第19話 張り込み。
結局優馬は帰らせて貰えなかった。橋本がお前は先輩を裏切るのか、と粘着質な脅しをかけてきたからだった。何が楽しくて休日出勤。優馬は確かにゴミ屋敷が好きだ。でも、休日はもっと好きだ。現代アート展に行くつもりだったし買い物もしたかった。
それなのにこうして少し離れた所に停車してこっそり屋敷を見張っている。屋敷に人の出入りはない。橋本の主張だと犯人は現場に戻る、何かの刑事ドラマの見過ぎじゃないかと思った。
「犯人捕まえたらどうする」
「橋本さんが決めてくださいよ」
優馬は倒した座席に身を深く預け、目を瞑っている。
「そうか、そうだな。警察に突き出さないと始まらないよな」
「無理ですよ。何にも悪いことしてないんだから」
「そうか?」
「そうですよ」
「まあ、でも動画の削除はしてほしいよな」
「住民の方が気の毒ですからね」
「いやいや、ああいう調子に乗ったやつは一度痛い目に合わせてやりたいんだ」
優馬は頭の片隅で随分不純な動機だな、と思った。
「おばあさんが可哀想ですよ」
「お前、山村いいやつだな」
橋本はしみじみと言う。優馬はあんたに比べればね、と思う。
「あっ」
橋本が小さく驚きの声を上げた。何か見つけたらしい。目を開けてみると清掃の時にいた男性の近隣住民がゴミ屋敷に近づいていく。入る。入る。と目を皿にして様子をうかがっているとその住民は期待通り屋敷へと入っていった。
「行くぞ」
何かの刑事もののように車を飛び出して二人猛然と屋敷へと向かう。息を切らしてドアノブを掴み橋本が扉を引く。ドアが壊れそうなほど強く開けてズンズンと屋敷の中へ入っていく。真っ先に仏壇の間に行くと侵入者に詰め寄った。
「お前か!」
橋本が巨体で住民にタックルをした。住民は押し倒され二人とも布団の上に転げる。逃げようとする住民に橋本がのしかかり取り押さえる。
住民を布団の上に座らせて問い詰めた。
「動画はあんたが作ったのか?」
「動画、何の話ですか?」
住民は不可解という表情を浮かべている。
「私はただ……」
「ただ?」
「柏餅をお供えに来ただけで」
仏壇を見ると二つ柏餅が供えられていた。
男性は投稿者ではなかった。幸いケガもなく謝罪して許してもらえたので再び車に戻る。いきなりタックルはダメですよ、と橋本に伝え、橋本も何度も言うなよと不服そうに言う。橋本は取り敢えず後々何かの問題になってもいけないので仙道に報告の電話をかける。
が、仙道はまたしてもでなかった。
「あの人の携帯はどうなってるんだ。壊れてんのか!」
橋本が怒鳴りたてる。仕方なく優馬がかけなおすとそれには出た。
「ああ、お休みにすみません」
何で出るんだよ、と橋本が呟く。
「実は今屋敷に来てまして、ええ、ハイ、ハイ」
電話を終えると優馬はじっと画面を見つめる。
「何て言ってた」
橋本が問うてくる。
「即刻立ち去れ、だそうです」
じゃあ、帰りましょかとエンジンをかけようとしたが橋本が待てよと止める。
「ここまでわざわざ来たのに諦めるのか」
「仙道さんに叱られますよ」
橋本は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。余程悔しいのだろう。捕まえたい気持ちは分からないでもないが自分たちに出る幕はない。
しかし、橋本があとちょっとだけ、あとちょっとだけと縋るので仕方なくそれから1時間ズルズルと車中にいた。
1時間の間に何人か訪問者がいた。ボディバッグをかけた三十代ほどの男性が屋敷に近づいていく。だが、男性は外から携帯で撮影するとなかに入ることのないまま立ち去って行った。同じような人をチラホラ見かけた。屋敷は穴場の観光スポットのようだ。
暇を持て余した優馬は再び動画サイトにアクセスした。唖然とする。同じ投稿主の動画が一つ増えていた。
タイトルは『侵入者』。橋本に教え二人で優馬の携帯で動画を見た。
――ええ、皆さんこんにちは。ラッキーネコです。朝アップしたゴミ屋敷の動画ですが大反響でして150PV、ぜんぜんですねえ。さきほど張り込んでるとですね、ゴミ屋敷にドロボウが入ったのですよ。その様子を捉えましたのでご覧下さい。
映っていたのは侵入した男性とそれを追って屋敷に入った優馬と橋本の後ろ姿だった。顔部分にはモザイクがかかっている。
――どうやら犯人を取り押さえるようですね。僕も行ってみましょう。
一度画像が切り替わりすぐ、もみ合う橋本と男性が映る。男性が布団の上で正座しているのを見てささやき声で「男性はどうやらドロボウではなかったようです。お供えをしに来たようですね」と柏餅を映す。最後に優馬たちが出て行った後、僕も拝んでいきましょうと南無~と言いながら
「いつの間に撮ってたんだ」
橋本が気持ち悪そうにしている。優馬も同じだった。
「オレたちが屋敷に入った後すぐ追いかけて入ったってことですよね。角度からすると玄関から撮影したのかな」
「要するに見張っていたオレたちを見張っていたという事だよな」
益々気持ち悪くなる。張り込みはバレている。
しかし、優馬たちが出てきた後玄関から誰かが出てきた様子はなかった。優馬は考え込んでハッとする。テラスがあった。盲点だった。投稿者は屋敷に入った後、出るときテラスの方を使ったのかもしれない。となると、ずっと玄関を見張っていたのだがそのことすら無駄なように思えてきた。そして投稿者は今の優馬たちの様子もどこからか見ているのかもしれない。
「帰りましょう、橋本さん、こんなの意味ないです」
「そうだな、帰ろうか」
橋本は引き下がらなかった。夜、優馬たちはタクシーでやってきた。車があると来ていることがバレるのでワザワザそういう方法を取った。だがこんなに遅く投稿者が来る可能性は低いだろう。警戒も杞憂に終わるかもしれない。
気配を殺し、屋敷に近づいていくと驚いたことに屋敷の中に微かに明かりが見えた。中に誰かいる。橋本と目を合わせて、手はず通り優馬はテラスから、橋本は玄関から屋敷に入った。投稿者の携帯の明かりめがけて橋本がいつもは見せぬ俊敏さで仏壇の間に駆け込んだ。明かりが揺らぎ人物に走り寄るのが見える。うわっという声のあと携帯が落ちてもみ合う音がし、男性を取り押さえた。
犯人は恐らく二十代と思われる若い男性だった。スマートホンを握りしめており、暗がりで動画の編集をしている最中だったという。どうしてこんなことをしたのか問うと、動画の再生回数を稼ぎたかったという何の意外性もない普遍的な答えが返ってきた。
「亡くなった人を馬鹿にしたり勝手に踏み込んでみたり、悪いとは思わないのか」
「はい、すみません。すみませんでした」
軽い口調に神経が逆なでされる、適当にその場を終わらせたくて言っているようにしか聞こえない。
「動画は削除しろ」
橋本が詰め寄る。少し、不服そうにしていたが投稿主は目の前で動画を全て削除した。優馬たちは確認していなかったが『夜のゴミ屋敷』という新しい動画もアップしたばかりだったという。
「以後屋敷には立ち入らないように」
「はい、すみませんでした」
男性は不貞腐れた様子で屋敷を出て行った。出て行った後、橋本の携帯が鳴った。思わずドキリとする。仙道からだった。
「仙道さん、ハイ。今屋敷っす。もう遅いですよ、犯人捕まえちゃいましたから」
「えっ、ええ、はい、はい。分かりました」
電話を切ると橋本が漏らす。
「休みに働くなって」
優馬は笑みを浮かべる。自分も今度からそう言おうと思った。もっとも言い方なんかは自分流に変えないといけないだろうが。
暗い中でスマホの明かりだけが頼りだ。バッテリーもそろそろ尽きる。帰りましょう橋本さん、と言った時橋本が山村、と呼んだ。
指輪は2つとも無くなっていた。
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