第19話 追い払え、不法投棄犯

 御子神の作戦を聞いて数日たった週末の金曜日、つまり不法投棄犯たちが御子神の霊園に道具たちを捨てに来る日だ。

 学校から下校したすぐあとに上つなぎ神社の隣の霊園に入る。再び入る霊園は二学期の始めより日が落ちるのが早くなったこともあって、墓石が夕焼け色に染められている。

 うーん、宝物殿に入るのは慣れたけどここはやっぱりなれないよ。

 こそこそと墓石に近寄らないよう端の方を歩いていくと、巫女服姿の御子神が墓石の裏で追い払い作戦の準備をしていた。


「御子神、作業順調?」

「うん、祓い串は持ってきてる?」


 ランドセルの中から祓い串を取り出すと、墓石の裏にある宝物殿に保管されていたテレビに祓い串を当てた。


「あんた、本当にあたしを捨てた人が来るんだろうね。戻ってきたら、あたしをもとの所も戻しておくれって言いつけてやるんだから、あんたたちしっかりしなさいよ」


 テレビは相変わらずおしゃべりなおばさんの口調で一人で話を進めていた。

御子神の不法投棄犯追い出し作戦の内容は。


1.霊園の中に宝物殿に保管されている物たちを見つからないように配置する。

2.犯人が来たら、僕が後ろから回って物たちにつくも神を降ろさせる。

3.つくも神たちが犯人を追い詰めたら、僕と御子神が声を上げて追い出す。


 具合だ。ここの霊園は霊力が強い神社の近くだけど、少し経ったらつくも神が消えてしまう。だから僕と祓い串で後ろからつくも神を降ろす。つくも神たちの声は普通の人には聞こえないが、動くことはできる。だから犯人たちには自分たちが捨てたものがポルターガイスト現象のように見えるというわけだ。


「うまくいけばいいんだけど」

「ううん。やらなくちゃ、ウチの家はなんでも捨てたものを取り扱ってくれる都合のいい所じゃないもの」

「そうだね。また来たとしても、何度でも追い返そう。つくも神たちがゆっくり寝られる場所を、けんかしない場所を守らないと」



***


 よるがとっぷりと暮れて、夜の照明の月が雲に隠れて霊園は宝物殿と同じぐらい足元が見えないほど真っ暗だ。

 息を殺して、木の影で待機しているとぞろぞろと複数人の人の影が見えた。こんな暗いなかなのに懐中電灯や携帯電話を取り出していない。人影が僕がいる木の傍に来たが、僕の存在には気付かない。一瞬月が雲の隙間からもれ、人影の姿を照らすとその手には電子レンジやら墓参りには明らかにおかしい物を持っていた。


「見張りとかは置いていないみたいだな」

「助かるよ。見張りなんて置いたら、捨てる場所が減ってしまうしね」

「そもそも捨てることなんてできないんじゃないか。ここの霊園の管理している人、物を捨てたらばちが当たるって信じているらしいから」

「信心深いのはいいことだねえ」


 声からして男性二人、女性一人だろうか、犯人たちは下品な笑いをしながら通り過ぎていった。なんて言い草だ。御子神やつくも神たちの想いを考えもしないで。

 イライラを抑えつつ、三人が僕のところから見えなくなるのを待ち、犯人たちがいつも捨てに行く場所に回り込む。

 犯人たちの移動ルートは直進せず、霊園の外周をぐるっと回りこむ形だ。僕と同じようにユーレイが怖いかもしれない。ならその道筋の先に設置しているテレビを動かそう。

 身を屈めながら、犯人たちより先にテレビの所にたどり着く。夕方ぐらいにつくも神を降ろしたけど、もう消えている。ちょうど今の時間、月が出ていない。ユーレイにはおあつらえ向きだ。


「テレビさん、もうすぐ持ち主がやってくるから着たら思いっきり飛びついてね」

「ああ、そのまま家までお持ち帰りするようにしてやるよ」


 聞こえないように小声で指示を与えると、ちょうど犯人たちが近づいてきた。急いで階段の影に回り身を隠した。


「なんだこれ? テレビ?」


 すると、ブンとテレビの電源が入った。もちろんコンセントが屋外にあるわけがない。犯人の一人が不思議に思い顔を近づけたその時に、テレビさんが思いっきり犯人の足を踏みつけた。


「イテッ、あ、足が……」

「何やってんだよ。うっかり倒したのか?」


 うまくいったのを見計らい、隣に移動して収納ボックスをけしかける。


「俺たちを家に戻しやがれ!」


 収納ボックスの引き出しが次々と飛び出し、犯人たちの頭に直撃する。


「な、なんだこれ。引き出し?」

「ちょっとこれ、ひとりでに飛んできたんだけど! もしかしてユーレイ!?」

「な、なんだよこれ。俺たちが何をしたんだよ!」


 物を買ってに捨ておいて、何もしていないわけがないじゃないか。三ヶ条其ノ二『物を粗末にしない、勝手に捨てない!』だよ。次々と起こるつくも神たちの怒りに犯人たちが戸惑っている間に、小さな懐中電灯を御子神がいる水道のあたりに照らして合図を出した。


「こらっ! あなたたち人の土地で何やってんの!! 警察呼ぶわよ!」


 霊園に眠る人たちが飛び起きそうなほどの怒声が響き、犯人たちが震えあがった。


「まずい、待ち伏せされた」

「逃げろ!」


 御子神の声を聞いて犯人たちが一目散に霊園の出口へと逃走を開始する。

 犯人たちは墓石があるところを避けて、元来た道をたどっている。出口のあたりにもう一つ犯人たちが捨てたオーブントースターがあったはず。けど犯人たちより先に出口に向かうためには墓石の間を一直線に突っ切るしかない。

 改めて夜の霊園は暗くて陰気な雰囲気が漂っている。いるのはつくも神とわかっていても別の何かが出そうで怖い。

 でもこのまま逃がしてたまるものか。僕は補佐役だ。御子神を、つくも神たちを助けるんだ。

 パンッとももを叩いて自分を鼓舞すると、目をつむって一直線に出口まで走り抜けた。

 霊園の出口に着いたときには、まだ犯人たちは来ていなかった。よし後はこのオーブントースターに最後の仕事をさせれば……

 あ、あれ? ポケットに祓い串がない! もしかして落とした!?

 さっき通った道を見渡してみるけど、祓い串はどこにもない。もしや、さっき隠れた階段の影の所に


「おい、お前こんなところで何やってる」


 ドスの利いた男の低い声に、全身が固まった様な感覚に襲われた。ゆっくりと後を振り返ると、犯人たちの険しい形相がそこにあった。


「もしかしてさっき引き出しを投げたのも」

「子供のくせになめやがって」


 ぽきりと犯人の一人がこぶしを鳴らして近づいてくる。

 ど、どうしよう。殴られる……


「俺たちのことを好き勝手やりやがって」

「な、なんで僕が怒られないといけなんだよ。自分たちが勝手に人の家にまだ使える物たちを捨てたのをこらしめただけだ! 好き勝手やっているのは自分たちじゃないか!」

「なんだと!?」


 自分でもどうしてこんなことが言えたのかわからなかった。でも言わなければ、こんな理不尽な目に合う悔しさが出てくる。

 後ずさりしながらじりじり詰め寄られると、後ろに何か当たった。それはまだ真新しいおじいちゃんの墓石だ。

 ぶんっと犯人の腕がふり上げられた。


「深山君、祓い串!」


 闇中から声が聞こえると、その中から一本の白い紙が夜の闇の中できらめきながら僕の方に飛んできた。御子神が取ってきてくれたんだ。

 寸でのところでこぶしをかわして祓い串を受け取ると、それをおじいちゃんの墓石に振り下ろす。


 お願い、御子神、つくも神様、おじいちゃん助けて!


 祓い串の紙が墓石に当たると、目と口が開いた。


「ぬんっ!」


 重そうな見た目と違い、墓石は軽々と台座を飛び越え僕を殴ろうとした犯人にのしかかった。


「ぎゃー!! お、おもてえぇ!」

「おいしっかりしろ」


 やはり新しくできたばかりなのか、墓石のつくも神はすぐに消えてしまった。しかしそれが犯人たちにとって不幸なことで、必死に墓石をどけようと必死で僕や後ろから来る御子神に気付いていない。


「おまわりさん、こっち!」

「ダメだ捕まるよ。早く早く」

「わかってる。よいしょ!」


 最後の力を振りしぼって墓石をどかすと、犯人たちは這う這うほうほうの体で霊園から逃げ出した。


「深山君大丈夫?」

「うん。おじいちゃんの墓石が守ってくれたんだよ」


 もうつくも神でない墓石は、再び出てきた月明かりの光を浴びて堂々としたたたずまいで立っていた。

 そして僕らはお互いに見つめ合い。


「やったー!」

「やったね」


 不法投棄追い出し作戦成功と喜んでいるのもつかの間、テレビさんがとことことふくれた顔でやってきた。


「それで、あたしはどうすればいいんだい。持ち主の下には戻れなかったのに、またあのほこりだらけの所に戻るのかい」


 あっ、そうだ。結局犯人たちに逃げられたんだよね。テレビさんたちどうしよう。


「それについてはもう少しだけ待っててくれる。私にいい考えがあるの」

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