黄昏に憩う

河過沙和

終わりを願う頃

少女は終わりに願う

 形をとどめず、最早どれが肉か骨かも分からぬ位に切り刻まれた死骸が辺り一面に転がり虫の一匹も鳴かない静寂の内に沈黙している。その凄惨な情景の中心円形に穿たれた穴の中に少女の姿があった。

 少女は元は刀であったのか、数え切れぬ戦の終わりに立つ為の支え程の用しかなさなぬ鉄塊に縋り何とか立っていた。

「終わればあっけないものね」

 少女は追い求めた、惨たらしく辱めを受け見せしめも同様に殺された家族の仇を。切り取られ引きちぎられた身を都度機械に置き換えながらも強大な組織を倒し、強敵を討ち涅槃にも至る無我の境地に仇を打ち取った。追う者も従う者も友も全て振り切りあるいは失い、その成果は何をもたらす物でもなかった。仇を討てば気が晴れるとも思った、家族を弔えるとも考えた。だが、実際には何も思えず感じず漠然と空虚な心のみが終わりに待ち受けていた。終わりのみが救いであると感じた時期もあったのだがこの期に及んで間違いであることが証明されてしまった、彼女に終わりは訪れず始まりの兆しもなく停滞し、ただあるがままの姿で存在している。受け入れられるものではなかった、ここに至るまでの全てが今この時の空虚の為に在り誘っていたのだとは信じられることではなかったのだ。

「父さん、母さん、明子、翔。私やったよ、全部終わったよ!」

 空虚な心にせめてもの決着を着けるべく行った宣言に心は均衡を失い、感情をせき止める堤も無く。沸き立つ感情を抑えきれなかった。にわかに空虚な心から感情が溢れ出し、呼応するようになにも感じぬ程に摩耗した心は生を取り戻そうと感情を湧き立たせ涙と慟哭を吐き出させた。

「全部、全部!終わった!私は勝った!勝ったんだよ…」

 それは生の慟哭だった。涙を流し、あふれ出る感情を吐き出し今までの全てが無駄ではなかったのだと自らの誇りは、傷はここに確かに存在しているのだと世界に刻みつけるように何度も何度も叫び嘆き喜び悲しみ怒り悼みそして最後に涙を枯らした。

「よう、終わったか?」

 少女が感情を吐き出し終えその身を地になげうった頃一人の男が穴の中に降り立った。この世に在ってはいけない者、神の御子様々な言葉で復活者は表される。その一人が倒れ伏した少女の顔を覗き込んだ。

「そんな恨めしそうな顔をするなよ。確かにお前の家族を殺したのは俺だし、お前の体がそうなったのも俺の責任だ。だけどな一つだけ伝えなきゃならないことがある」

 少女は何とか体を起こし最後の武器、自らの体に仕込まれた爆弾を起爆しようとした。だがその試みはなんの反応もなく、起こりもしなかった装置の不在であっけなく終わった。

「ああ、いや。そうだな説明すべきだったな爆弾は取り除かせてもらった。戦ってる途中にちょいちょいとな上手いもんだろ?まぁ設置場所は考えるべきだぜ」

「貴様ぁぁ」

「怖い怖い、力は残ってないみたいだがもっぺん殺されるのは勘弁だからな。いうことだけ言って俺は帰るぜ、一度しか言わないからよく聞けよ…ようこそこちら側へ」

 男はそういった瞬間存在ごとこの世から掻き消えた。最初から存在しなかったかのように一切の痕跡を残さず空間に開いた穴へ消え去った。

 少女は口を大きく開きあっけに取られた表情でしばらく呆けたあと大いに笑った、そしてこの世の生の終わりに願った。世界の外側にはじき出された自分がいつか家族の元に戻る未来を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黄昏に憩う 河過沙和 @kakasawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ