異世界貴族の暗躍無双~生まれ変わった史上最強の暗殺者、スローライフを諦める~
俺2号/結城 涼
転生
転生。
俺は幼い頃から暗殺者として生きてきた。
最初から暗殺者になろうとしていたわけじゃない。単に俺が、それ以外の選択肢を選べる状況に無かったからだ。
一つ目は幼い頃に両親を失ったということ。
車で買い物に出かけていた両親は、居眠り運転をしていた車と衝突して呆気なくこの世を去る。その時、物心ついていない俺は後ろに乗せられていたが、運悪く一人だけ生き残ってしまう。
二つ目は俺を引き取った国営の孤児院だ。
そこは表向きはありふれた孤児院だったが、裏では軍と繋がりがあった。
俺はそこで、当たり前のように軍部の人間に育てられるようになる。諜報技術や戦闘訓練など、普通の学校では習わないようなことを身に着けていった。
最後に、俺の才能だろう。
幼い頃の俺は、運動能力や機転の良さが際立っていた。
特に運動能力が常人離れしていたのだ。
物覚えも良かったようで、軍部の者から特別扱いされていく。
いつしか俺は他の孤児とは違った訓練を施されていた。
日々の訓練は血反吐を吐くほど厳しくなり、最高の暗殺者となるよう育て上げられる。
――そんな俺の初めての仕事は、確か八歳のときだ。
当時の俺はわざわざ飛行機に乗って空を飛び、とある国の政治家を空港で暗殺した。
凶器はボールペンで、トイレに入った政治家をじゃれつくように暗殺したことを覚えている。
帰国途中の飛行機の中では一睡もできなかった。当然だ。他者との関係は希薄な生活をしていたが、それでも人を殺すという初めての経験は重い。
しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに、俺の下へ舞い込む暗殺の仕事は絶えなかった。
暗殺対象は某国の大統領を含む政治家たち。あるいは後ろめたいことのある企業経営者や、時には武装組織を相手に暗殺をしたこともある。
一人、そしてまた一人と暗殺していくことで心の痛みは消えていった。同時に俺は、暗殺した回数を数えることも止めた。
暗殺を積み重ね続けた俺は、いつしか伝説として語られていたのだ。
……と、俺は今の言葉を通信機に向けて話していた。
救助を待つ間が暇だったからだ。
走馬灯というのだろうか? 唐突にこれまでのことを考え出したのは、今の俺が死に瀕しているからかもしれない。
「しかし、自分のことを伝説って言うのは恥ずかしいな」
俺は力なく失笑した。
おもむろに腹部に手を当てると灼熱のように熱い。
ドロッと真っ赤な鮮血が手のひらに付着した。
『馬鹿なこと言わないで黙ってくださいッ! すぐに救助が――』
通信機からはオペレーターの必死の声。
オペレーターの周囲も俺を救出しようと慌ただしくなっているようで、雑音のように人々の声が聞こえる。
しかし。
「無理だ。どうやら俺の限界の方が早いらしい」
俺の腹部から流れ出た鮮血が、すでに床へ水たまりを作っている。
幸いにも、携帯していた鎮痛剤で痛みはないが。
『いったい誰が貴方を――ッ! 嘘の情報を織り交ぜて任務を偽造するなんて……ッ』
「いくらでも恨みは買って来てる。思い当たる節がありすぎる」
ははっ、俺は乾いた笑いを漏らす。
もはや力が全く残っていない身体を酷使して、懐を漁り煙草を取り出した。
慣れた手つきで火を付けて「すぅ……っ」と息を吸う。
「さすがの俺も、最初から最後まで罠では荷が重かったようだ」
今回の任務は富豪の屋敷に忍びこんでの暗殺で、俺にとってはありふれたものだった。
だが、用意されていた武器は細工されていて使い物にならず。屋敷には俺を待ち構える者たちで溢れかえっていた。
付け加えるならば、俺が現地に向かうために使った車にも発信機があった。
『でも貴方は敵の全てを殲滅した! そんな貴方が死ぬはずがありません! 伝説の暗殺者はまだ死んではいけないんですッ!』
しかし我ながら、よく殲滅したもんだ。
俺も死ぬ瞬間が近づいてきているが、先に死んだのは敵なのだから俺の勝ちといってもいいだろうか。
なんだかんだと暗殺対象も処理したのだから、任務失敗ではないはずだ。
「過分な言葉で光栄だ。……でも俺も学んだよ。次はもっと身体を鍛えておかないとな、ってね」
だが、次の機会なんて来ないだろう。
軽口をたたいた後、俺は煙草を持っていた腕を力なく下す。
『ええ! ですから、次のためにもすぐにそちらへ――』
カラン、通信機が床に落ちる音がオペレーターに聞こえた。
さて、何か悔いがあるとしたら……そうだな。
もっと自由に生きてみたかったし、友人や家族という存在も欲しかった。
暗殺者として生きたことに後悔はないが、もっと色々なことをしたかったという後悔が拭いきれない。
もう何も叶わないわけだが、ならせめて、もう一本だけ煙草を吸いたかった。
俺は最期に『応答してください!』という鬼気迫る声を聞きながら、眠るように意識を手放した。
◇ ◇ ◇ ◇
目が覚めたとき、俺は救助が間に合ったのだろうと思った。
だが俺は見たこともない場所に居た。
漆黒の天球が俺の頭上を覆っている不思議な所だ。
数えきれない星々が俺の頭上を彩っている。
下を見ても同じ光景が広がっているじゃないか。
夢か現実か疑いつつ腹を撫でると、あったはずの傷が一つも無い。
ふと、目の前に光球が漂って来た。
大きさは……直径五十センチほどだろうか?
俺は身体の自由が利かなくて、ただ立ちすくんで光球を眺めていた。
すると光球の中に、ある光景が浮かんでくる。
そこには一人の男性が居た。
年のころは二十代も半ばぐらいだろう。
鋭い双眸と、短めの茶髪が凛々しい男だった。
彼は全身を白銀の甲冑を纏い、腰には一本の長剣を携えていた――が、手元には不釣り合いなモノを抱いていた。
赤ん坊だ。
小さな赤ん坊を腕に抱いていた。
白い布に包まれた赤ん坊は、穏やかな寝息を立てている。
『――――? ――』
彼が赤ん坊に話しかける。
が、その言葉は俺が知らない言語だった。
しかし凛々しい外観とは違う、なんとも柔らかな笑みで赤ん坊を見下ろしている。
……ところで、俺は何を見せられているのだろう……。
夢にしては感覚が鋭くて現実味のある夢だ。
身体は動かないし、黙って光球を眺めているしかないのだが。
『――!』
男が豪快に笑いながら何かを言う。
不意に、俺は感じたこともない強烈な頭痛に苛まれた。
『――だ。――――というのに』
断片的に言葉が分かるようになっていく。
しかし比例して頭痛が増す。すると身体が動くようになったじゃないか。
それから勢いよく光球を両腕で掴み、痛みを紛らわそうと力を込めた。
きっと俺の目は血走っていた。
だが何もできず、ただ光球を眺めさせられる。
『あれが――――私の家――――』
誰かこの痛みを消し去ってくれ! 頭が割れそうだ!
銃で撃たれた時の痛みなんて比じゃない!
……俺はしばらくの間、そんな痛みに苛め抜かれた。
『陛下の女性関――ったものだ。――――大丈夫、私の家で幸――』
まただ。
何故か彼の言葉が分かるようになっていく。
だが同時に嬉しいことがあった。
彼の言葉が聞き取れるのと同時に、頭痛が徐々に治まっていく。
『さぁ、着い――』
彼は低い声でそう言うと、寝ている赤ん坊に一軒の屋敷を指し示す。
町はずれの小高い丘にある小さな屋敷だ。
門の内側には、よく手入れがされた庭園が広がっている。
彼が門に向けて手を伸ばすと、光球から音が鳴りだした。
例えるならば卵が割れるような乾いた音で、見せられていた光景が細かくひび割れる。
一体何が起きるんだ? 俺が疑問符を浮かべて間もなく、派手に砕け散った光球が勢いよく俺を吸いこんでいった。
驚きの声を漏らせたのは間もなくのことで。
「あ……あうー……?」
言葉にならない声が漏れてしまう。
……訳が分からない。俺は辺りを見渡した。
「おお、起きたのだな――グレン」
視界に映ったのは、ついさっきまで見ていた甲冑を着た男だ。
ついでに言うと辺りの景色も光球に映っていた。
草花の香りが鼻孔をくすぐり、穏やかな春風がそっと頬を撫でていく。
「あうあー!?」
なんだこの状況は! まったく理解が追い付いていない。
俺は暗殺者として生きていたせいか、衝撃的な状況に出会うのは慣れていた。
が、自分の身体が赤ん坊になる経験なんて初めてで……。
(これはいったい……)
俺に出来る事は無かった。
あるとすれば、呆然と自分の身体を眺めることだけ。
「はっはっは! いいぞグレン! 男の子は元気でなければな!」
俺の不安なんて知らない豪快な声。
事情も現状も分からないが、彼は俺の命を奪うような存在では無さそうだ。
それから俺は抵抗することなんてできるはずもなく、されるがまま、屋敷の中へ連れていかれる。
屋敷の中は温もりを感じる造りをしていた。
天井、床、そして壁のほとんどが木目が目立つ木材を使っていて、真っ赤な絨毯は分厚くて歩き心地が良さそうだ。
一般家庭と比べれば遥かに広いが、屋敷と言うには小さめに思える広さをしている。
特に飾りっ気もなく、人の気配がまったく感じられない静かな屋敷だ。
「婆やッ! 婆やぁー! 今帰ったぞ!」
男の豪快な呼び声からすぐ、一人の小さな女性が何処からともなく走り寄ってくる。
「ア、アルバート様!? 急に帰ってきてどうされたんですか!? 将軍のアルバート様が簡単に王都を離れられるはずが――」
女性の見た目は十代半ばぐらいだ。
でも、男は彼女のことを婆やと言っていたし、何より――耳だ。
彼女の耳が俺の興味を惹く。
灰色の犬耳が付いていて、よくみれば腰には尻尾もでているじゃないか。
……訳が分からない。
「私はもう将軍ではないぞ! 城に辞表を叩きつけてきてやったからな! もはやただの一貴族でしかない! ああ、それとこのグレンは私の息子だ! 縁あってこのようになった!」
「その縁というものが一番の問題ですが……
「理由は後で話すさ。というわけで婆や、うちで育てることになるが構わんな?」
「……私はまだ、帝都での仕事が残っております。少なくとも来年からは年に数回、お屋敷を空けることとなりますが」
「なに、構わんさ。その時は給仕を一人雇えばよかろうて」
彼はそう言って俺の顔を覗き込んでいる。
表情は暗くないが、若干困った様子にも見えた。
来ていた白銀の甲冑がカチャン、と小さく揺れる。
「私が将軍をやめたこと件も教えたいのだが、まずは私の部屋にグレンを寝かせるとしよう」
「はぁ……分かりました」
「すまん。苦労を掛けると思うが」
「別に構いませんよ。念のため確認ですが、この子――グレン様を当家の跡取りとして育てられるのですね?」
「ああ」
「かしこまりました。まったく、旦那様ったら随分と穏やかになられて……
「い、言うな……そういうこともあろう!」
少し状況が分かってきた。
今の俺の名前はグレンと言って、この甲冑を着た男の養子として引き取られたんだ。
「ところで、将軍職の後任はどなたに?」
「私の部下だった男になるだろうさ」
「……左様でございますか。そう言えばアルバート様、教会でグレン様の神託は頂いて来たのですか?」
「当然だとも」
すると彼、アルバートは懐から一通の封筒を取り出す。
「グレンを抱いていて手が塞がっている。悪いが婆や、中を見てくれないか? 実は私もまだ確認しておらんのだ」
「ええ、承知致しまし――まぁ!」
婆やは封筒を開けてから、すぐに灰色の耳をピンと立てて尻尾を真っすぐに伸ばした。
つづけて俺を見て「グレン様はすごい方でございます」と口にする。
「火、水、風、雷、地、
「はっはっは! 婆や、
「そ、そうでした……私としたことが」
コホン、と婆やが咳払いをして居住まいを正すが、彼女はすぐに新たな驚きに声を上げる。
「それに固有魔法持ちだなんて――でも『
「なんだそれは? 確かにそう書いてあるのか?」
「え、えぇ……はじめて見る魔法ですが……こ、固有魔法ですものね! どういう魔法なのか楽しみに致しましょうか」
ところで、俺はずっと耳を傾けていたわけだが。
残念なことに二人の会話はさっぱりだ。
魔法がどうの、固有魔法がなんだのと言われても、少しも理解が追い付かない。
――あ、急に腹が空いてきた。
「あぅ……あぁー! あーッ!」
「あらあら、グレン様ったらお腹が空いちゃったようです」
「かもしれんな。婆や、赤ん坊の食事も用意できるか?」
「本日すぐには出来ませんよ。ですが何人か、町で子供を産んだばかりの女性を知ってます。今日は彼女たちに頼むしかないでしょう。屋敷に来てくれと依頼しますから」
「……すまん。私からと、しっかりとした礼を渡してくれるか?」
「承知いたしました。グレン様、少しだけお待ちくださいね!」
彼女はそう言うと足早に去っていった。
残された俺は、アルバートと目を合わせていた。
もしかして俺は授乳されるのか? 頬が引きつるような思いに苛まれると、同時に俺は抗いようのない眠気に襲われてしまう。
駄目だ、眠い。
十秒も経たぬうちに、俺の瞼は自然に下りた。
そして意識を手放す直前に強く願う。
起きた時、この状況について把握できますように――と。
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