なかよし猫の遊び方

1.秋空


 青々と澄んだ空に、つうと一本の白い線が走った。線は留まることなく、やがて柔らかに滲みながらゆるゆると伸びやかな軌跡を描いていく。


 見事な秋晴れの空に咲く飛行機雲――少女はそれを、暫くずっと見上げていた。


 その横顔には、何の感情も窺えない。淡いブラウンのショートボブに彩られた小さな顔は、どこまでも無表情だ。顔立ちが整っている分、微動だにせず佇むその姿はまるで良く出来た人形のようで、吊り気味のアイラインに縁取られた薄い鳶色の瞳も、嵌め込まれただけの鉱石じみて無機質に映る。


 いつまでも天空を仰ぎ続ける彼女に、傍らにいたキャップ帽の青年は何と声をかけようかと迷いあぐねていた。


 開園して間もない遊園地はまだそれ程混み合ってはいなかったが、それでも様々なカップルが隣をすれ違っていく。一緒に来た友人達が飲み物を買いに行く振りをして、せっかく二人きりにしてくれたのに、この状態では仲良くなるどころか記憶にも留めてもらえない。


 何せしっかりと自己紹介したにも関わらず、もう既に何度も名前を間違われているのだ。今日一日で仲を進展させることは不可能でも、せめて名前くらいは覚えてもらいたい。



「ええと、あの」



 意を決して青年が言葉を紡ごうとしたその時、何とも奇怪なドコドコという音と共に、彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。



「お〜い、ナナセさ〜ん! やっと見付けました、探し回りましたよ〜!」



 メリーゴーランドとコーヒーカップの隙間に広がる通路から足音を響かせ近付いてくるのは、今巷で密かな人気を誇るゆるキャラ『ペン田ペン子』だった。


 目にも痛いショッキングピンクという色彩の悪趣味さもさることながら、あまりにも作りが雑で、剥げ落ちたボアを何度も貼り直した跡が目立つ。その上、目はどちらも明後日の方向を向いている。はっきりいって、とてつもなく不気味なきぐるみだ。

 おまけに、『ちょっとおっきめ☆』というプロフィールにも偽り有り。ちょっとどころか、とんでもなくでかい。二メートル以上はある。きぐるみから飛び出すピンクのタイツに包まれた足の長さから見ても、中の人はかなりの背丈の持ち主だろうと容易に想像がついた。


 正体はプロレスラーだとかスタントマンだとか噂されていたが、どうも少女――七瀬ななせの知り合いであるようだ。


 凄まじい速度でドコドコドコドコこちらに向かって来る珍入者を認めると、彼だけでなく無表情で立ち尽くしていた七瀬も流石に目を瞠り、驚きの色を見せた。そして青年に尋ねる。



「何であれがここにいるの」



 表情同様、声にも全く抑揚がなかったけれども、青年は初めて彼女の方から話しかけられた喜びで有頂天になった。



「さ、さあ? ペン子は神出鬼没っていうし、たまたまじゃない?」


「たまたまなわけあるか。さてはバカだろ、お前。たまたまは猫のふぐりだけにしとけ。ちょっと待ってて、始末してくる。」



 え?

 何?

 何か、さらっとキツイこと言いませんでした?


 言葉遣いも、それどうなの?

 というか始末って何? 何するつもりなの、ねえ?――――一気に湧き上がる言葉を一つも口に出来ず、青年が笑顔で固まっている間に、七瀬はペン子に向かって駆け出した。かと思えば、そのまま勢いに任せて、見事な飛び蹴りを見舞ったではないか。


 自らも猛スピードで疾走していたせいもあって、ペン子は呆気なく吹っ飛ばされ、仰向けに倒れて動かなくなった。


 呆然とする青年の元へ戻ると、七瀬はボルドーカラーのコートに付いた砂埃を払いながら彼に告げた。



「とっとと筒見つつみさん達と合流しようか。あの小悪魔、あれがいるって知ってて黙ってやがったんだ。もしかしたら前もって教えて、わざと仕事受けさせたのかもしれない。アリガタヤくんからも文句言ってやって」


「…………アリガヤです」



 どうせ忘れられるだろうし、もう覚えてもらえなくてもいいやと青年――有ヶ谷ありがや竜樹たつきは、半ば投げやりに訂正した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る