3.日向


 太陽が中天に達する頃にもなると、広い遊園地内の敷地は大勢の人々で溢れた。


 開演したばかりの頃は人の流れが穏やかだったけれど、今はどこを見ても騒々しく賑やかで、明るい活気に満ち溢れている。人気のアトラクションは行列をなし、イベント会場で現在行われているヒーローショーも子供達でいっぱい。客の他にも風船を配る可愛い動物のきぐるみキャラや移動式のクレープ屋などが、秋の休日に相応しい行楽地を一層盛り上げる演出に一役買っていた。


 しかし有ヶ谷ありがやは、そんな楽しげなムードの中で一人、虚ろな眼差しで地面ばかりを見ていた。



「アリガタヤくん、大丈夫? いくら楽しいからって、具合悪くなるまでやることないのに。もしかして、ドMっていうやつだったのかな? なら謝るよ、ごめんね。楽しんでるところを止めたりして悪かったとは思うけど、あんまりやり過ぎるとお店の迷惑になると思ったから」



 ベンチの隣に腰かけ彼の背中を擦りながら、七瀬ななせがこれまたとんちんかんな謝罪をする。


 決して楽しんでなどいなかったしドMでもないのだが、と有ヶ谷は心の中で反論した。


 彼女が止めてくれなければどうなっていたことか。良くて失神、最悪失禁していたかもしれない。なので有ヶ谷は恩人に向けて精一杯の感謝の気持ちを込め、笑顔を浮かべてみせた。



「ううん、七瀬さんが謝ることないよ。こっちこそ付き添わせちゃってごめん。せっかくの遊園地なのに、日向ぼっこしてるだけなんてつまんないよね」


「何で? 日向ぼっこ好きだよ? つまらなくなんかない」



 不思議そうに小首を傾げて、七瀬が答える。陽光に透ける髪色と淡い虹彩の瞳のせいで、その仕草は見知らぬ人間の様子を窺う子猫のようだった。


 勝手に一目惚れして見た目だけで大人しい娘だと思い込み、おまけにその幻想を打ち砕かれたといって勝手に軽く幻滅したけれども、やっぱり可愛いと有ヶ谷はこれまた勝手に惚れ直した。


 しかし、猫という単語が、有ヶ谷の頭に自分をこんな目に遭わせた人物のことを思い出させる。考えたところでわかるものではないし、直接聞く方が早いだろう。



「ねえ、あのサラギさんって人」

「人じゃなくて猫だよ」



 思い切って尋ねたのに、間髪入れず一刀両断されてしまった。だが、有ヶ谷は諦めずに続けた。



「サラギさんって…………ええと、見た目によらず力持ちだね。びっくりしちゃったよ」



 本当は猫とはどういう意味なのか、つまりどういう関係なのか問いたかったがいきなり核心には挑めず、及び腰になってしまった有ヶ谷に七瀬は小さく頷いた。



「そうだね、彼氏ペンギンで一人キャッチボールやるくらいだからね。遊んでる時くらい猫の世話から解放されたかったのに、とんだ迷惑だよ。帰ってもまだ顔見なきゃなんないなんて、罰ゲームに等しい」


「え…………ま、まさか、一緒にす、住んでるの!?」


「飼い猫なんだから当たり前だよ。アリガタヤくん、動物飼ったことないの?」



 あっさりと肯定されると、有ヶ谷は目の前が真っ暗になった。鈍感な七瀬にも、彼の様子から一体何を想像しているのかすぐに理解できたようだ。



「変な風に考えないでね、気持ち悪いから。あれは猫。人間に見えるかもしれないけど、私も本人も猫だと思ってるんだから猫なんだよ。わかった?」



 相変わらず表情は皆無だが、軽く眉を顰めながら語気を強め念を押すところから察するに、二人は本当に男女の関係ではないらしい。


 有ヶ谷は何度も頷くと、もう一つだけ尋ねてみた。



「あのさ、嫌だったら答えなくてもいいんだけど……どうしてサラギさんを飼い猫にしたの? ほら、普通は誰かと出会っても猫として飼おうなんて思わないじゃん? 別に、人として普通に付き合っても良かったんじゃないかなって……まあ、普通普通っていっても、俺個人の考える普通でしかないんだけどね」



 七瀬は青く澄み切った空へ視線を向け、少しの間を置いてから呟くように言った。



「…………あんなの、誰も拾わないだろうって思ったからかな。それに、ニャンニャンギャンギャンうるさかったし。飼ってくれるまで離れないって」



 彼女の説明では詳しい経緯はわからないが、情に流されたところをサラギに押し負かされる形で飼い猫と飼い主という奇妙な関係となってしまったようだ。


 ということは、サラギという男は――――もしや彼女のことを。



「アリー、復活した!? やばいよ、急がなきゃ!」



 嫌な妄想が有ヶ谷の胸に重く立ち込め始めたその時、筒見つつみが息せき切って駆け込んできた。その表情は、ひどく切羽詰まっている。



「何? アイ、どしたの?」


「こんのバカ! 悠長に言ってる場合か! 今日のイベント忘れたの!? お昼からイベント広場で『タマキ』がライブやるんでしょうが!」



 筒見の怒声に、有ヶ谷も慌てて立ち上がった。今日ここに来た、もう一つの大切な目的を思い出したのだ。



「うわ、今何時!? 早く行って場所取りしなきゃ!」


「もう十一時だよ! 宍戸くん、先に広場に行かせたからあたし達も急いで合流しよ!」



 慌てふためく二人に、七瀬はそっと尋ねた。



「……ねえ、サラギくんは?」



 すると筒見は一瞬固まり、辺りを見渡してから絶叫した。



「やっば…………置いて来ちゃったああああ!!」

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