Reminiscences
森を越え、城を越え、山を越え、雲を掴むために手を伸ばして、風にさらわれて翻る。そいつらと戯れながら僕は落下してゆく。ときどき上昇して、また落ちる。すべては僕の心の浮き沈み次第。空の真ん中でふとした憂鬱に囚われでもしたら、いつ墜落してもおかしくない。
だけど僕には上がるのも下がるのも大した違いがないように思える。
生きることも死ぬことも。
生きることも死ぬこともすべては愛から始まるのだろう。戦場で敵を殺すのも、誰かが苦しんだり失われたりせずにすむ平和な世も、愛を知らなければそこに意味を見出すことはできない。
僕にとって世界は何の意味もない。
僕は愛を知らないから。
どこかに愛が落ちていないかと思って僕は身体をひっくり返した。
眼下に輝く碧い湖は、天に羽ばたこうとする片翼のかたちをしている。
でも片翼では、人も鳥も天までは辿り着けない。
まるでこの世界みたいだ。
この世界は〈意識〉の翼から抜け落ちて置き去りにされた一枚の羽みたいなものだ。
〈意識〉に忘れられたもの。
〈意識〉から零れ堕ちたもの。
〈意識〉はこの世界を愛してくれない。
だから生かしても殺してもくれない。
〈意識〉が愛したのは、今は氷の中に眠る〈意識〉だけだ。
ふいに、僕の手を何かが引っ張った。
眩しい光に瞳を撃たれて僕は瞬いた。
灼かれた網膜がちかちかと明滅していた。
天使?
でも天使にしては、ずいぶん乱暴で、ものすごく熱い。
——君はだれ
——わたしはだれ
光に灼かれた僕の瞳は何も見えない。
何も見えないが、〈光〉が僕をじっと見つめていることはわかった。
——君はどうしたい
——わたしはこうしたい
〈光〉は僕を連れていった。
〈光〉は僕のすべてを灼き、僕のすべてを貪った。負けず劣らず僕も〈光〉を味わい尽くした。脳の奥が灼けていく音を感じていた。
——みつけた
と彼女は言った。
気が付くと僕は、湖の真ん中から空を見上げていた。
冷たい碧き湖の水が、灼かれた身体に気持ちよかった。手足の溶けた身体は芯から湧き出す生命力によって修復されていく。
そこから落下してきた空を眺めながら、僕は交合の記憶に満たされていた。
彼女。彼女が探していたものを、きっと僕もずっと探していた。
僕らは〈意識〉から堕とされた〈光〉だ。
だから僕は愛を知らなかった。僕はずっと愛を知りたかった。僕は〈意識〉から求められたかったのだ。
だけど君に会ってやっとわかった気がする。
そうだね、堕天使。
そうだよね。
君が僕を探していたように。
君が僕をあんなにも求めたみたいに。
〈意識〉もまた、僕に愛してもらいたいんだ。
そう。
いつか、〈意識〉を生かすか殺すかするためには、僕はこの世界を愛さなければならないのだ。
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