第18話 侵入者。

 土曜日、優馬は農協で菊の花束を購入した。清掃は休みだが、敢えてゴミ屋敷に向かう。休みの日にどうしてゴミ屋敷に向かうのか。優馬にはどうしてもやりたいことがあった。


 ゴミ屋敷は閑散としていた。いつもは人で溢れているが今日は活気がない。しんと静まり返り沈黙していた。何だか入りづらい気配の様なものを感じたが、いたずらしに来たわけじゃないしと心を奮い立たせ屋敷の中へ入る。


 改めて随分と片付いたものだなと感じ入った。まだ、水回りと2階には手を付けられていないがそれでも頑張った形跡が至るところに見られる。これが感心せずにいられようか。一通り作業の経過を見終えると仏壇の間へと足を運んだ。


 持ってきていたペットボトルの水を花瓶に注ぎ、花を供え仏壇を拝む。悦子のことなど知らないし、ましてやその母親のことなど知らない。それでも優馬は拝まずにいられなかった。

 屋敷を片付けることをどういう風に思っているだろう。心にはそんなことが浮かぶ。ありがとう、もしくは止めてくれだろうか。老女が人生を覆いつくすゴミから解放された今、前者であることを願わずにいられなかった。





 携帯が鳴ったのは昼頃、少し寄り道して帰宅し、カバンを降ろした時だった。橋本からだ。休みの日に同僚からかかってくるなどめったにない。どうしたのだろうと怪訝に思いながら電話に出た。


「あ、山村か。オレ。橋本だけど」

「今日休みですよ」

「分かってる。でも聞いてくれ」


 優馬は仕方なく耳を傾ける


「ネット検索してたら屋敷のこと見つけたんだ」

「ゴミ板でしょ? 僕もそれくらい知ってます」


 ゴミ板とは全国各地のゴミ屋敷についての写真や文章を一般人が投稿する掲示板サイトで、清掃業者の1人からそのサイトに屋敷が載っているということを清掃初日に聞かされていた。


「ああ、いやゴミ板じゃない。動画サイトだ」


 意外な情報に優馬はえっ、と声を漏らす。


「とにかく見て欲しいんだ」


 促されパソコンを立ち上げすぐにインターネットに接続。動画サイトで橋本が告げたワードで検索をし、その動画にたどり着いた。


「見つけました」


 静止画像は屋敷の画像だった。玄関以外にモザイクがかかっており見る人が見なければどこの屋敷かは分からないだろうが間違いなくそれだった。動画を再生すると投稿主が素人の実況中継を始めた。



――きょうは○○町(ピーーという音が入る)の有名なゴミ屋敷にやってました。見ての通り、外は随分と片付いてます。ではさっそく中に入りたいと思います。


 屋敷の中に入るとモザイクを外して全てを映し出した。間違いない、ゴミ屋敷だ。


――このところ業者の人が毎日頑張ってたようですね。町内会のみなさんも頑張ってました。僕は手伝ってません。


そう言って階段奥に見えるごみにズームする。


――気色悪っ。


 投稿主がへらへらと笑う。馬鹿にしたような笑いに優馬は眉をひそめた。不快極まりない。玄関右のパーティルームに入り、壁いっぱいのレコードのコレクションと蓄音機を映す。これはお宝ですねえ、と何カットか映したあと歩いていく。向かった先は仏壇の間。戦慄が走った。優馬が先ほど供えてきた菊が映っていた。


――仏壇ですね。さっき若い男性が花を持って来てたようです。僕も拝んでいきましょう。


 チーンとりんを鳴らし、拝む片手が映っていた。南無~と言って悪ふざけしている。その後布団を剥がし、こんなものを見つけたんですよ、と大学ノートを映した。

 悦子の日記だ。途端に心が騒ぎだす。全身の血の気が引いて嫌な予感しか浮かばない。動画を見るのを止めたいくらい辛く感じた。主はノートを映し、ページを捲った。映し出されたのは悦子の異常性。


――これはちょっと衝撃的ですね。見なかったことにしましょう。


 そう言ってノートを元通り隠した。


――ノートによるとですね桐ダンスにダイヤの指輪が隠されているようなんですよ。早速探してみましょう。


 ここも違う、ここも違うと言いながら桐ダンスを開けていく。3段目に差しかかり。


――引き出しいっぱいのこれは……猫の砂ですね。衝撃です。


 そう言って猫の砂にすぐ手を突っ込む。あることを知っているだろうに白々しいと唇を噛む。


――ありました! ダイヤです。ダイヤの指輪。それも2つ出て来ました。ずいぶん大きいですね、大体いくらくらいするのでしょう? 当然僕の指には……入りません。


 言いながらはめる仕草をする。宝石店に持ち込んで鑑定してもらいましょう、と嬉しそうに騒いだ後おざなりな言葉で締めくくり動画は終わっていた。再生回数は132回だった。



「なっ、驚いたろう?」


 橋本の言葉でヘナヘナと萎れてしまった。


「オレさっき花を供えてきたばかりなんですよ?」


 自分の訪問直後にことが起こっていたことへの気持ち悪さと驚きもあったが何より落胆を隠せなかった。仏壇を拝んだのは悪ふざけが過ぎるし、ノートまで見つけて指輪も探り出していた。優馬は今朝供えてきた自分の気持ちが全て踏みにじられたような感覚を覚えた。


 関係者だろうか、と疑った。疑いたくはなかった。みんないい人たちばかりだと思っていたから。動画では清掃には参加していないと言っていたが真偽は分からない。もしかしたら清掃に参加していたかもしれないし、それなら指輪のことを知っていたことも納得がいく。


 橋本がこれからダイヤを確認しに行くと言うので優馬も一緒に行くことにした。道程で拾ってくれと言われ元々それが目的ではないかと疑いたくなるのを堪える。車で再び屋敷へと向かった。





 結論からすると指輪はあった。ちゃんと元通り猫の砂の中に隠されていた。動画の主は指輪を持っていかなかったようだ。ただ、花を供えに来たのを見られていた。もしかしたらこの様子さえもどこかから隠れて撮影しているかもしれない。


 橋本が仙道に電話しようと言ったが優馬は反対した。休日にかけてどういうつもりだ、と小言を言うに違いない。というより、盗られたものが何もないのに何を大騒ぎすることがあるのか、と返されることは目に見えていた。その考えを伝えたがそれでも橋本がかけようというので今度は止めなかった。


 仙道は電話に出なかった。恐らくシカト。そんな仙道は賢いと思う。橋本の「出ない」という寂しい呟きを聞いてやっぱりと密かに思った。


「山村」

「はい」


「犯人捕まえるぞ」


 優馬は頭を抱えたくなった。先輩命令なのだが今日は休日、先輩も後輩もないので堂々と意見を言う。


「帰っていいですか?」

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