23.再生


「ん? あれ、山崎やまざきさんもいたんだ。全然見えてなかったよ〜。一般人が危険も顧みず女の子を守って勇敢に死んだっていうのに、呑気なもんだねえ。これが警察官とは情けない。死んだふりしてやり過ごそうなんて、許さないぞ!」



 男は七瀬ななせから山崎に照準を変えて、引金にかけた指を引き絞った。


 が、間抜けな音だけが響くのみで、弾丸は発射されない。こちらも弾切れのようだ。



「ありゃりゃ、あんまり楽しかったから調子に乗り過ぎたなあ。残り弾数の確認を怠るなんて、僕としたことがうっかりしてたよ」



 これは好機と判断した山崎は、ばね仕掛けの如く起き上がると男に飛びかかった。気絶したふりをしながら、機会を伺っていたらしい。肉弾戦となれば、体格的に大きく勝る山崎の方が圧倒的に有利だ。


 とはいえそれは、相手が素手であるという前提であり、残念ながら今回はその前提から外れていた。



「うげ、ぁう……」



 マウントを取った山崎が、獣じみた呻きを漏らして崩れ落ちる。



「お気に入りだから、返してもらうね〜」



 そう言って男は、山崎の脇腹に刺したナイフを無造作に引き抜いた。


 山崎が、また短く悲鳴を上げる。


 苦痛に歪む相手の表情を眺めながら男は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。


 思うがままに遊ぶ子供のように楽しくて楽しくて仕方ないといった、無邪気ゆえに邪悪な笑みだった。



「山崎さんも上杉うえすぎさんも、どうしちゃったのかなあ。僕らは一蓮托生、正義の粛清仲間だろ? こうして、証拠は取り返した。後は邪魔者を消してはい、おしまい。これで皆ハッピーエンドじゃないか。何が不満なのさ?」



 素早く立ち上がった男は山崎を蹴り転がし、傷口を庇おうとする彼の両手ごと容赦なく踏み付けながらのんびりした口調で問うた。



「い、五十嵐いがらし……おま、お前、何で、銃なんか持ってた……? 俺達は、制服以外の装備品は……貸していないはずだぞ……」



 苦痛に身を捩り捩り山崎が問うと、五十嵐なる男は何だそんなこと、とでも言いたげに肩を竦めてみせた。



「向こうにいた東條とうじょう克臣かつおみさんから拝借したのさ。射撃場はよく行っていたから、なかなかの腕前でしょ? ずっと人間を撃ってみたかったんだよね〜。念願叶って嬉しいなあ」


「お前、まさか、所長まで……!」


「やだなあ、何もしてないよ〜。警察手帳と銃を盗っても起きなかったし。万が一のために、手錠はかけてきたけどね。さすがに、交番所長が殺されたら大騒ぎになるだろ? そうなると、これから一層やりにくくなるからねえ」



 それから五十嵐は、石のように固まったままこちらを凝視している七瀬に、ナイフの切っ先を向けた。



「こんな可愛い子を殺さなきゃならないなんて、胸が痛いなあ。でもカッコイイ彼氏も死んじゃったし、きっと後を追いたいよね? 任せといてよ、きっちり殺してあげるから。」


「ほう、格好良い彼氏とはもしかして、私のことですかな?」


「うん、そう……え?」



 流れで答えた五十嵐が思わず振り向く。




 すると、小首を傾げて覗き込むサラギと至近距離で目が合った。




「ええ!? えええええ!?」




 叫び声を上げて飛び退くも、サラギは既にナイフを持つ彼の手を捕らえていた。掴まれた手首は万力の如く固定され、全く動かせない。


 だが五十嵐は反対側の手でポケットからもう一つのナイフを取り出し、拘束するサラギの腕に力一杯突き立てた。



「いったたたたた! コラ、何てことするんですか! こんなことされると、とても痛いんですよ? もしかして知らないんですか? ほら」



 苦痛に喚きながらも、サラギは突き刺されたナイフを五十嵐の左手ごと掴んで引き抜いた。更に、それを五十嵐自身の右腕に宛てがい、ぐっと押し込む。



「いひゃああ! ああぅあああ!」


「ね、痛いでしょう? でもさっきの銃撃の痛みは、こんなものではありませんでしたよ? それにあなた、リキさんにはもっと酷いことをしたんでしょう?」



 嗚咽混じりの悲鳴を漏らし震えている五十嵐の右腕を強く引き寄せると、サラギはナイフが貫通している傷口の上――薄水色の半袖シャツから覗く薄い引っ掻き傷を指差し、冷ややかに告げた。




「…………何で」




 次々に起こる異常事態にへたり込んでいた七瀬が、か細い声を発する。


 小さな呟きではあったけれども、サラギは聞き逃さず、嬉々として語り始めた。



「よくぞ聞いてくれました。まずリキさんの腕ですが、何故持ち帰ったのかと言いますと、あの部分だけ異様なほど損傷が激しかったからなんですよ。それで、何かあるのではないかと思い、調べていたのです。ナナセさんもご覧になったでしょう? 解剖に使う道具など持っておりませんから、ちょっと原始的になってしまいましたが」



 『お手伝いいただく』とは、『リキが最期の力を振り絞って遺したであろう犯人に関する痕跡を見付け出す』という意味だったようだ。


 目で見てもわからないくらい微細な証拠を探すためとはいえ、あの行為がまさか調査などと誰が思うものか。


 その時のことを思い出し、七瀬は口を押さえて込み上げる吐き気を堪えた。それでも成果はあったのだから、リキの最期の思いは報われたのだろう。かといって、胸の悪い話には変わりないが。


 サラギはそんな七瀬の気も知らず微笑を崩さぬまま、五十嵐がポケットにしまったビニール袋を取り返し、それを再び掲げてみせた。

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