37.失恋
借りていたDVDを返却しに
「え? 何で何で!? チューしようとして腕刀突きからの下段金的蹴りでも食らって、去勢されかかった? それとも上段回し蹴り一発で沈められて、君を守るよ的な気持ちまでへし折られちゃったとか?」
筒見の面白半分な問いかけは、しかし当たらずとも遠からずで、有ヶ谷は一層深く項垂れた。
自分の言葉で更に傷付いてしまった様子の彼を見て、筒見は慌てて謝ろうと口を開きかけた――が、それより先に、有ヶ谷が沈黙を破った。
「…………俺、自分がすごく駄目な奴なんだって、思い知らされた。彼女に恋する資格なんて、なかった、のかも」
落とされた呟きは彼の自己嫌悪を反映し、ひどく暗いものだった。
「自分でもさ、前から優柔不断なところがあるとは思ってたんだ。それを優しさだって言ってくれた人もいたけど……俺は優しいんじゃない、卑怯なだけなんだって痛感したよ。肝心な時は情に流されて、それどころか自分のことばかり考えて、結局は一人で何もできない軟弱者。そんな奴が守りたいとか支えたいとか、傍にいたいとか、バカだ……バカ過ぎて、涙出る」
ついに有ヶ谷は、膝に顔を埋めて肩を震わせ始めた。
筒見はそんな彼の隣に座り、頭を乱暴に撫でながら、手付き同様、わざと語気を強めて告げた。
「ホント、バッカみたい。卑怯者上等、軟弱者万歳だよ。自分が可愛くて何が悪いの? 好きな人以外に、大切なものがあっちゃいけないの? 自己犠牲がそんなに美しい? そんなの……」
「でもサラギさんは!」
堪らず、有ヶ谷は大声を上げて筒見の言葉を遮った。
「サラギさんは……俺に、言ったんだ。いざという時は彼女を優先してくれって。なのに、出来なかった。あの人は七瀬さんを好きじゃない、寧ろ嫌いだって言ってたけれど……嫌いでも大切なんだ。俺なんかより、ずっとずっと彼女を大切に思ってるんだ。それに、七瀬さんも」
有ヶ谷の脳裏に、あの時のことが蘇る。
あの時、あの瞬間、七瀬はわざと手を離したのではないかと思うのだ。二者択一を迫られ、苦しむ自分のために。どちらを選ぼうと、辛い結果が待ち受けるだけの道を進まなくても良いように。
彼女は、あれが演技だと知らなかったと言っていた。それなのにあんな無茶ができたのは、自分の飼い猫は必ず助けに来るという確信があったからだ。
再び押し黙ってしまった有ヶ谷に小さな溜息を落とすと、筒見はそっとくちびるを開いた。
「…………あたしも、さ。実はサラギくんのこと、好きかな〜、って思った時があったんだ」
唐突に打ち明けられた筒見の告白に、有ヶ谷が思わず顔を上げる。代わりに今度は、筒見の方が恥ずかしそうに俯いてしまった。
「誰にも内緒だよ? ナナちゃんにも言ってないんだからね? あたし、暫く部屋空けたことあったじゃん。あん時……まあ、色々あってさ。危ないところを、サラギくんが助けてくれたんだ。寝込みを襲って、キスしようとしたこともあったの」
「随分と積極的だったんだなあ。それで、本人には気持ちを伝えたの?」
有ヶ谷が尋ねると、筒見は吹き出した。
「言うわけないじゃん! だって、サラギくんの一番はナナちゃんなんだよ? 好きとか嫌いとか、そういうのはわかんないけど……きっと、アリーの言う通りなんじゃないかな。サラギくんは、ナナちゃんの傍にいるためなら何だってするんだと思う。主の好みを選べなくても、引き取られたら従うしか知らないペットみたいに」
有ヶ谷もまた頷いた。
最後に目にしたサラギの眼差しからは、愛情などとは違う、執念のようなものを感じた。他のペットと違い、サラギは自ら七瀬を主に選んだ。自ら望んでその地位を得た、七瀬だけの飼い猫なのだ。
「ま、吹っ切れるまで時間かかるとは思うけど、今夜はアリー失恋記念ってことで、飲み明かそ!」
筒見は明るく笑い、冷蔵庫を勝手に開けて缶ビールを持ってきた。
缶を打ち鳴らして乾杯したのを皮切りに、有ヶ谷の部屋にあった酒はあっという間に飲み尽くされてしまった。
二人はそのまま勢いに乗って、常に酒をたらふくストックしてある筒見の部屋へと酒宴会場を移動し――飲んで語って、飲んで泣いて、飲んで笑って、飲んで飲んでの騒ぎを続けた。
お互い二日酔いは確実、翌日の学校も遅刻もしくは休講必至だったけれども、おかげで有ヶ谷の気持ちはさっぱりした。
しかし――――筒見がサラギへの想いを断つことができたのかどうかだけは、最後まで聞けず仕舞いだった。
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