一章―帝都の騒動―

帝都へ。

 俺は順調に成長し、次の春で十四歳を迎えようとしていた。

 季節は冬、二月を過ぎた晩冬だ。



 ――今更ながら、この街には学校なんてものはない。

 なので同年代の友人を作ることは難しい。

 父上と一緒に街へ行くことはあったが、そもそも人口が少なくて、同年代の友人を作れる気がしなかった。



 つまり俺はボッチだ。



 別に悲しいなんてことはない。

 時折、友達が出来たら嬉しいなーと思うぐらいだ。

 だから別に悲しんでなんかない。



 白い息を吐きながら、ノルマをこなしつつそんなことを考えていた。

 場所はいつもと同じ裏庭だ。父上は客人が来ているため屋敷の中に居る。



「3997、3998……」



 しっかし身体強化の訓練が順調だ。

 前世の強さなんて、とうに追い越しているはず。

 もはや身体強化は友達と言っても過言ではない。



 ん? つまり俺はボッチじゃない?



 なんだ、何年も前から友達は居たんだな。

 ほっと安堵したところで、



「……4000、っと」



 今日のノルマが終わる。

 ノルマははじめた頃の倍を課しているのに、腕は一向に太くなる様子がない。

 それなりに筋肉質だと思うが、引き締まった細めの体格だ。

 身長も順調に伸びてきたし、顔立ちも少しだけ大人っぽくなった気がする。



 俺が身体を確認していると、屋敷から婆やがやってくる。



「あーらららら! 坊ちゃんったら、今日も逆立ちになっちゃって!」



 待て、逆立ちを目的みたいに言わないでくれ。

 身体に負荷をかけるためであって、別に逆立ちが趣味ってわけじゃない。



「もう終わったみたいですし、少しよろしいです?」


「ああ、俺に用事だったんですか」



 俺は逆立ちを止めて普通に立った。



「旦那様がお呼びですよ。執務室まで来て欲しいと」


「あれ、お客さんは?」


「さきほどお帰りになりました。帝都から来た方らしく、すぐに発たねばならないとか」


「……なんでこんな僻地まで」



 変な趣味でもあるのか、と俺は頬を引きつらせた。

 用事があったのは明白だが気にしない。



 何はともあれ父上から呼ばれてる。

 持ってきていたタオルで汗を拭いて、身体に付着した雪を払う。

 婆やにタオルを預けて屋敷の中に戻った。



「父上の執務室ーっと」



 屋敷の二階に上がって一番奥。

 分厚い真っ赤な絨毯を踏みしめて進み、重厚な木の扉をノックする。



『グレンだな? いいぞ』



 返事を聞き、俺はすぐに中に入った。

 中に居たのは机に背を預けて立つ父上だ。

 部屋の中央にある対面のソファを挟むテーブルには、二人分のティーカップが置かれていた。

 まだ湯気が昇っているのを見るに、客人が去って間もないのが分かる。



 俺は一つ、気になった事を尋ねる。



「父上、甲冑姿でお客さんの相手を?」


「当たり前だろう。何か問題があるのか?」


「……あるに決まってますけど、やっぱりいいです」



 父上が鎧以外の姿のときなんて、多分十回も見たことがない。

 風呂上りや就寝時の姿は除いてだが。



「それで、俺に用事って聞いたんですが」


「うむ。これを読んでくれ」



 俺は父上の手招きに従って近寄る。

 手渡されたのは、妙に質のいい紙を使った手紙だ。

 純金の封。蒼い紐が巻かれていた。

 宛名にはアルバート・ハミルトン殿へと書かれている。達筆だ。



「俺が読んでも大丈夫なんですか、これ?」


「私はもう目を通している。というより、グレンにも関係していることだからな」


「分かりました、それなら失礼して」



 ソファに腰を下ろして中身を取り出す。

 一枚の羊皮紙が納められていた。



「この長ったるい前置きは飛ばしてもいいですか? 時候の挨拶とか」



 なんでこう、格式ばった書類って挨拶が長いんだろう。

 俺からしてみれば『こんにちは! 寒いけど頑張りましょう! では早速』ぐらいで進めてくれていい気がするんだが。



「構わん。私も飛ばしたからな!」


「……手紙はちゃんと読んだほうがいいですよ?」


「お、お前! さっきと言ってることが……ま、まぁいい。いいから読んでみろ」



 俺はその声に従い目を通す。

 長々と連ねられた挨拶を飛ばし、本題と思われる箇所の文字を見る。



(第五皇子の十四歳の誕生日を祝うため?)



 まとめるとこうだ。

 我らがシエスタ帝国、第五皇子の誕生会パーティをしたいとのこと。

 この国では十四歳が成人とされ、皇族の男児は大々的なパーティを以て国内外にそれを知らしめるのだとか。



 辺境都市ハミルトンは帝都まで丸二日の僻地だ。

 だが皇子の祝いとなれば、わざわざ招待状を送った理由も理解できる。



「父上。俺は関係ない気がするんですけど」



 なにせ招待されたのは父上だけ。

 少なくとも、招待状に俺の名前は書かれていない。



「馬鹿を言うんじゃない。跡取りを連れて行くのは当然の義務だし、グレンは物心ついて久しいのだから、断れるはずがないだろう。そもそも最後に、ご子息も一緒にと添えられている」


「えぇー……」



 もう一度確認するが、帝都までは丸二日だ。

 前世のように、乗り心地の良い飛行機や新幹線なんてない。

 はっきり言うと行きたくない。



 しかし、俺が行かなければ父上に迷惑が掛かる。



「貴族の集まりなんて、俺は一度も行ったことありませんよ?」


「気にするな、私も久しく足を運んでない」


「……父上は経験があるでしょうに。でも分かりました。それで、出発は何時に?」


「来週には発とうと思う。パーティまで二週間しかないからな」



 そんなに早いのか。

 俺は手紙の最後に書かれていた日程を見落としていたことに気が付く。

 もう行くと言ってしまったが、急すぎて気が滅入る。



 一週間の間に、付け焼刃でもマナーや作法を学んでおこう。

 俺が肩をすくませると、父上もまた、この急報に肩をすくませたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 一週間で学び切れたかと聞かれると答えは『いいえ』だ。

 とは言え、付け焼刃ぐらいにはなったはず。

 前世ではパーティ会場に忍込むこともあった。だから全部が初体験ではないし、そう言う意味では他の令息や令嬢に後れをとっている気がしない。



 ――日が昇って間もない朝。

 俺と父上を乗せた馬車は、ついに帝都の近くまでたどり着いた。

 途中、いくつかの町や都市によっての行程だ。

 冬と言うこともあり、ハミルトンを発ってから三日目の到着になる。



「帝都に来るのも久しいな」



 父上は馬車の窓を開けて呟く。

 肌を刺す冷気が入り込むのと同時に、俺の視界にも帝都の全景が見えた。



 ……でかい。

 一言でまとめるとこの言葉に尽きる。



 巨大な外壁はどこまでもつづいていて、高さは十階建てのビルよりもありそうだ。

 材質は赤レンガだろうか? 積み上げられたそれは前世でみたことのない、壮大で美しい光景だった。

 帝都内部の詳細はまだ見えない。

 目を細めるが、降り出した雪のせいで視界が白いからだ。



「ここが帝都……」


「ハミルトンとは大違いだろう? 帝都は人口もそうだが、他の国からやってくる者も多い」


「ええ。外を歩いてる人の数もすごいです」



 俺たちのように馬車に乗ってる者もいれば、旅人のような出で立ちの集団も居る。あとは商人と思われる者たちや、馬に乗った見回りの騎士の姿が見受けられた。

 後はそうだな、トカゲのように鱗のある異人をはじめてみたぐらいだ。



「向かって左の街道を進むと、およそ一時間程度で港町に着く。今は皇家預かりの地になっているが、数十年前までは当時の大公家が治めていた町だ」


「へぇ、帝都外壁の外にあるんですか」


「広い町だからな。壁を広げるとなれば必要な税が計り知れん」


「なるほど。……ところで話は変わりますけど、外壁の奥に見える尖塔はなんでしょうか?」



 俺の視線の先にあるのは、いくつもの背が高い尖塔だ。

 雪のせいでうっすらと見えた。

 尖塔は象牙色で、ヨーロッパでよく見たゴシック調。教会なんかで目にする機会が多かった建築様式で、一見して平民の建物じゃないことは分かる。

 巨大な壁の中にあって、それでも存在を強く主張して止まない。



「あれは城だ。皇帝陛下が住まう、シエスタ帝国最大級の建築物だぞ」



 道理で大きいわけだ。



「あんなに大きな建物、みたことありません」



 前世でも見た記憶がない。

 有名な都市には巨大なタワーがあったが、城となれば話は別だ。



 こうしている間にも馬車は壁に近づく。

 解放された門では、多くの騎士たちが帝都に来た者たちと話していた。

 入国審査のようなものだろう。

 俺が乗った馬車が停車すると、すぐに騎士が近寄ってくる。



「失礼いたします」



 騎士が頭を下げて語り掛けてくると、馬車の窓から父上を見た。



「遠路からようこそお越しくださいました。まずは家名を――――しょ、将軍ッ!?」



 冷静だった騎士の驚きの声、それがすぐに驚き一色に染まった。

 俺は眉をひそめ、そっと耳を傾ける。



「……馬鹿を言うな。私はもう将軍ではないぞ」


「いえ将軍。我ら帝都の騎士の多くは、将軍の教えを忘れたことはなく――」


「もう一度言うぞ。私はすでに将軍ではない。だから、それ以上馬鹿なことを言うもんじゃない」


「で、ですがッ」



 やっぱりだ。父上が将軍職を退いた件に関して、何か事情があったらしい。

 騎士の声色からは、どこか鬼気迫っていることが伝わってきた。

 父上は双眸を凛と細め、剣のように鋭く磨かれた覇気を放ち威圧した。

 すると騎士は、あきらめた様子で俯いて言う。



アルバート様、、、、、、、家名は結構です。我ら騎士が貴方を見間違うはずもありません」


「ああ、任務ご苦労」



 その言葉を聞いて御者が手綱を引く。

 同時に。



「――新たな将軍は、我らが命を懸ける価値もありません」



 騎士が吐き捨てるように言った呟きは、空に溶けることなく俺たちの耳に届く。

 俺はそれを聞いて神に願った。

 帝都滞在中、何事も起こることなくハミルトンへ帰れますように、と。



 それから数分も経たぬうちに、俺は帝都の光景に圧倒される。



 大通りは横幅百メイル以上はあるだろうか。

 端正に並べられた石畳。路肩に並ぶ街灯は黒鉄色のアンティーク調で美しい。

 並ぶ建物はすべて四、五階建てで連なっている。

 その多くが何らかの店で、ガラスの奥には暖かそうな店内と、多くの品々が並べられていた。



 道中には、十階を超える大きな建物もあったが、みてくれから察するに宿屋のよう。

 恐らく、帝都の外から来た客人向けのものだ。



 そして大通りをまっすぐ進むと、俺が何よりも注目していた城だ。

 象牙色の全貌は雪化粧されていながらも、悠然と立ち壮大。

 城に並び立つ尖塔の数々は、意匠が凝らされた見事な彫刻が施されていた。

 大きさはどうだろう? 比較する対象が見当たらないが、少なくとも、前世で見たどの城よりも遥かに大きい。



 俺が驚いていると、父上が俺の顔を見ず静かに言う。



「グレン。さっきはすまなかった」



 少し剣呑だったことを父上は詫びたわけだ。



「いえ。話せるときが来たら教えてください。俺はそれで十分ですから」


「……本当にお前は大人びた子だな」



 父上はそう言って俺の頭をポン、ポンと撫でる。

 少しくすぐったいが、そう悪いもんじゃない。

 俺が「もうそんなことをする歳じゃないですよ」と恥ずかし気に言うと、父上は大口を開けて笑い声をあげた。




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