最終話 つくも神相談神社の主殿と

 九月も終わりの週末。僕は上つなぎ神社でなく、隣の霊園に来た。

 桶に水をくむと、蛇口から出てくる水はぬるま湯から少し冷たい水になった。ようやく秋が来たと感じられる時期だと思えるようになった。

 たっぷりの冷たい水が入った桶を片手に目的の場所に到達すると僕は両手を合わせる。


「おじいちゃん、あの犯人追い出し作戦以来だね。今日は僕を助けてくれたお礼と報告を兼ねてきたんだ」


 あの作戦のあとおじいちゃんの墓石は御子神家の人の手で元の場所に戻された。

 思えば夏休みの時より、九月の方が忙しかった。つくも神、きょうはく状、不法投棄犯……数えたらキリがない。でもよくよく考えたら、こんなに目まぐるしい思いをしたのもおじいちゃんが御子神と親戚だったからだ。でもおじいちゃんの教えもふくめて、僕は御子神と近づけるようになった。

 今まで怖いと恐れてきたおじいちゃんだけど。初めて感謝する。もしかしてあの時もつくも神となったおじいちゃんが助けてくれたのかな。


 墓石の上から水をかけて、ぞうきんでふき取る。いつもピカピカだけど、お盆の時よりもピカピカに輝いている。

 あらかた掃除を終えると、両手を合わせて黙祷もくとうする。


「ねえおじいちゃん。僕、掃除が好きになってきたかも。おじいちゃんに教えてもらった時は気が進まなかったんだ。でも、掃除をすることで物や人を喜ばせることができることを知ったから」


 それに、好きな人の力になれることもわかったから。


「おはよ」

「うわぁ!」


 拭き終わった墓石の後ろから御子神がひょっこりと顔を出した。びっくりした拍子で桶の水をひっくり返してしまった。


「また驚いている。肝試しの翌日も同じことで驚いていたのに」

「ふいうちされると、二度目でも驚くよ」

「ごめんね。でもここに来ているのを見かけたらあの時みたいに驚かしたいと思って」


 クスクスと福の袖で口元を隠しながら小さく笑った。

 でもあの時のとは様子がずいぶん違うよ。前にここで出会った時はひらっとしたスカートだった。今ではお母さんからのおくり物である、赤と白が鮮やかな巫女服を着ている。

 それに今日の僕の目的は、びくびくと肝試しで落とした道具を拾いに戻ってきたわけでもない。あの時と同じものなんてないんだ。


「御子神は今日なんで来たの? また不法投棄犯が物を捨てに来ていないか見に来たの?」

「お母さんのお墓参り。うちの一族は全員この霊園に埋葬まいそうされるから、お母さんもここに眠っている」


 御子神のまぶたが伏せられると、顔が別の方向を向いた。おそらく向いた先にそのお墓があるんだろう。


「一緒に行ってもいい?」

「うん」


 こぼした桶を拾い、御子神の跡をついていく。お墓の場所は霊園が一望できる一番見晴らしのよい場所にあった。ここから見える霊園は灰色の墓石が怖い雰囲気がまったくない神秘的なモニュメントに見える。


「いいところにあるね」

「ウチの一族の人が代々入っているお墓なの。本当ならおじいさんもこっちに入るはずなんだけど」

「しかたないよ。御子神と親戚だってわかったのお墓立てた後だもの」


 おじいちゃんのお墓の時と同じように墓石に水をかけて、ぞうきんでふいていく。

 掃除を一通り終えて、御子神が袋から菊の花をお供えして手を合わせた。それに合わせて僕も同じように手を合わせる。


「お母さん、おくれちゃったけど巫女服ありがとう。物の守のお役目果たせるようにがんばるから」

「御子神のお母さん。僕も新しく補佐役として一緒にがんばります」


 お祈りをしている最中に僕は失礼なお願いをしてしまった。

 ずっとずっと御子神と一緒に居させてください。

 お祈りを済ませると、御子神がたずねた。


「それでこの後どうするの?」

「宝物殿に行く。御子神は?」

「行き先は同じ。物の守のお役目だから」


***


 それぞれの分かれてしまった家同士のお墓参りを終わらせた僕らが宝物殿に足を踏み入れると、つくも神たちが一斉に出迎えてくれた。


「補佐役殿ようやく来られたか」

「補佐殿の方がお勤めされているのが長いのですから早く着手してくださいまし」

「補佐だか、長だか偉いご身分になったねぇ。ところで、あたしの見受け先はまだかしら」


 みんなからかけられる言葉は丁寧になったけど、結局こき使われるのは変わりない。補佐役という立派な肩書だけど実際は掃除係だ。


「えーっと、まずこの間は宝物殿の右から三列目の棚までやったから次は……」

「こっちを先にしてくれ。もうほこりがかたまりになるほどあるんだ」

「なんだよそれならこっちを先に」


 僕が次にする場所を伝えたのに、みんな好き勝手ばかり。補佐役といっても新しくできたばかりだから力がないのが悔やまれる。

 ところが、御子神が文句を言ったつくも神たちの前に立ちはだかった。


「みんな静かに。さっき言われた場所から掃除を始めるから。問題の場所は最初の予定しているところが終わったら、大きいのだけ取り除くから。テレビさんは来週のフリーマーケットに一緒に出品するまで待ってて」


 テキパキとつくも神たちに命じると、みんなそそくさと御子神の言う通りに従った。さすが御子神、いや主殿だ。


「すごいね御子神、つくも神たちを命令できるなんて」

「つくも神様相手に下手にでちゃダメ。自分の意見をはっきり伝える。つくも神様の三ヶ条。まだつくりかけだけどね。ゆくゆくは君のおじいちゃんから伝授された三ヶ条のようにするのが今の目標」


 今御子神が作った三ヶ条か。でもこんなに個性が強いつくも神相手には三ヶ条だけでは足りないかもと心の中で笑ってしまった。


 今日掃除する場所の三列目の棚に置いてある箱を一つ降ろすと、上からほこりがもわっと降りてきてむせた。

 相変わらずこの宝物殿の中はほこりだらけだな。


「まず棚に乗っている箱や物を下ろしてからにしよう。御子神は僕が下した物をウエットティッシュやぞうきんでふいて。その後で棚を上から掃除していく。掃除の基本は上から下だから」

「うん。じゃあやるよ」


 シュルっと御子神がどこからともなく一本の帯を取り出すと、袖をまくりあっという間にたすきがけにする。あまりの早業に僕は思わず感心してしまった。


「すごい手際の良さ」

「何度も練習したの。つくも神様たちにも主が本気だというのを見てもらわないと」

「それも三ヶ条?」

「ん~どうだろ。私は入れたくないけど、その……み、れ……」


 突然御子神の口がもにょもにょと口を濁し、聞き取れない。どうしたんだろう具合でも悪いのかな。暗い宝物殿なので近くで様子を見ようと顔を近づけると、御子神が大慌てで床を掃いてほこりを立たせた。


「なんでもない。掃除やろ」

「そ、そう」


 内心納得できないまま、中に置いてあったはしごを上って一番上に置いてある小さな段ボール箱を手に取った。上の棚に置かれていた中身は電気ポットか。慎重に持たないと落としたら一発でだめになる奴だ。

 箱を手に持つと、落とさないように慎重にゆっくり降りる。一メートルにも満たない高さでも、明かりが少ないここでは高低差がつかめないから慎重に下りないと怖さが増幅される。


「ねえ」

「何? これ重たいから少しだけ待っててくれる?」


 ゆっくりと足を踏み外さないように持ちながら、はしごから降りたタイミングで御子神の口が開いた。


「霊和君って呼んでいい?」


 ぐらっと不安定な足場ではないはずなのに、ゆらっと体のバランスが崩れた。体が段ボール箱の重さに引っ張られるまま床に倒れた。僕が起き上がるなり咳き込んだが、舞い上がったほこりだけが原因ではない。


「ゲホゲホ、み、御子神? 今、なんて」

「深山君だと、他人っぽいから。もう私たちそういう間じゃないから、その……私のことも美羽でいいよ」

「いいの? 僕が美羽って呼んでも」

「だって霊和君は……」


 もじもじとほうきを背に回して、いつになく動揺している御子神。

 のどに詰まったほこりを吐き出して、つばを飲んだ。もしかして、これは御子神からの……

 ドキドキと心臓が期待して脈拍が最高潮に跳ね上がった時だ。御子神の目が大きく見開き、開いていた口を手でふさいだ。

 一体どうしたの。と聞く直前で。


「親戚だから!」


 と奥の方に行ってしまった。

 ……そうだよね。僕はあくまで親戚兼補佐役だものね。僕が思っていても御子神の方からそんなこと言われるわけないよ。

 今まで全身に入っていた力が急に抜け落ちたかのように、その場に座り込んでしまった。すると、肩にふわっと柔らかく肌触りの良い感触に包み込まれた。見ると御子神のお母さんの巫女服が僕を被せてくれていた。


「こら二人が良いところだったのにじゃましないの」

「みんな下がれ、主と補佐役殿に迷惑じゃろうが」


 巫女服と遅れてやってきた柱時計が袖や針で振り払うと、いつの間にか僕の周りにいたつくも神たちがそそくさと帰っていく。


「これって……」

「みんなも物好きなのよね。物だけに。さっきもつくも神たちが美羽の告白をのぞき見していたの。貴方は気づいていなかったようだけどね」

「こういうのは、男女二人だけの時に伝えるべきじゃというのに」


 も、もしかして。本当に御子神は……僕のことを。

 もう残暑がすっかり薄れて、涼しい秋の風が運ばれてくる季節なはずなのに。僕の中ではかっかと暑い夏が戻ってきた。部屋の中だから肌は焼けていないけど、御子神のあの顔があの声がしっかりと焼きついている。


……」


 その次の言葉が簡単に浮かんでしまい。自分が言う言葉でもないのに全身がかっかと熱くなり、逃げるように御子神の後を追いかけた。


「ぼ、ぼく掃除の、続きしないと!」

「やれやれ。でもあの二人がいれば安心ね」

「うむ。このまま補佐役と二人三脚で歩めば安泰ですのう」



「あ、あの……霊和君。さっきのことだけど」

「みこ……じゃなくて美羽。さ、先に掃除しよう。たぶん、僕ら今変なことになっていると思うから。掃除して落ち着かせよう」


 美羽も察してくれたようで気を落ち着かせるため掃除に着手した。

 まだ自分の気持ちを伝えるのは怖いけど、この怖さは温かくて心地いい。


 水にぬれたぞうきん片手に、床に手を着き、そのまま真っすぐに拭いていく。先に御子神がはたきで落としたほこりと一緒に床のゴミを取り去る。

 一直線にぞうきんで拭いていった跡を御子神がその白い手で触ってみる。


「うん。ざらつきもなくてきれい。さすが霊和君だね」


 にっこりと美羽が笑ってほめてくれた。満足。


 僕は美羽も掃除も大好きだ。

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つくも神神社の主殿と補佐役の僕~好きなクラスメイトは親戚でした~ チクチクネズミ @tikutikumouse

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