加減、俺に対しての妙な執着心の理由を聞きたいが、教えてくれないだろうな。
「ところでアルバート殿には将軍復帰の打診が来てたとか。多くの騎士が色めき立っていましたよ。どうです? またここで、お洒落な帝都暮らしに身を投じてみては」
「勘弁してくれ。私はもう、そこまでの気力で仕えることは出来ない」
「――
「ッ――――!?」
ふと、立ち止った父上がラドラムの胸倉を力任せに掴んだ。
「何処で知った?」
「げっ……げほっ……かはっ………ア、アルバート殿……ッ!?」
「答えよッ! それをどこで聞いたのだァッ!」
壁に勢いよく押し付けられ、ラドラムは苦しそうに喘ぐ。
俺が無意識に恐怖してしまうほど、今の父上から漂う殺気は鋭く、恐ろしい。
事情は分からないが、城内での騒ぎは無視できない。
「ち、父上ッ! ここは城内ですから、どうか落ち着いてください……ッ!」
「くっ…………グレン……ッ」
「お願いします。せっかく自由の身になったばっかりじゃないですか」
「――――あぁ」
素直に聞いてくれて助かった。
父上は不満げにラドラムから手を離す。
「答えよ、ラドラム殿」
「さすがは剣鬼と恐れられたお方だ……ははっ……すごい迫力じゃないですか」
「答えよォッ!」
ラドラムは苦笑し、襟を正して口を開いた。
「父の書斎にメモが残ってたんですよ。アルバート殿が父と何か考えていた、ってことぐらいしか知りません」
「……その紙は捨ててくれ」
「既に燃やしました。父の秘密でもあったんでしょうしね」
「ならばいい。それと、急に胸倉を掴んですまなかった。助力を頂いていたというのに、こうした不義をして言葉もない。ラドラム殿が言う通り、私は武骨一辺だったようだ」
「ははっ、そう根に持たないでください。僕のじゃれ方が拙かっただけですから」
「すまない。そう言ってくれると助かる」
それから俺たちは、誰も口を開かないまま城内を歩いた。
先日、パーティのときに通ったのと同じ出入り口に近づいたところで、ラドラムが「さて」と言って立ち止まる。
俺と父上が振り返ると、
「実はこれから仕事があるもんで、僕はここで」
「ラドラム様、本当にお世話になりました」
「いいっていいって、僕も楽しませてもらったからね。いやー大変だ大変だ、色々と
「ああ、私こそ世話になったな」
去っていくラドラムの背を眺めながら俺は思った。
陛下との件って、父上があれだけ怒る意味ってなんだろう、と。
さっき父上は言っていた。もう、将軍として仕える活力がないって。てことは父上が将軍を辞した理由と、陛下との件とやらは繋がっている。
だが、聞くことは憚られる。
あれだけ激昂した父上なんてはじめて見たし、答えが返ってくるとも思えない。
だから今は喜ぶだけにしておこう。
父上が釈放されて、俺たちはやっとハミルトンに帰れるんだから。
俺と父上は顔を見合わせ、ふっと笑って城を出た。外に待たせていた馬車に乗りこんで、遂にハミルトンへの帰路に就いたのだ。
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