新たな生活と新たな力。


 ある日の朝、俺は外を見て呟くのだ。



「――なんて願ってから、もう十年、、か」



 俺はそう言って、窓に映る自分の顔を見た。

 窓に映っているのは中性的で整った顔だ。黒い髪と紫水晶アメジストを想わせる瞳。

 加えて身体つきは、同年代の平均より発育が良い。



 容姿は既に赤ん坊ではない。

 十年も経てば当然だ。



 ――転生という言葉がある。

 俺はその言葉の意味を知識として知っているだけだった。

 現実的な話をすると有り得ない、というのが俺が抱いていた印象だ。

 しかしながら、こうして新たな人生を得ているのだから、もはや否定することは出来ない。



 だがどうして俺は転生したのか……その理由は未だに分かっていない。

 前世の記憶を持ったままなことも不思議だし、分からないことはいくつもある。

 しかしそういうもんなんだと、答えを見つけることは断念していた。

 別に困ることは無いし。



 と、俺は屋敷にある書庫で再確認した。



 だが何もしないわけにはいかない。

 グレンとして新たな生を受けたのだから、この世界の常識を学ばなければならない。

 だから今日にいたるまで、俺は書庫で多くの知識を吸収してきた。



「……シエスタ帝国領、辺境都市ハミルトン」



 ぼそっと呟く。

 俺が生まれた国の名前と、住んでいる都市の名前だ。

 そして住んでいるのは、光球で見ていた小さな屋敷。



 家主は父であり、領主のアルバート・ハミルトン。今年で三十五歳だ。

 爵位は子爵と高い位ではないが、父は俺が生まれる前まで帝都で将軍を務めていたと聞く。

 将軍職を退いた理由は聞いてない。



 というか、簡単に聞いていいのか疑問だ。



 主な家族構成だが、俺と父上。

 そして、婆やが主となって俺たちの面倒を見てくれている。

 その婆やだが、数年前までは定期的に帝都へ足を運んでいた。理由は定かではないが、足を運んだ際には数週間、時には一か月を超えて滞在してから帰って来た。

 屋敷を空ける際には、別の給仕が俺たちの面倒を見てくれたのだ。



 いつからかその仕事も終わったようで、俺が尋ねた際には「約束だった仕事が終わったからですよ」とだけ、答えてくれた。

 当時は何となく、聞き辛い空気があったから、詳しい事情は聞いていない。



「まぁ……父上の件は、別にすぐ聞く必要は無いけどさ」



 ふわぁと欠伸を漏らす。

 前世の俺ならこんな呑気に欠伸はしなかった。



 でも、今の俺は以前と違う。

 何と言うか、生まれ変わった俺とい、、、、、、、、、、う人格、、、が形成されているのだろう。

 我ながら明るい性格になった気がしてならない。



「今日も静かだなー……」



 書庫の窓から望む風景はのどかだ。

 立ち並ぶ家々は数百ぐらいで、街を囲むように田園風景が広がっている。

 街の真ん中には、我が家に通じる大通りがあった。



 ここは辺境都市と言うだけあって、他の都市に比べてのんびりとした所だ。

 人口は少ないが、それでも前世では居なかった人種、、が存在している。婆やのように、獣の耳や尻尾、あるいは手足を持つ人々が居るのだ。

 異人と呼ばれる者たちで、彼らの祖先は魔物が混じっているそうだ。



 ……そう、魔物、モンスター。

 この世界にはそうした生き物も跋扈している。

 幸いにも俺はまだ見たことがないけど、土地によっては、多くの魔物被害に苛まれる箇所もあるようだ。

 まぁ、他の都市なんて行ったことないけど。



 俺が黄昏れていると、不意に書庫の扉が開かれる。



「またここにいたのか、グレン、、、



 覇気がある声でそう言ったのは、父のアルバートだ。

 白銀の甲冑を纏い、腰に剣を携えて書庫に足を踏み入れる。



「あ、父上」


「うむ。朝から勉強していたのだろう? 婆やから聞いたぞ」


「って言っても数時間ぐらいですよ。父上の仕事は終わったんですか?」


「はっはっはっはっ! 相変わらず仕事らしい仕事は無いからな! 街に出て、ちょっとばかし商人たちと話をしてきたら終わってしまった!」


「……ですよねー」



 父上の仕事は、領主としての仕事すべて。

 ただこんな辺境では仕事も少ない。



「というか父上、屋敷の中でぐらい甲冑は脱いだらどうですか?」


「グレン、何年も前から言ってると思うが、これは私の騎士としての魂だ。脱ぐときは死ぬときだけだと決めている!」


「でも入浴するときは脱いでるじゃないですか」


「ぐ、ぐぅ……っ!」


「あと寝る時もですけどね」



 俺の反論を聞き、父上は口をへの字に曲げた。

 父上が屋敷を歩いていると、甲冑がこすれる音でどこに居るのかすぐに分かってしまうんだ。

 とは言え、別にうるさく感じるほどじゃないが。



「さ、さて! 私も少し仕事をしてくるぞ! 家の中で出来ることもあるからな!」



 ――――話をそらしたな。

 だが俺はそれを指摘するほど意地悪くない。



「分かりました。じゃあ、何かあったら呼んでください」


「うむ! ではな!」



 俺は大股で歩き出した父上の後姿をぼーっと眺めた。

 父上が立ち去ったのを確認してから小さく笑う。



 さて、それじゃ俺も勉強を再開しよう。

 窓際を離れて机に向かう。

 置かれていたのは数冊の本で、ここ最近、俺が必死になって勉強している教本だ。



 勉強は大切だ。

 学ぶべきことは山ほどある。

 歴史、文化、常識……十歳になった今でも、学ぶべきことは多い。

 だが俺は、勉強することが苦にならない。

 前世でも暗殺者として、多くの言語や知識を植え付けられた経験がある。

 何日も机に向かう生活を強いられようとどうってことない。



 ――そんな俺が最近になって学んでいるのは『魔法』だ。

 教本の表紙には『魔法学:基礎』と書かれている。

 前世にはなかった概念だからか、この本を読むのは本当に面白い。



 この本を読んだおかげで、魔法への理解が少しずつ深まってきた。

 魔法は便利な技術だ。

 基本的に、五大属性と呼ばれる五系統の魔法が用いられることが多いらしい。

 魔法を行使するためには、目に見えない『魔力』というエネルギーを用いる。

 生まれ持った魔力を消費することで、火を起こして湯を沸かすことができるし、夏場は氷を生み出して涼むことも出来るわけだ。

 ちなみに、適性がない属性の魔法は何年修業しても使えないようだ。



 だが魔力の使い過ぎは禁物だと言う。

 使いすぎると息切れや疲労感に苛まれ、気を失うことがあると本に書いてある。



 使われる魔力の量は、魔法の規模に応じて上下する。

 だが、常人程度の魔力では大したことが出来ない。

 何年も何年も訓練して、ようやく戦いに持ち込めるような魔力量が得られるという。

 訓練していない常人が魔法を使ったところで、火属性なら風呂の湯を沸かすぐらいで精いっぱいとのこと。

 


 あと大切な情報と言えば、魔法を使うものの格を表す言葉だろうか。

 一つの属性を満足に扱えて単属性使いシングルと呼ばれ、その魔法に別の属性を一つ重ねられると二属性使いデュアルと呼ばれるようになること。

 シングルで一人前、デュアルで数千人に一人の天才に値するみたいだ。



 実はこの上にも格もあって、属性を二つ重ねられる者は三属性使いトライアングルと呼ばれる。

 だが、この段階になると数万人に一人の存在だ。

 つづく四属性使いテトラとなれば、歴史に名を遺す偉人になる。



 とは言ったものの、例えばトライアングルに勝る攻撃力を誇るシングルも居るようで。

 愚直に一属性を極めた者は、時に上位者に勝ることもあるらしい。



 最後になるが、時折、他の人には使えない固有の才能、、、、、を持って生まれる者もいる。

 それは固有魔法と呼ばれ、稀有な才能と称されるらしいが。



「俺の『複製魔法』は使い勝手がいいのか悪いのか……」


 

 父上から複製魔法を聞かされた時は、なんてすごい力だ! と喜んだ。

 はじめて複製魔法を発動した時は、思い立ってから数か月を要したのを覚えている。 

 だが残念なことに、使ってみると大したことがない力だった。



 例えば今読んでいる本を複製したとしよう。

 すると確かに複製できる。

 だが、複製された本は中身が白紙で、しかも数十秒も経つと消えてしまう。

 ……面白いけど中途半端だし、使い道を探すのが難しい。



 あとデメリットを言うならば、生き物は複製できないことだ。

 一度だけ、窓に止まった小鳥で試したことがある。

 けど発動した瞬間、両腕で頭を抱え床を転げまわるほどの頭痛に襲われた。

 口の端から涎を零して、涙が止まらない強烈な痛みに苛まれたのだ。

 


 結果、俺は意識を失って、目を覚ました時は自室のベッドの上。

 考えてみると、生物の複製なんて神の御業だし、出来なくて当然だったのかもしれない。



 …………情けない過去は忘れよう。



 ところで、魔法の使い方は意識すること。

 しっかりとイメージして、使いたい魔法を強く念じるのだ。 

 でも複製魔法の使い勝手の悪さゆえ、黙って属性魔法か身体を鍛えるべきだと思う。

 そう思った俺がページをめくると。



「ん?」



 新たな章に書かれていたのは身体強化の文字だ。

 魔力を用いて身体を強化する方法らしい。

 なんだこれ? 興味本位に目を通すと、魔法と違った魔力の使い方が書かれている。

 身体に魔力を流すことで、筋力を強化する術のよう。

 幸いなことに、適正は必要ないようだ。



 ――おいおいおい、最高じゃないか。



 前世の死因が失血死だったであろう俺にとって、身体を強化できるのは魅力的だ。

 この世界は魔法で氷や炎を打つことができるわけだし、俺の常識以上に身体を強化できるはず。



 更にページをめくる。

 どうやって身体強化をするのか、その方法が書かれていた。



 初見の俺が簡単に理解できるシンプルな方法だ。

 書かれていたのは簡潔で、強化したい部位に魔力を流す――それだけ。

 だが、一応練度によって強弱はできてしまうとのこと。



 問題なのは、俺が魔力を流す方法を知らないことか。



 どうしたもんだろう。

 人差し指を立てて双眸を細めた。

 なんとか気合を入れることで、いい感じに魔力が流れないかな……って考えた。



「あ」



 と思っていたら、出来た。

 指先がほんのりと光り、漲る充実感がひしひしと伝わる。

 これが魔力なのか? 身体強化に成功したのだろうか?



 何はともあれ調べてみたい。

 俺は椅子から立ち上がり、人差し指を床に突いた。

 そのまま逆立ちの動きに入って、



「……なるほど、これが魔力か」



 俺は人差し指だけを支えにして逆立ちした。

 片手には本をもったままだ。



 これだけなら大したことじゃない。

 俺もそうだったが、前世でも指一本で逆立ちする人は大勢いた。

 ところが今は、指に少しも疲れが生じない。

 何時間でも出来そうなぐらい、感じたことのない余裕がある。



 ニヤリとほくそ笑んで本を見る。

 身体強化も魔法と同じく、何年も訓練を重ねることで強度が増すようだ。



 すごい。魔力はすごい。

 この力があれば銃弾なんて怖くない。

 ……なんて思ったものの。



「ま、もう暗殺なんてする気はないけどさ」



 ならば魔力を使うことに意味があるのか分からないが、自衛のため――とでも思っておけば悪くない。

 もう命のやり取りなんてもう勘弁だ。

 日々、精神を削り生きるなんて、今となっては望むはずもない。

 今の生活環境なんて、前世で抱いた理想そのものだし。



 養子の俺に母は居ないが、さっきのように賑やかな父が居る。

 のどかな街での暮らしは悪くないし、前世のような生活に戻りたくなんてない。



 だから俺には目標がある。



「そうだ。俺は絶対に……」



 絶対に平穏に暮らしつづける!

 心優しい妻を貰い、無邪気に遊ぶ子供たちに囲まれたい。

 そして、最終的には老衰でこの世を去る。



 ……我ながら素敵すぎる人生設計だ。



「ふふふ――ッ」



 おっと、逆立ちしたまま邪悪な笑いが漏れてしまったな。

 俺は気を取り直して、指先へと意識を向けたのだった。


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