第一話

1.仕事の依頼

 まずは、自己紹介から入ろう。

 何事もそれがいいはずだ。多分。

 オレの名前は、虎井とらいダイジ。37歳、日本人男性。転生屋ドライバーだ。

 けったいな職業名だが、騙そうとしているわけじゃない。読んで字のごとく、他人を異世界に転生させるのがオレの生業だ。説明するほどに信憑性が薄くなっていく気がするが、本当なのだから取り繕いようもない。同業者には、今のところほとんど会ったことがないが。

 以前は、それこそトラックのドライバーをやっていた。

 普通の、一般的な、常識に即した、合法的な職業だ。

 そいつがどうして転生屋に転職しちまったのかといえば――単純に、金の問題だ。

 なんてったって賃金の払いが良かったんだ。

 ガメツイ奴だと、拝金主義だと、欲の化身だと罵られようとも、こいつもまた本当の話だから、偽ったところで仕方がない。いくら他人を異世界へ飛ばせたって、オレ自身はこの世界で生きなきゃならんのだ。現代社会の、日本という国で。

 日々の生活が大事だ。

 したがって、金は大事だ。

 できることなら、能力を活かして効率良く稼ぎたい。

 職業は特殊かもしれないが、オレの感性は至極俗物的なのだ。

 たまたま天職が転生屋だっただけ……それ以上でもそれ以下でもない。

 その日もオレは、転生屋として人に呼び出されていた。

 

 とある駅前。

 たまに来る駅だ。

 場所は――まあ、いいか。東京のどこかだよ。

 まだギリギリ朝の時間帯だが、混雑するほど早めでもない。

 改札を出て、右か左か一瞬迷ってから、若干頼りない記憶と共にキオスクの前を素通りして、右の東口から外に出た。

 どうやら正解だったらしい。お馴染みのヤツが出迎えてくれた。

 熊谷くまがいアズマ。

 三つ揃えのスーツを着た長身痩躯そうく――ヒールの入った革靴を履いてるので、オレよりも背が高い。お洒落に刈ったヒゲに、小粋な帽子の伊達だて男。年齢はちょっと上。50歳くらいだったはずだ。

「よう。よく来てくれた」

 ちょい、と手を挙げて挨拶をされた。

「ああ……なんか、急な呼び出しだな」

「悪いな。だが、いつだって運命は待ってくれん」

「大仰に言うなよ、恥ずかしい」

 牽制するように応じておく。

 こいつはちょっと芝居がかったところがある。

 職業病なのかもしれない。遠大な言い回しで人を煙に巻いて、いつの間にか相手を自分のペースに引き込むのだ。

 交渉屋ゲイナー

 オレたちの仕事――つまり、誰かを異世界に転生させるという案件は、大体アズマが取ってくる。チームの取りまとめや、事後処理の手配、方々への言いくるめに、金銭の交渉など……面倒臭いところは全部こいつがやってくれる。雑用を買ってくれてるわけだし、リーダーでもある。だから、微妙に頭が上がらないのだが――今一つ、信用ならない。

 単純にオレが苦手としてるだけかもしれないが。

「話そのものがいささか急でな。『いつもの』内容ではあるんだが、迅速に取り掛からにゃならん。そうだな、腹は減ってないか?」

「朝メシは食ったよ」

「そうか。なら早速移動しよう。タクシーに乗るほどの距離じゃあないから、歩こうか。腹ごなしにもなるぞ」

「おう」

 おっさん二人で移動を開始する。

 何の面白みもないが、飾りようもない。

 まあ、仕事なんて大概そんなもんだろう。

「相変わらずガタイが良いな。鍛えているのか?」

 雑談のつもりなのか、アズマが話を振ってくる。

「ジムには通ってるよ。筋肉と体力は裏切らねぇからな」

「いいことだ。この歳になると、少しの坂や階段でもこたえてくる」

「の割には痩せてんな」

「昔からだよ。太れない体質なのさ」

「ふーん」

 なんて答えたもんかわからんな。

 オレは肉が付きやすい体質だから、少し羨ましくもあるんだが。でも、少しくらい脂肪がついてる方が病気はしにくいって聞くしな。鍛えても筋肉がつかないっていうのは、悲しいものなのかもしれない。

 少しそうやって黙り込むと、アズマはすかさず話題を変えてくる。

「……ウバメのところは、何度目だ?」

「3度目かな……いや、自己紹介の時も行ったっけ。となると4度目か?」

「そうか。なら、慣れてきたかな」

「いやあ……、アイツも苦手だぜ」

「知ってるよ。お前は嘘が下手だからな」

 にやにやと笑われる。

 きっとアズマを苦手にしていることも、とっくにバレてるんだろう。

 オレはこいつが何を考えているのか、全くわからないんだけどな。

 そうだ。この際だから、言っておこう。

「なあ……、『予言』の内容もさ、メールやらなんやらで済ませてくれたら楽なんだけど」

「そうだな。そろそろ、たまには使ってみるか」

「もしかして……アズマのオジサンは、メールとか使えない感じか?」

「いやいや」

 アズマは余裕ありげにかぶりを振る。

「一通りのツールは習熟している。これでもハイテクオジサンさ」

「ハイテクオジサンっていうのはちょっと寒くね?」

「そうか。ハイテクも、もはや死語かな。ともあれ――曲がりなりにもオレたちはチームだ。いわば運命共同体だ。たまには会って話さんと、いざって時に信頼もおけんだろう。縁故は大事にせにゃ」

縁故えんこねぇ……」

「縁故だよ。繋がり、あるいはキズナ。こんな時代でも、案外そういうモノで社会は回っているんだ。馬鹿にはできん」

「そういうもんかなぁ」

 年老いたジジイの説教にも聞こえるが、たわ言と切って捨てるには含蓄が無くもない。

 こっちの世界で死んだ魂が、あっちの異世界に呼ばれるのも、縁故みたいなもんかもしれないしなあ……。とりわけアズマは、『縁故』という言葉をよく使う。

 こいつの具体的な能力はわからないが、交渉屋をやっていくうえで重要な要素なのかもしれない。かもしれないが……、深く突っ込んで聞く機会もないので、真実のほどはわからない。

 

 そうこう話しながら歩いているうちに、目的地へとたどり着く。

「着いたな。19階だ」

「覚えてるよ」

 アズマは慣れた調子でエントランスの鍵を開け、エレベーターに乗り込んだ。

 着いていきながら、オレはため息を吐く。

「にしても、相変わらず高ぇマンションだな……」

「階層の話か? それとも値段の話か」

「どっちもだよ。儲けてんのかね、あいつは」

「そりゃあ、顧客はいっぱいついてるさ。ウバメの『能力』は貴重だ」

 二三言話しているうちに、エレベーターが目的の階に着いた。

 少し歩いて、部屋の前。

 ――「戸隠とがくし」の表札。

 アズマがインターホンを押した。

「……はい」

「オレだ。熊谷アズマ。ダイジを連れて来た」

「開けて入っておくんなまし」

 物ぐさなやつだ、と言うようにアズマは苦笑いして、鍵を解いて扉を開いた。

 当然のように合鍵を使っているが、こいつらは親戚でも何でもない。ただ単に、ウバメが筋金入りの出不精なだけだ。つまり娘ほども年の離れた女に、このオジサンは召使いのように扱われているわけで……とても哀れな話にも思える。

 しかし、現実的な業務の面でいえばウバメの能力をアズマが制御――プロデュースしている状態でもあるので、交渉屋としての如才じょさい無さも伺える。アズマが間に立たなければ、ウバメは誰かに使い潰されるか、あるいは誰にも発掘されずに才能を持て余すかの、どちらかの未来しかなかっただろう。

 そしてそれは、チームの全員に対していえることかもしれない。

 一見すると怪しいだけのオジサンだが、そのマネジメント能力は筆舌に尽くしがたいのだ。

 

 さて……部屋の中は、相変わらず薄暗かった。

 足元を細々と照らす常夜灯を頼りに、廊下を歩く。

 明かりのついている部屋に入ると、中はオリエンタルとサイバーを織り交ぜたような雰囲気が広がっていた。

 澄んだ高音と穏やかなメロディの音楽。オレンジ色のライト。曼荼羅まんだらめいたよくわからない模様の壁掛け。奥には高そうな液晶ディスプレイ。机も椅子もない部屋に、カラフルな座布団が並べられている。床に直接置かれたデスクトップパソコンが静かに唸り、その隣に黒髪を長く伸ばした女性が座していた。

 戸隠ウバメ。

 このチームの見識屋ウォッチャーだ。

 彼女は顔を上げ、こちらを向いた。しかし前髪も長く、目元は伺えない。

「ようこそお越し下さいました。我が城へ」

 ……城ときたもんだ。

 アズマは表情を変えず、通常運転の気さくさで応じる。

「よう。お姫様」

「あらあら。お姫様だなんて照れてしまいますわ」

 はにかむように頬に手をやるウバメ。自分で振ったんじゃねえのかよ、と内心で突っ込みつつ、オレも一応、挨拶をした。

「……その、こんちわ」

「ええ、ご無沙汰しております。虎井ダイジ様」

「おう……」

「それで……いかがでしょうか?」

「え? ああ……変わらず元気で過ごしてるよ」

「そうではなくて、この音源はいかがでしょうか?」

「音……?」

「ええ!」

 ウバメはそこで感極まったように立ち上がり、傍らのスピーカーを撫で始めた。スピーカーと呼びはしたが、黒々としてオブジェめいているソレは、ぱっと見そうだとわからないような形状をしている。オレが当惑して言葉に詰まっていると、彼女は矢継ぎ早にまくしたて始めた。

「高音域は人工ダイヤモンドを使用したこのツイーターがクリアに再現――もはや再現というより創出と呼ぶべきでしょうか……! そして、こちらに並ぶインチを惜しまぬウーファたちは、迫力ある低音を腹の底まで届けてくれます。台座はもちろん内部共振を極限にまで抑え……」

「ウバメくん、ウバメくん」

 アズマが割って入る。

「悪いが、オレたちはそのオーディオを聴きに来たわけじゃない。先にオシゴトの話を片づけようか」

「ああ……これは申し訳ございません。少々取り乱してしまいました」

 ウバメが元の場所に戻り、座りなおした。呼吸を整えている。

 いや、オレには彼女がどこでどうして感極まったのか全く分からないのだが……そういえば、メカマニアなんだったっけ、コイツ。スピーカー……オーディオの趣味も、その延長線上かもしれない。

「さて……『予言』の内容でしたわね」

「ああ、そうだ。緊急の話なんだろう?」

「ええ」

 彼女――見識屋:戸隠ウバメの『能力』は『運命や他世界を垣間見る』もの。

 わかりやすく表現すれば未来予知――『予言をする能力』だ。その情報は、オレたちチームの行動内容や命運を決め得るものといって差支えない。アズマも言っていたように、非常に貴重で強力な『能力』だ。

 運命とか予言なんて呼ぶからには、あらかじめ全て決まっているモノだとオレは思っていたのだが、彼女の説明によるとちょっと違うらしい。曰く『どういう条件を満たすと、どういう情景や結末に至るのかがわかる』って程度の話で、運命自体はかなり曖昧らしく、条件次第で簡単に変動しうるモノだそうだ。

 だからこそ、『予言』に従うことがこの上なく重要になる。

「今回の転生先は『F-71』……典型的なファンタジー風の世界でございます。標的ターゲットはそこで記憶喪失だったエルフの少女として転生し、チート的な魔法適性を発揮いたします。ゆくゆくはその力によって王国の闇を払う……と」

「ふーん……」

「『F-71』は定期的に『旅人トラベラー』が生まれる世界でな。こっちの世界にも色々持ってきてくれる。具体的には、向こうではワンサカ掘れるレアメタルなんかだな。ホラ、オレたちの国にゃ資源が不足してるだろう?」

「なるほどなあ。良い取引先って事か。滅んでもらっちゃ困るわけだ」

 まあ、これがオレたちチームの仕事の払いがイイ理由である。

 こっちから人材を転生で送る代わりに、向こうからは何かしらの物品や情報や技術といった見返りを貰う――転生ビジネスとでも呼ぼうか。もちろん大っぴらにはできないが、裏では国家も絡んで、きちんと予算の勘定に入ってる……らしい。

 立ち入った話は知らんし、知ろうとも思わんが。

 自分の仕事に思考を持っていく。

「――で、転生方法は?」

轢殺れきさつでございます」

「一番慣れてるやつだな」

「ええ。乗り物で標的を轢いてください。二輪の類は避けた方が良いでしょう……成功確率が低く出ています」

「ふむふむ。時間は?」

「本日の12時54分から、17時05分の間でございます」

「今日じゃねえか」

「ええ、今日です」

 緊急招集なわけだ。

 準備の時間、ほとんどねえじゃん……。

 にわかに気が急き始める――と、見計らったようにアズマが声をかけてきた。

「焦るんじゃないぞ。今、ケンゴとミサキが手配や準備を進めている。十分間に合うはずさ」

「……そうかい。じゃあ、標的について聞こうか」

「ええ。画像に出しましょう」

 ウバメが頷くと、フッと部屋の明かりが抑えられ、周囲に映像が浮かび上がる。どこをどう操作したのかは知らないが、魔法というわけではない。吊るしたアクリル板だとかにプロジェクターで投射しているらしいが……これについても、さっきみたいな調子で最初説明されたっけなあ。まったく詳細を覚えてねえ。

 果たして、映し出されたのは少女だった。

「JKじゃん……」

「仰る通り、じぇーけー……女子高生です。東京都の秀美学園の2年生。立場的にも時間的にも、帰路を狙うのが手ごろでしょう」

「なるほど……」

「夢見が悪いのはわかるが、代わりはいないんだ。頼むぜ」

 アズマが励ますようにそう言ってくれたが、あいにくこの仕事に就いてから悪い夢を見たことはない。

「慣れてるから、支障はないぜ。じゃあ、以上か?」

「ええと、そうですね。ああ、標的のお名前は……」

「ああ、それは聞かなくていい。容姿と場所・時間がわかってんなら」

 手を振って話を遮った。

「その、あんまり聞くと感情移入しちまうしな」

「はあ。そういうものでしょうか」

「うん、そういうもんなんだ。余計な情報は要らねえ」

 ただ、標的を轢いて転生ころすだけ。

 オーディオの話をまた聞かされる前に、オレは部屋を出ることにした。

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突撃!トラック転生屋 梦現慧琉 @thinkinglimit

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