35.黒姫
ぐったりとしていた
鳶色の瞳は相変わらず虚ろだったが、何かを求めるように頻りに手を伸ばして辺りを窺っている。
頃合いだと判断した
五人の男に纏わり付かれても、七瀬はなすがままにされていた。服が引き裂かれ、黒い布地から白い素肌が覗く。二人の男が両側から挟むようにして首筋を丹念に愛撫する。もう二人は足を開かせてニーソに包まれた足を舐めたり、下着越しに性器に触れたりしていた。
「う〜ん、イマイチ反応悪いな。そういや眠剤も食ってたんだっけ? 抜け切らねえ内に経口二発はちと多すぎたか……おいこら
五人の中で一番の若輩であるため、七瀬を背後から支えながら他の者の邪魔にならない程度に触れるしかできなかったタクは、河内の命令に嬉々として立ち上がった。そしてカメラアングルを確認してから、彼女の真正面に屹立した男性の象徴を近付ける。
彷徨っていた手が、タクの太腿を捕えた。
すると七瀬は豹変したように男達を跳ね除け、タクの腰に抱きついた。
「えええ……やっぱ若い奴が好みってこと? 全く、正直な姫だなあ」
取り残された男達がしょげる様を見て、河内はげらげら笑った。だが、笑っている場合ではない、やっとお姫様がその気になってくれたのだ。こちらも気合を入れなくては。
アップにしたカメラ越しに、タクにしっかりと両腕を巻き付けしがみつく七瀬が映っている。今までと違い、その表情はひどく切なげで、泣き出す直前のようだった。
不意にそのくちびるが小さく動き、一つの単語を零した。
「…………お母さん」
おいおい、こんなゴツい野郎を母親と間違うなよ、と皆が失笑しかけた次の瞬間――――室内に、タクの悲鳴が轟いた。
「いってえええ! こいつ、噛み付きやがっ……ああ!? うわ、あ、あ、助け、助けて! こ、こいつ……っ離れねえ!」
必死の形相で訴えるタクに、ただ事ではないと察知した四人は慌てて二人を引き剥がそうと手を貸した。
しかし、七瀬は離れない。
薬でリミッターが解除されたせいもあるのだろう、恐ろしいほどの力を両腕と顎に込め、固く強く抱き締めたタクの腹部に喰らい付き続ける。
大の男四人がかりでも、全く歯が立たない。
河内は渋々カメラを止め、二人が七瀬の腕を、もう二人が頭を押さえ付けている間に、タクを思い切り蹴り飛ばした。
ぶつ、と嫌な音が響く。
そこでやっと、二人は分かたれた。
「ぎあああああ! うああ、うぎいいいい!」
タクが悶絶し転げ回る度に、患部を押さえた両手の隙間から迸る血がシーツを赤く染めていく。かなりの肉を噛み千切られたようだ。
四人の男に取り押さえられた七瀬は、無表情にタクを眺めているだけで、もう襲い掛かろうとはしなかった。
「おい…………嘘、だろ……?」
彼女を押さえていた一人が、震え声を漏らす。
河内も、ぞっとした。
七瀬が口腔内に残った肉を、ゆっくりと咀嚼し始めたからだ。
皆が固唾を飲んで見守る中、噛み砕いたそれを嚥下すると、彼女は突然、我に返ったかのように激しく嘔吐した。
液状の吐瀉物と一緒にタクの一部だったものを吐き出した七瀬は、荒い呼吸の間に、また小さく呟いた。
「……………お母さんじゃ、なかった。お母さん、お母さんはどこ……?」
そして今度は左隣にいた男に焦点を合わせ、手を伸ばす。
全員の背に戦慄が走った。
「ロープだ、ロープ持ってこい! 轡も噛ませろ!」
「おい、しっかり捕まえとけ! また噛み付かれるぞ!」
「タク、お前も手伝え! 手当は後だ、先にこいつをどうにかしないと!」
「クソ、何が姫だ! これじゃまるで狂犬じゃねえか!」
五人が暴れる七瀬を荒々しく押さえ込む。堪り兼ねて、河内は怒声を上げた。
「おい、乱暴に扱うな! てめえら、忘れたのか? このガキは見世物用の肉便器じゃねえ! キョウちゃんの大事なお客様だと、あれほど言っただろうが!」
途端に五人は揃って蒼白し、沈黙した。
「…………とにかく今すぐ、キョウちゃんに電話して事情を説明してくる。その間に、縛るなり何なりして動けなくしとけ。もう一度言うが、怪我させるような真似しやがったらただじゃ済まさねえぞ? わかったな?」
全員を凄味の効いた目で睨み付けてから、彼は部屋を出て行った。
普段はどちらかといえばのらりくらりとしてへらへら笑っていることが多い河内が、こんなにも怒りを露わにするなんて滅多にないことだ。その分、本気でキレた時の恐ろしさはあの
瞬時に肝が冷えた五人は命令された通り、細心の注意を払って七瀬の手足をロープで縛り、口にSM用のギャグボールを噛ませた。
五人が奮闘している間、河内は隣室に置いた携帯で履歴から恭司に電話をかけた。しかし、なかなか繋がらない。
すると出入口のドアの向こうから、微かな着信音が聞こえた。音はゆっくりと近付いてくる。黒電話のベル音を着信音に設定している知り合いは、恭司しかいない。
続いて扉が不規則なリズムでノックされる。此処に用があって訪れる者だけに教えている、独特のノック方法だ。
「キョウちゃん、来てくれたんだ。だったら話が早い……」
だが、開いたドアの向こうにいたのは、恭司ではなかった。
「え?
「河内さん、久しぶり。ノックのやり方、昔と違ってたらどうしようって心配だったけど……良かった。案外、不用心なんだね」
唖然とする河内に、筒見は天使のような笑顔を向けた。その手には、恭司の携帯が握られている。
どういうことだと問い返す間もなく、河内の頭を鉄の輪で締め付けるような強い圧迫感が襲った。
「…………ナナセさんを、返していただきますよ」
ドアの影に身を潜めていた人物は、そこから伸ばした腕で河内を捕えると、静かに宣言した。
腕の主の狂気に満ちた瞳を見上げると、河内は観念してサングラスの奥の目を閉じた。
うっかりしていた――――あの黒アリスの傍には、イカれたチェシャ猫がいたのだ。
そんなふざけた思考ごと、河内の頭部は果実のようにあっさり握り潰された。
血と脳漿を浴びせられた筒見が、腰を抜かしてへたり込む。
声にならない声を漏らす彼女を置いて、サラギは中へと踏み込んだ。
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