13.進捗


「大したもんだねえ、よくこれだけきっちり調べ上げたもんだ。流石はルーさん、仕事が早い」



 福沢ふくざわが感心して吐息を漏らすと、ルーは荒れた身なりで隠されてはいるが、彫りの深い端正な顔立ちを控えめに綻ばせた。



「持ち上げないでくれよ、福沢さん。図書館に行けばこのくらい、誰だって簡単に調べがつくさ。それより、ジョージくんと田中たなかさんの方がすごいよ。大分進んだね、毎晩張っているんだろう?」


「おうよ! まだ未完成だが、もうじき仕上がるぜ。サラさんの頼みってのを抜きにしても、これさえ出来上がりゃ俺らもちっとは安心して出歩けるようになるしな」


「うん、一挙両得ってやつだ。ほら田中さん、終わったよ。あんたの成果も書き込んでくれ。そんで今夜の張り場を決めようじゃないか」



 得意満面で答える田中に、ジョージがペンを渡して促す。共に協力して任務をこなす内に、打ち解けたらしい。ついこの間リキの件で揉めたことが嘘のように、二人はあれこれと話し合いながら作業を進めた。


 それを認めると、いつも翁面じみた固い表情を崩さない大臣の顔にも優しい色が差した。


 だが田中が記入を終えたそれを覗き込んだ途端、大臣は真っ白な眉を強く顰め、小さく身を震わせた。



「改めてこうして見ると、凄まじい数だな。何とも恐ろしい……」



 昼でも薄暗い橋の下の隠れ家で、ホームレス達が見下ろしているのは、ブルーシートの上に広げた大きな地図だった。それには至る箇所に赤い丸と、何種類かに色分けされた線が描かれている。


 赤丸は、ルーが図書館で調べた小動物惨殺事件の起こった場所だ。添付された付箋には、丁寧に事件の詳細が書き記されている。


 色分けされた線は、交番の警官達のパトロールルート。これは田中とジョージが交番から彼らの跡をこっそり尾行し、怪しまれないよう少しずつ移動しながら距離を伸ばして、明らかにしていった努力の賜物だ。


 また福沢は近隣のホームレス達にも呼びかけ、多方面から情報を収集する役割を果たし、大臣はこの大きな市街地図を始め、張り込みをする二人に持たせるための小さな地図や文房具など、必要なものを購入する金銭面での支援を担っていた。


 赤丸の上から大きく✕印が付いているものは、福沢の聞き込みから愉快犯や別件と判断し、それをサラギが自ら確認に赴き除外した事件だ。


 福沢はサラギに、どうやって確認しているのかと尋ねてみたのだが、返ってきた答えは『近くにいる怪しそうな人々に会って、直接話を聞く』という大変に馬鹿らしいものだった。


 そんなことで本当に大丈夫なのだろうか?


 皆不安になったけれども、この計画の発案者が任せろというのだから仕方ない。



「しかし、犯人は随分と頭の良い奴なんだろうな。見ろよ、警官のパトロールルートからえらく近いとこも多いんだぜ」


「もしかしたらこいつも、俺らみたいに警官を尾けてたのかもしれん。これだけ派手にやらかして、手がかりも残さない奴だ。十分にありえる」


「事件発生時刻からすると、警官が巡回した後を狙って犯行を行っているようだからね。可能性は高い」


「今は静かにしているようだが、その分溜まった鬱憤晴らすみたいに爆発しそうで怖えな。とっととボロ出してくれりゃいいんだが」



 渋い顔をして皆が口々に推察を述べる中、ジョージが思い出したように福沢に向き直った。



「ああ、そうだ。昨日、リキやんが出てきたんだ。相当ひどい扱い受けたらしくて、腸煮えくり返ってるんだと。俺らを手伝いたいって言ってるんだけど、どうだろうか?」



 福沢は片頬を笑いの形に吊り上げ、了解の意を示してみせた。



「助かるよ、人出は多い方がいい。サラちゃんにも言っておこう」


「そういえばサラさん、この頃見ねえな。昼間は働いてるから来られないってのはわかるけど、毎晩調査に出かけてるってわけでもねえんだろ?」



 不意に田中がぼやくと、福沢の笑みが苦笑に変わった。



「サラちゃんは今、ナイトも兼任してんだよ。この危険な街でプリンセスを守ってんだ」


「え、ええ!? サラさんにそんな女いるのか!?」


「そ、そういうボディガードの類の仕事じゃなくて!?」



 田中とジョージが、同時に素っ頓狂な声を上げる。ルーと大臣も随分と驚いたようで、二人揃って目を見開いたまま固まっていた。



「サラちゃん曰く、お友達だそうだ。俺もちらっと遠目に見た程度だが、恋人同士って雰囲気ではなかったな。どこで知り合ったかまでは聞いてねえ。ま、サラちゃんくらい男前なら、女にゃ困らんだろ」



 仕方なしに福沢が補足説明を付け足すと、ルーは合点がいったように大きく頷いた。



「違いない。サラさんがやってるきぐるみ、今色んなところに引っ張りだこらしいしな。中身があんな色男なら、そりゃファンも放っておかないだろうさ」


「きぐるみ着てたらキャー可愛い、脱いだらキャー格好良い、てか。サラさんは顔も風体も綺麗だし、とてもホームレスには見えんもんな。いや、ホームレスでも関係ないって娘もわんさかいるだろうよ。ったく、ちったぁ分けて欲しいぜ」



 やっかみ剥き出しに口を尖らせてジョージがぼやく。しかし、田中だけはうんざりしたように歯を剥いた。



「そんなご褒美あるっていっても、俺ぁ二度とあんなきつい仕事やりたかねえよ。一回やっただけで、心底懲りたぜ。暑くなるこれからが、一番の正念場だ。熱中症でお陀仏しねえように言っとかなきゃだな。あの会社は、とことんまでやらせるんだからよ」



 皆の会話に相槌を打ちながら、福沢はワンカップの酒を煽る口元をひっそり歪めた。



 恩など感じなくていい、辛ければ辞めてもいい、と再三言ったにも関わらず、サラギはいまだにきぐるみのバイトを続けている。


 そこまで言って聞かないのならば、本人の自由だと放っておけばいいのだが、福沢はそれでもやはり気に病んでいた。


 田中の言う通り、きぐるみの仕事は気温が上がれば更に過酷になる。そして彼が仕事を辞めないのは、自分が言った一言のせいではないかと思うのだ。



『女を喜ばせたいならまずは手に職、次に自分で稼いだ金で相手の欲しいものを買ってやるのがいい』



 親切にしてくれた女性に、何かお礼をしたいので知恵を貸してくれとサラギに相談を受けた時に、確かそう答えた覚えがある。



 彼の話によると、相手の欲しいものというのは相当高価らしい。


 いつかその相手と思われる人物と、夜道を一緒に歩いているところを偶然見かけたが、成人しているかしていないかといったくらいの若い娘だった。



 しかし何となく、本当に何となくだけれども、福沢には彼女が何を求めているようにも見えなかった。


 それどころか、どんなものを与えても届かないような、そんな深い距離感を覚えた。



 なので余計なお世話だとわかっていながらも、厳しい労働に身を投じて奮闘しているサラギの努力が、無駄になるのではないかと憂慮してしまうのだ。



 どこかで会ったら冷やかしてやろうというジョージと田中を、福沢はやんわり制しておいた。ともあれ、彼女といる時のサラギはこの上なく楽しそうだったので。



 もしかしたら、彼が連続動物虐殺犯に復讐をしようと決断したのは、あの娘のためなのかもしれない。想像でしかないが、福沢にはそう思えた。

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