パーティと、令嬢と。
――帝都の宿で数日を過ごした俺は、父上に連れられて馬車に乗った。
父上が着ているのは黒いジャケットを羽織った正装で、俺もはじめて見る姿だ。
そして俺も、父上に似た正装に身を包んでいる。
さすがの父上も甲冑を脱いだし、
パーティの主催が皇族だから当然ではあるが。
俺と父上が城に着いたのは夜になってから。
夕食時をしばらく過ぎた遅い時間帯にやってきた。
城の敷地内に馬車を止めて、招待状を持つ父上に付いて、俺も城の中へ足を踏み入れる。
「……でかい」
そして広い。
足を踏み入れた俺を迎えたのは、純白の大理石が敷き詰められた広大なホールだ。
床は真紅の絨毯で彩られ、天井にはいくつもの豪奢なシャンデリア。
ホールの奥につづく道の両脇には、上層階へつづく階段が翼のように配置されている。
俺たちが奥への道を歩く道中、多くの騎士が父上の姿を見て表情を変えた。
多くは先日、外壁で会った騎士と同じく敬うような態度であったものの、一定数の騎士は正反対に、父上を蔑むような瞳を向けていた。
派閥か何かでもあったんだろう。
俺は一人納得し、彼らの視線に気が付かないふりをする。
「それにしても人が多いですね」
奥へつづく道には騎士のほかに、多くの貴族たちが談笑している光景があった。
「ああ。皇族の祝いとなれば国中の貴族がやってくる。戦時中でもなければ、爵位もちの騎士も皆、僻地に居ようと足を運ぶからな」
「って、戦時中はさすがにしないのでは?」
「いーやそんなことはない。グレンが生まれる数年前、現に開催されたことがあるのだぞ」
俺は理解できず、片方の頬を引きつらせ苦笑する。
面子の問題なのか分からないが、皇族と言うのは本当に良い御身分なもんだ。
「――おや」
俺たちに気が付いて声を掛ける一人の紳士。
銀髪を横に流した美丈夫で、羽織ったジャケットには多くの勲章が並んでいる。
年の頃は三十台にさしかかったぐらいか。
父上に比べ、若干年下のように見える顔つきだ。
彼は人の良さそうな笑みを浮かべ、ゆっくりと俺たちに近寄って。
「これは久しい! 元・将軍のアルバート殿ではありませんか!」
「ああ……久しいな。法務大臣のラドラム殿」
と、楽しそうに声をかけたのだ。
ただ、答えた父上の表情は冴えない。
ラドラムと言う男への苦手意識が一目でわかった。
「そう暗い顔をするものではありませんよ。まるで僕に会いたくなかったと、こう言ってるようなものではありませんか!」
「受け取り方は自由だ。だが少なくとも、我らは軽口を交わすような仲ではなかったと思うが」
「ふむ……辺境に住むと考え方まで偏屈になるのですね?」
くくっ、と含み笑いを漏らしたラドラムと言う男。
彼なりの冗談のようだが父上は笑わない。
それを見てため息を漏らすと、隣に立つ俺へ目を向けてきた。
わざとらしく「ふむふむ」と声を発し、陽気な表情を崩さずに語り掛けてくる。
「ところで、君が
さて。
何も答えないのも無礼、これは間違いない。
しかし気になるのは彼の表情だ。
俺に対し、何か強い興味を感じているのが分かる。
「法務大臣閣下が仰る噂とやらに覚えはありませんが、私がアルバート・ハミルトンの息子で間違いありません」
「おお! なんて利口な子だ!
言い返すべきじゃない、こんなの分かり切っている。
でも、どうしても流す気にはなれなかった。
「ご忠告に感謝いたします。……少し安心しました」
「ふむ。安心した、とは?」
「法務大臣閣下は田舎の農夫にも詳しいご様子。懐の深さに感服した次第です」
「……へぇ」
分かりやすい皮肉を言うと、ラドラムは双眸を細め俺を射抜く。
鋭い眼光からは力強さを感じさせるが、俺は一向に退くことなく彼と視線を交差させる。
彼は既に笑みを失い真顔だが、一方の俺は年相応の笑みを浮かべつづけた。
父上は俺を止めようと、俺を守ろうと俺の背を引っ張る。
だが、ラドラムがずいっと前に出てそれを制する。
「農夫という言葉を受け入れていながら、随分と口が回るみたいだね」
「いえ、そのようなことは」
「あぁ! 謙遜することはないんだよ? 頭と口はときに、剣にも勝る武器となるんだから」
「……仰る通りかと」
のらりくらりと躱したことが、さらにラドラムの興味を引いたのだろう。
彼は黙って俺を見つめること十数秒、腹の底が見えない上っ面の笑みを浮かべた。
「さて、君――名は何と?」
どうやら俺に価値を見出したようだ。
その価値の基準は定かではないが、少なくとも、友好的なものではないはず。
だから俺は、もう一度だけラドラムとの会話を
「農夫の一人息子です」
「はっ――はーっはっはっはッ! なるほど! 名が農夫の一人息子だって?」
本当に愉快だった、それが良く分かる高笑いだ。
ラドラムは腹を抱えて笑い、周囲の騎士や貴族の注目を一身に集める。
困惑した父上には興味を失ったようで、もはや俺の前から動こうとしない。
ひとしきり笑った後、ラドラムが居住まいを正す。
「私としたことが礼儀を失していた。私の名はラドラム・ローゼンタール。爵位は公爵をいただいてる」
で、君は? そんな態度で彼は顎をくっと動かした。
彼の振る舞いを見ても平然としている俺の横では、父上が強く驚いていた。
「グレン・ハミルトンと申します」
「おお! 良い名じゃないか! 神に今日の出会いを感謝しないと」
「お戯れを。私は、たかが農夫の一人息子です」
「はっはっはッ! 言うに事を欠いて愉快なことだよ! まったく!」
ラドラムが俺に近づいて声を潜ませる。
「――何か困ったことがあったら、いつでも僕を頼るといい。僕の屋敷の僕の部屋まで来てくれたら、君の頼みならいくらでも聞いてあげよう」
「残念ですが、犯罪を犯すつもりはありませんから」
「大丈夫大丈夫、グレン君なら騎士に突き出したりしないからさ。むしろ、それぐらいヤンチャな方が興味が沸くってもんだよ。――じゃあ、僕はこのへんで」
さきほどの判断を撤回したい。
彼は意外と、俺に対しては友好的な価値を見出した様子。
俺への敵意を消して笑いかけ、最後は楽しそうにこの場を立ち去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇
パーティの始まりはあっさりとしていた。
帝都の重鎮だと言う者が、今宵の主役である第五皇子を紹介した。
軽めの言葉の後、すぐにパーティが始まったのは、なんでも第五皇子の意向によるものらしいと父上から聞いた。
第五皇子のほかにも何人かの皇族が参加している。
だが国皇に加え、皇位継承権が第五皇子より上の者らは足を運んでいない。
なんとも皇族の暗い部分が見えた気がする、
パーティがはじまってから数十分後のことだ。
「アルバート様! お久しゅうございます!」
やってきた男は、背筋をピンと伸ばしてはきはきと言った。
短めの金髪を綺麗に整えた、身体つきが逞しい中年の男だった。
目元には縦に大きな切り傷があり、なんとも顔が覚えやすい。
(父上の元部下ってところか)
そして、その予想は的中する。
父上曰く、彼は父上の補佐官を務めていた男だと。
剣技は勿論のこと、文官的な仕事にも精通したエリートで、父上は彼のおかげで将軍を務めることができたとベタ褒めした。
「この子はグレン。私の一人息子だ」
「初めまして。私はグレンと申します」
「ああ、初めまして。すまないな、父上と共にいたところに押しかけて。私は以前からアルバート様に
「まったく、私の何が良いんだか。この男はな、私が昼食をとる時などもいつも付いてきていたんだぞ」
「おかげさまで多くを学ばせて頂きました。指揮や統率に限らず、本当に多くのことを……」
いい上下関係を築けていたんだろうな。
せっかくだし、ゆっくりと話してきたらいいんだ。
「父上、俺はいいので、何処かで談笑してきてはいかがですか?」
「しかし、グレンを一人にしては」
「俺のことなら気にしないでください。ここで静かに待ってますから」
「アルバート様、ご子息のお言葉に甘えさせてください。どうか当時の思い出を愛でさせていただければと」
すると父上は申し訳なさそうに頷く。
補佐官だったという男を連れ、人の少ない静かなところへ場所を移しに行ったようだ。
一方、一人で残った俺はパーティ会場を眺める。
「ほんと、すごい数の貴族だ」
見れば俺と同年代と思われる令息、令嬢の姿もある。
皆、煌びやかな服装や宝飾品に身を包んでいる。
随分なご身分ばかりだと、つい苦笑してしまう始末だ。
帝都住みの貴族なら、俺と比べて多くの知り合いがいるはず。
俺と彼ら令息令嬢との距離が、都市そのものの距離のように遠かった。
「ッ――」
辺りを見渡していた俺の目が止まる。
そこに居たのは、会場中のどの令嬢よりも華やかな二人の少女。
俺は思わず呟いてしまう。
「――綺麗な人だな」
薄く蒼が混じった銀髪の少女と、桜色の髪の毛の少女だ。
桜色の髪の毛の少女の顔つきは角度のせいで窺えない。
分かるのは銀髪の少女の顔つきだけ。彼女からは、俺が前世でも見たことのない華を感じた。
年齢は俺よりいくつか年上だろう。
遠くに居ながらも分かる長い睫毛が、
雪のような白い肌。目鼻立ちがはっきりとした顔つきに、薄く紅を乗せた唇。
端麗な容姿は彫像のように磨かれていながらも、小悪魔のように可憐さも忘れていない。
ほっそりとした身体つきだが、胸元や腰つきは存在を主張する。
小悪魔のようと言ったが、漂う高貴さには聖女という言葉が良く似合いそうだ。
二人の少女は異性の注目の多くを集めているようだが、まぁ、当然だろう。
さぞかし有名な令嬢のはず。
しかしずっと眺めているのも悪いし、と俺が視線をそらしたところで。
「やぁやぁグレン君、あの子が気になるのかな?」
「……」
なんでここにいるんだよ。
俺はその声を聞いて振り返った。
「あの子といいますと? 法務大臣閣下」
「水臭いね。僕のことはラドラムと呼んでくれてくれないかな?」
「いえ、水臭いも何もありませんけど……」
「僕とグレン君の仲じゃないか。それで、君はあの子が気になってるのかい?」
彼が手を向けたのは、先ほどの銀髪の少女だ。
そして、なにが俺とお前の仲だよ、なんて思っても口にしてはいけない。
出会ってから数時間も経っていない仲に違いないのだから。
「気になると言うよりも、目立つ子だなって思って見ていました」
「へぇー。惚れちゃったとか?」
「それは別の話です」
断言すると、ラドラムはつまらなそうにため息を漏らす。
「ふぅん。
「……アリス?」
「あの子のことだよ。名前も可愛いよね?」
「え、ええ。素敵な名だと思いますが」
「うんうん。そう思ってくれて僕も嬉しいよ。やっぱり、妹が褒められると悪い気がしないね!」
彼の言葉を聞いて俺は後悔した。
ああ、なんて面倒な奴の妹を眺めていたんだろうと。
「それは何よりです」
だからだと思う。俺は若干冷めた口調で返してしまった。
「隣に居るのは姫様だね。うちのアリスは幼い頃から仲が良かったから」
「ああ、姫様だったんですか。さすが公爵家のご令嬢です」
「二人が揃うとどんな宝石も霞むって言われていてね」
「そうなのかもしれませんけど、ここからじゃ姫様のご尊顔を拝謁できませんから」
と言っているうちに、姫だという桜色の髪の少女が立ち去っていく。
俺は姫の顔を見ることが叶わなかったわけだ。
すると、残された
「いやー、我が妹ながらすごい光景だ」
「そんなこと言ってないで、助けに行かなくていいんですか?」
「いいのさ、あれぐらい。あの子も慣れたもんだよ――ところで、話し方が随分と柔らかくなったね。どう? うちの子になる?」
「なりません」
どう、じゃねえよ。
いきなり俺を養子にしようとするな。
「法務大臣閣下、俺に執着し過ぎじゃないですか?」
「君は色々と面白いからね。それと、僕のことはラドラムでいいんだけど」
「いえ、そのような無礼は出来ませんから」
俺の頑なな態度に対し、ラドラムはついに諦める。
「……精神的な距離があるねえ」
「ですから……数時間前に出会ったばかりですから」
「想いに時間は関係ないと思うんだけど――っとと、君の父上が戻って来たから、僕はそろそろ行くよ」
「あ、ちょ、ちょっと!?」
嵐のような男だった。
ラドラムは法務大臣を務めるとあって食えない男で、頭の回転も速い男だ。
比例して疲れる男だったなと、グレンは苦笑してグラスを口に運ぶ。
それから俺は、戻ってきた父上とパーティの雰囲気を楽しんだ。
特に新たな友人が出来たと言うこともなく、言ってしまうと料理を楽しんだだけなのかもしれない。
でも悪くない一日だったなと、いい経験が出来たと喜んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます