何かの陰謀らしい。



 宿に戻ってからは、父上が先に湯を浴びた。

 浴室を出た父上が「むむむっ」と呟きながらリビングを歩く。



「どうされたんですか?」


「ああいや、私の剣が無いのだ」


「剣って宿に置いていった、いつもの剣ですよね?」


「そうだ。この辺りに置いていたはずなのだが」



 どこかに置いて忘れたんだろうさ。

 俺は軽い気持ちで立ち上がって浴室に向かう。

 その途中で父上に言う。



「俺の入浴後にも見つからなかったら、一緒に探しますから」


「悪いな……すぐに見つかると思うんだが」



 別に、すぐ見つかるはずだ。

 脱衣所についた俺は服を脱ぐ。

 浴室に入ってから、頭上から降り注ぐ温水シャワーに身体をゆだねた。

 体力に自信はあるが、はじめてのパーティはやはり疲れた。

 今日の疲れが一気にはじけ飛ぶような感覚に浸る。



 ――身体を洗う時間も併せて、十数分は浴室に居ただろうか?

 満足したところでシャワーを止めて息をついた。それから浴室を出ると、軽くストレッチをしてから身体を拭いていたのだが。



「ん?」



 ふと、リビングの方から聞こえる騒々しい声に気が付いたのだ。



『だから何度も言っているだろう!? どうして私が将軍、、の奥方を切らねばならん!? 私は奴に恨みなんてないのだぞ!?』


『それを調べに参ったのです。幸いにも、閣下の奥方は一命をとりとめました。ですが子爵アルバート、現場に貴方様の剣が落ちていたこと、これをどう思われますか』


『何を馬鹿なことを。私は剣を持ち歩いていなかったんだぞ!』


『詳細は詰所で聞きます。まずはこの剣が子爵のものか否か、それをお確かめ頂きたい』


『ッ――なっ……それは私の剣だが……なぜ貴様らがそれを持っている!?』



 何やら不穏だ。

 俺は急いで水と汗を拭いて服を着た。

 髪を整えることもなくリビングに飛び出す。



「父上、何事ですか」



 リビングに居たのは十数人の騎士、そして対峙する父上だ。

 隊長格と思われる騎士の手には父上の剣がある。

 わざわざ木箱に納め、見せつけるように運んできていた。



「私も分からんのだ……私が探していたはずの剣が、なぜかこやつらの手元にある」


「子爵! もはや言い逃れは出来ませんぞ!」



 ……うわぁ、嫌だなぁ。

 何かの陰謀じゃん、これ。

 だって父上は確かに剣を宿に置いていったし、そのあとはずっとパーティに参加していたんだ。

 誰かを襲う暇があったかと聞かれても、どう考えてもそんな時間は無い。



「でも、なるほどね」



 誰かが父上を疎んでいる。

 今日、城の中で騎士が向けた視線にはその感情もあった。

 父上は何者かに嵌められた――その可能性が高い。



「だから私は知らんと言っているだろうッ!?」


「この剣が偽物と仰るのですか! ではなぜ、この宿に子爵の剣が無いのですッ!?」


「誰かが忍び込み、私の剣を盗んだからであろう!?」


「その証拠はありませんッ!」



 ああ、騎士はどうしても父上を犯人に仕立て上げたいんだ。

 ……いい気分じゃないな。何はともあれ、だ。



 俺は咄嗟に思い付き、浴室へ戻って扉を閉める。



「ずっとずっと眺めて来たんだ。失敗するはずもない」



 魔力を流し、複製魔法を発動させる。

 数秒と経たぬうちに、父上の剣と瓜二つの複製が左手に握られていた。

 じゃ、父上を助けに行くとしよう。



「父上、剣なら浴室に置いてありましたよ」


「な……なんだって!? 本当なのか!?」


「脱いだ着替えの下にありました。まったく、こんな間違いはもうしないでくださいね」



 すると、父上の剣を持っていた騎士が俺に近寄ってくる。



「それを見せていただきたい!」


「いいですけど、先にそちらを確認させてくださいね。何者かが父上を嵌めようとしてるみたいですし」


「……いいだろう」


「では、先に失礼して」



 俺はまんまと本物の剣を受け取ると、その刀身をよく確認した。

 良く知らないが、女性を切ったというのに血液が少しも付いていない。

 ご丁寧に拭いてきたのか? なら都合がいい。



「わ、わわわ――ッ」



 俺は受け取った二本の剣が重すぎた――という演技をして地面に倒れこむ。

 隠れた腹の下で剣を交差させた。



「大丈夫か、グレン」


「ええ、大丈夫ですよ」



 父上は一瞬だけ呆気に取られていたが、すぐに俺の考えを察した様子。

 なにせいつも尋常ではない訓練をしている俺が、たかが剣を二本もったぐらいで倒れるはずがない。

 立ち上がった俺はわざとらしく剣を確認してから、一本を騎士の手に返した。



「先にこちらをお返しします。で、浴室に会った父上の剣がこちらですよ」


「ああ、検めさせてもらおうか」



 騎士は双眸を細め、粗探しをするように剣を見つめる。

 だが粗らしい粗は見つからないようで、くっ、と悔しそうに声を漏らす。



「もう十分でしょう」



 俺は半ば強引に剣を奪い取った。

 すると騎士は、俺のことを憎たらしそうに睨み付けてきた。

 俺は意に介さず父上の隣へ向かう。



「……子爵。容疑が完全に晴れたわけではありません」


「ああ、そうだろうな」


「申し訳ないがしばしの間、この部屋に滞在していただくことになるかと」


「構わん。好きに調べてくるとよい」



 返事を聞き、騎士は受け取った剣を木箱に納めて蓋をする。

 俺はそれをみて口角を少し、綻ばせた。



「また明日の朝、また参ります」


「分かった分かった……好きにするといいさ」



 騎士は最後にキッと父上を睨み付け、俺たちが泊まる部屋を後にした。

 残された俺と父上は、近くに人の気配がなくなったのを確認してから口を開く。



「助かったぞ、グレン」



 ほっと安堵した様子で父上が俺を抱きしめる。



「ええ、咄嗟に思いついてよかったです」


「奴らに渡したのが複製された剣で間違いないな?」


「そうです。さて……それじゃ」



 俺は窓際に向かって宿の外を見る。

 そこには先ほどの騎士たちが居て、木箱を持つ騎士の姿もあった。

 箱が馬に乗せられ、馬が走り出したところで複製魔法を解く。



 若干の光が漏れたが、騎士たちはそれに気が付いていなかった。

 そして俺は。



「何やら面倒なことになりそうですね」



 と、大きくため息をついて父上と顔を見合わせた。


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