奇襲
今の俺ならもっと手際よく、もっと小綺麗にあいつを解体してやれるのにな、と思わないでもない。
ああ、確かに俺は薄ら寒いことを考えるもんだな、とルシオは思った。
「飯が不味くなる話ですまなかったな、シュナウツさん」
がりがりと骨をしゃぶりながらシュナウツは、のんびり言った。
「そう繊細な感性は、わしにももう残っとらんぞなもし」
言い終えたシュナウツの耳がピンと張った。
「モニーク」
ルシオは人差し指を立ててシュナウツを黙らせた。堕天使が騒いでおるぞ、とシュナウツは言おうとしたのだろう。闇の向こうに気配がする。野生動物。枝から落ちる雪。そういう音じゃない。
東からだ。
シュナウツさん、伏せてな。小声で言い残してルシオはその場を離れた。
焚き火と焼ける肉はそのままにしておく。
闇の奥の木陰に隠れてルシオは野営地を見張った。
五人、六、七、八人。森の奥からゆっくりと現れた男たちは銃剣を構えながら野営地を歩き回った。一人が雑嚢を蹴飛ばして中身をあけ、一人が杉の木上を仰ぐ。一人が銃口を火のそばのシュナウツに向けた。
闇を切って鞭の先が
くぐもった悲鳴を発して男はその場から消える。闇に吸われたように消え、宙を舞って男は木立のあいだに投げ出された。
ルシオは男の利き手をナイフで肘から切り裂き、別の木陰に走り込む。
闇に向かって鉛弾が浪費された。
素人寄りの戦闘員。服装からして〈万象教〉の兄弟ではない。旧式の銃剣は帝国軍が使用していた型だ。元・帝国人の抵抗活動?
どうしてヴィオロンに、彼らがいる?
「そういうことか……」
攫われたのは、アイヴィ・ダンテスじゃない。
「ってことは、生きてるな」
近付いてくる先頭の男を鞭に絡めて木の幹に激突させ、ルシオはまた移動した。
男たちは包囲隊形をとるため散開した。
いちばん端の男と平行に走りながら、鞭の柄に嵌めたナイフを投擲する。左目を破裂させてナイフが帰ってくる。
つづけて男の背後からきた男の右目を仕留める。
四人動けなくしたところで息が切れてきた。雪降る夜闇の中で、ヤニまみれの愛煙家か、というくらい白い煙を吐いている。
「やっぱり齢には勝てねえのかな」
〈赤い鉄線〉が独自開発した軍用鞭は、使い手を含めた珍しさが奇襲・撹乱向きであるというだけの道具であり、老体に鞭打ってまで振るいつづける利点はない。森での戦闘に向いた武器でもない。
包囲網の意表をついて野営地に戻り、猟銃を手にする。追いかけてきた男たちの足元を一人一人狙い撃った。散弾が彼らを雪の上に転がす。最後の一人がうろたえて立ち止まったところにルシオは歩いていって、銃剣を蹴り上げた。男はすでに戦意をなくしてしまった。
羽交い締めにした男の首筋にナイフの刃を当て、ルシオは言った。
「碧翼城に案内してくれるか。アイネ・ヴィオロンがそこに囚われているだろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます