第20話 指輪の行方。

 健斗はイヤホンをして漫画を読んでいた。流れる音楽はBGM。マルチタスクは脳に良くないどこかで聞いたがあまり気にしていない。漫画が丁度いいシーンに差し掛かった時、部屋の引き戸がガラリと開いた。


 母が何か言っている。音楽に重なりよく聞こえない。仕方なしにイヤホンを外す。


「どうかした?」


 鬱陶しさを面に出して答える。


「母さんね、買い物に行ってくるから。お昼テーブルに構えてるから適当に食べて頂戴」

「あー、うん。分かった」


 返事をすると再びイヤホンをつける。漫画を読むポーズを取るが、心は母は出たかどうか気が気じゃない。イヤホンのボリュームを落とし、様子をうかがう。下で微かに玄関を閉める音がした。行っただろうか。


 健斗はイヤホンを外すとカバンを漁る。ちゃんとある。そのことにホッとする。自宅に隠そうともしたが母は何かと勘繰る人なので机やクローゼットに隠すのは賢い方法と思えなかった。仕方なしに大学へ行くカバンに隠した。さすがにカバンを探りはしないだろう。指輪はゴミ屋敷から盗んできたものだった。



       ◇



 指輪のことを知ったのは金曜の夕食時だった。その日も清掃に参加していた母が収穫した話を大げさに話した。母は町内会の行事に積極的な人でそれを生きがいに感じているようなところがある。ゴミ屋敷の清掃も何かのイベントごとのように張り切って参加している。

 ゴミ清掃など楽しいことではないように思うが母はやっぱり楽しそうだ。父が食事がまずくなるから止めてくれと言うと少し遠慮がちにでもどうしても言いたいことがあったらしく話を続ける。


「あのね、見つかったのよ。指輪が」

「指輪?」


 健斗は箸を止めた。


「ダイヤの指輪よ。それもね、2個も」

「へええ」


 女性が住んでいたのだから指輪くらいあってもおかしくないと思う。が、母の話は続く。


「桐ダンスの引き出しいっぱいに猫の砂が入っててその中にあったのよ。私もね、近くで見たわけじゃないからどんなのか知らないけど。立派な指輪だったらしいわ」


 健斗はその日のうちに屋敷の下見に出かけた。煙草を買ってくるとウソをついてゴミ屋敷の前までやってきた。最近、業者や近所の人たちが来て頑張っているのは知っていた。日に日に片付いて表す本来の姿、見あげてとんでもない立派な古城だったのだと思い知らされた。

 健斗の小さいころから屋敷はゴミ屋敷だったので、実はこの姿を目にすることにすら戸惑いを覚えている。とにかく今は作業。と軍手をして近辺に誰もいないのを確認して屋敷へ侵入した。


 中は思った以上の臭いで息を止めなければ吐き気を催してしまうほどきつかった。あちこち歩き回り、目についた玄関左手の仏壇の間へと入る。すぐ目的の桐ダンスがを見つけた。

 音を立てぬよう上から開けて、母の証言通り猫の砂が入った引き出しを見つけた。途端に期待が湧いてくる。汗ばみ口元に笑みを浮かべ汗を浮かべながら砂を掻きまわすと期待通り指輪が出てきた。


 持ち帰ろうとたとき、ふと足を止める。急に怖くなった。さっと汗が引く。もし盗んだのが見つかれば家族はどうなるのだろうか、と。父は職場で陰口を叩かれるかもしれない。母も好きな町内会へ顔を出せなくなる。目を瞑り迷った挙句、指輪をそっと砂の中へ戻した。





 指輪のことは当然諦めた。真面目にバイトする。でも、健斗には金銭が必要な理由があった。親に内緒で消費者金融から金を借りていた。大した額じゃない。始めに借りた1万円が少し大きくなっただけ。

 来月には戻せるし、でも指輪を換金すれば早く戻せる。そんな思いもあった。早く戻せばパチンコに使える金だって増えるし、いいこと尽くめのような気がした。その日は中々寝付けずやっと朝方眠りにつき、起きると昼だった。


 一階に降りると台所に母がいた。市役所の人たちが今日は休みだから自分たちも休むという。今度こそ本当に煙草を買いに行こうと外に出た時、全速力でゴミ屋敷に駆けていく人物を見かけた。心が焦る。人が入った。指輪を持ち去るかもしれない。そんな不安でいっぱいになった。携帯で撮影しながら入っていった最後の人物の後ろを追うとその人物は何故かテラスから入っていった。


 ガラス越しに様子をうかがい少し迷ってから健斗もテラスから侵入した。昨夜侵入した時、家の内部構造を把握していたため、こちらから入れば玄関から侵入した人物たちと鉢合わせる可能性は極めて低いように思われたからだ。パーティルームから声を聞く。何やら揉めている。玄関にはその様子を撮影する人物。早くいなくなれ。タンスに触るな。帰れ。


 そんなことを思いながら、出て行く人物たちを見送った。撮影していた人物がやってきたので死角に隠れてテラスから出るのを見送った。


 誰もいない屋敷で仏壇の間へと急ぐ。焦って砂に手を突っ込むと指輪はあった。盗まれていなかった。ポケットへと仕舞うと急いでテラスから逃げた。



       ◇



 携帯が鳴ってドキリとする。彼女の優子からだった。


「今どこ」

「家だけど」

「何してるの。さっきから待ってるんだけど」

「えっ」


「えっ、じゃないわよ。映画どうするの」

「そんな約束してたっけ」

「あっ、ひどくない?」

「ええ、ああいや、ごめん忘れてた」


「もう、やっぱり」

「あの、おごる。飯おごるから」

「当りまえ」


 優子は酷く怒っている。なだめて電話を切る。カバンを探ると指輪を取り出し、それをポケットに入れた。

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