18.苦笑


「へえ、ロウゼさんはシルバーアクセサリーのお店で働いてるんだ。道理でお洒落なわけだ。今度行ってみようかなあ……って貧乏学生だから、買えるものあるかわかんないけど」


「ロウゼさんなんて、他人行儀な呼び方すんなよ〜。トガイにタツキでいいだろ? 高いのもそれなりにあるけど、手頃な値段のものも多いよ。是非是非、来て来て。俺がタツキに似合うアクセ見立ててやんよ!」


「とか言って、どうせ高価な品を売りつけるんでしょう? この人に騙されてはいけませんよ、アリガタヤさん。口八丁手八丁の先天性極悪人なのですから。ナナセさんも甘い言葉に釣られて付いていかないように、くれぐれも注意してくださいね?」


「付いてくわけないよ。こんな奴の甘い言葉なんて、胡散臭い以外の何物でもないじゃん。大体、お前の親類ってだけで好感度マイナス無限大だし」



 七瀬ななせの淹れたコーヒーと買ってきたお菓子をつまみに四人で仲良く話をしていると、時計を見た有ヶ谷ありがやが申し訳なさそうに肩を竦めた。



「ごめん、俺、そろそろ帰んなきゃ。コンビニに荷物置いてきてるから回収しに行かなきゃだし、明日はちょっと用事があって朝早いんだ」


「あ、そういや俺も早出だったわ。やべ、洗濯機回しっぱで来ちゃったよ……着てく服あったかな」



 有ヶ谷に続き、トガイも立ち上がる。


 見送りに玄関まで出てきた七瀬に改めてコーヒーの礼を言い、そして靴を履いたところでようやく、有ヶ谷はここに来た理由を思い出した。



「忘れてた、『タマキ』のグッズ!」

「今度にしなよ」



 七瀬が短く答える。



「コンビニの分もあるし、大荷物になっちゃうじゃん。大事なものみたいだし、落としたり傷付いたりしたら大変だよ」


「でもいいの? また時間作ってもらわなきゃならなくなるけど」


「私は平気。アリガタヤくんこそ忙しいんだよね? だから次はこっちから出向いて、家まで届けるよ」



 夢ではなかろうか、と有ヶ谷は自分の頬を抓って確かめたい衝動に駆られた。しかしそこをぐっと堪え、上擦りそうになる声を抑えて提案した。



「それじゃ明日の午後はどうかな? 明日は休校で、午前中は趣味の乗馬の予約入れてるんだけど、午後からは空いて……」


「待ちなさい。今、あなた何と言いました?」



 有ヶ谷の言葉を、静かで鋭い声が刃物の如く分断した。



「馬に、乗れる場所があるのですか?」



 サラギが切れ長の眦を見開いて尋ねる。


 玄関扉を開けようとしていたトガイも慌てて戻り、有ヶ谷にぐっと顔を寄せて問うた。



「おい……タツキ、本当か? 俺、馬に乗るなんて現代の日本じゃ競馬騎手か大金持ちしかできないと思ってたんだぞ? だから今の今まで諦めてたんだぞ?」



 どうやらサラギ同様、トガイも相当の世間知らずのようだ。


 二人の男に前後を挟まれ、その鬼気迫る空気に気圧されながら、有ヶ谷は泣きそうな声で答えた。



「えと、その……予約さえすれば初回五千円程で三十分くらい乗れるってとこは多いかと。あの、もしかしなくてもお二人共、馬がお好き、なのかな?」


「はい。見て良し乗って良し食べて良しの三拍子揃った、素晴らしい動物だと思います」


「だよな。牛も悪かないけど、やっぱ外見と頭の良さと味では馬に軍配が上がるよな」



 食べるやら味云々はさておき、この二人は楽器だけでなく馬好き同士でもあるらしい。有ヶ谷は一応、念を押してみた。



「といっても、俺の知ってるとこは小さな乗馬クラブだから、そんなに立派な馬はいないよ? 期待には添えないかも……」


「でも乗れるんですよね? 馬に乗って、自由に走り回ってもいいんですよね?」



 身を乗り出すサラギの眼差しは、真剣そのものだ。


 経験者かどうかまでは定かではないが、平日なら混むことはなさそうだし、もう何年も通い続けているよしみで飛び入りでも何とかしてもらえるだろう。


 自分の不用意な一言が招いた結果だと諦め、有ヶ谷は頷いてみせた。



「うん。敷地だけは広いから馬もストレスなく走れるよ。えっと……良かったら、一緒に行く?」


「行きます! ああ、アリガタヤさんの背に後光が見える……ありがたや〜ありがたや〜」



 有ヶ谷の言葉を聞くと、サラギはついに手を合わせて拝みだしてしまった。


 トガイは朝から終日勤務とのことなので、代わりに予約を入れることで納得させた。仕事休みたい、行きたくない、馬に乗りたいとねちねちぐずってはいたけれども。


 また、七瀬もサラギに付き添って一緒に来てくれることとなった。


 二人きりのデート計画は台無しになってしまったが、抱き合って歓喜するサラギとトガイを眺めていると、こんなに喜んでくれるならまあいいか、と有ヶ谷はどこまでもお人好しな自分に半ば呆れ気味に苦笑いした。

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